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#本文#  あの日から、何となく夏油くんを避けてしまっている。
 教室にいる時も、体術訓練をしてる時も。夏油くんの顔を見ると、どうしてもあの時の補助監督さんとの光景がチラついてしまう。
 話しかけられれば、会話はするけど、早々に切り上げたいと焦る気持ちが生まれる。
 前はなんとか会話の糸口を見つけて夏油くんと話してたいと思ってたのに。


 あれから五条くんは私に何も聞いてこない。まぁ、ほぼバレてるようなものだから、改めて聞いてこない彼には感謝するとともに、少し意外だった。
 夏油くんへの態度みたいに面白がるのかと思っていたから。
 しかし五条くんは、からかうどころか、私の前では夏油くんと補助監督の話題を出さなくなった。








「嘘でしょ……」


 そう呟いた私の嘆きは、人々の足音にかき消されていった。



 今日は午後から一人任務だった。
 呪霊が廃ビルに多数出現。しかし、四級程度らしく、三級の私一人でも行けるだろうとGOサインがでた。
 呪術界は万年人手不足。それは学生の私たちも知っていることなので、今さらこの程度の一人任務、指示されても驚かない。




「お疲れ様でした。じゃあ、帰りましょうか」




 補助監督の女性が優しく微笑んだその時、彼女の社内用の携帯電話がけたたましく音を奏でる。
 こういう時は大抵、術師へ別任務の依頼か、補助監督が他の現場に駆り出されるかだ。
 結果は後者。



「私、電車で帰りますから、大丈夫ですよ」



 補助監督も同じく、人手不足なのだ。こういう事は多々ある。彼女は申し訳なさそうに、私を駅まで送ってくれた。



「車両点検の為〜」



 駅に到着し、ロータリーで補助監督を見送った後のことだ。
 駅内に入り、切符を買おうとすれば、淡々としたアナウンスが耳に入る。私が乗るはずだった電車はどうやらしばらく動かないらしい。
 空はとっくに夜の色をしていた。



「嘘でしょ……」



 そして、冒頭に至る。
 とりあえず、高専に電話をして事情を話せば、別の補助監督が迎えに行けるか掛け合ってくれるとのこと。しかし、ほとんどが出払っている為、遅くなるかもしれないと電話越しに申し訳なさそうに言われた。



「大丈夫です。駅前で待ってますね」



 正直、早めに迎えに来て欲しい気持ちはある。しかし、あの電話越しの疲れ果てたような声を聞いたら、そんなワガママ言い出せるはずもない。


 ふぅーと深くため息をつく。チラリと自分の右足首を見て、軽く動かし、止めた。
 この駅から高専までは、徒歩では帰れないくらいの距離にある。
 かといって、わざわざ別の電車を乗り継ぎ、遠回りして高専の最寄り駅に辿り着く方法も、今は選択したくない。
 時間もかかるし、なにより、さっきの任務で足を挫いたから、あまり動きたくなかった。
 こんな四級程度の任務で負傷するなんて、また五条くんにバカにされるなぁ、なんて思っていた。
 一人任務の疲労と足の負傷と、もう一つ。
 夏油くんと例の補助監督さんが一緒の任務だということを、今しがた知ってしまった。
 先ほどの、補助監督との何気ない会話で判明してしまい、一人で勝手に落ち込んでいる。
 肉体的にも精神的にも今日は、なにかと堪える日だ。
 


 駅前にある手すりに背中を預ける。
 小さな広場には、友達と談笑する高校生や、仕事終わりのサラリーマン、OLに、帰りを急ぐ主婦など人で溢れていた。
 人々が行き交う都会のザワザワとした喧騒。みんな自分のことしか気にしてない。いつもは気にならないのに、街の音や不特定多数の声が騒がしく感じるのは、きっと疲れているんだ。


 視界の中に人々を映したくなくて、空を見上げた。でも瞬く星は見えない。
 高専の辺りだったら綺麗に見えるのに、と星を見るのは諦めて目をつぶる。

 頭に思い浮かぶのは、好きな人だった。そういえば一年生の時、夏油くんとこんな騒々しい街中で、夜空を見上げたことがあったなぁ、なんて思い出していた。




「#name#…? 」




 夏油くんのことを考えていたら、名前を呼ばれる幻聴まで聞こえてきた。相当疲れているらしい。




「#name#! 」




 これは…クリアに聞こえすぎる。ハッとして声がした方に顔を向ければ、そこにいたのは夏油くんだった。
 見間違い…じゃない。人混みから頭ひとつ抜けた体躯。わずかに見開かれた双眸。五条くんとは対照的な、夜空のような黒髪。私と同じ、闇に溶け込む高専の制服。




「何してるんだい? こんなところで」




 夏油くんも、まさかこんな所で同級生に会うとは思ってなかったのだろう。なんで? と素直に顔に出ていた。
 声をかけてくれたのに、私はレスポンスするのも忘れて、まじまじと見つめてしまう。本当に、夏油くん?
 駅の光に照らされて、彫刻のように彼の顔が浮かび上がる。頬がわずかに赤いのは、むし暑いせいと、駆け寄ってきてくれたからだろう。




(なんだか、久しぶりな気がする……)




 私が避けてたのもあるが、そもそも高専内で最近会ってなかったのだ。
 一級の夏油くんは、元々任務の件数が私の倍あるので当然忙しい。
 そんな私も、風邪をこじらせた灰原くんの代わりにここ数日は連続で任務に赴いていた。
 先日、お見舞いに行った灰原くんからは、「#name#さん、ほんどにずみまぜんっ」とおでこに冷えピタを貼りながら、鼻声で謝罪された。
 むしろ夏油くんに会わなくて済むから助かるよ、とは彼を慕う灰原くんには言えなかった。
 そんなこんなで一週間ほど私たちはすれ違い生活をしていたのである。




「任務終わり? 誰か待ってるの? 」




 次々とふってくる質問に、ワンテンポ遅れて、任務終わりであることと、補助監督の事情を話せば、「そっか」と彼は静かに呟いた。
 そうして、どちらともなく黙ってしまう。きっと、何となく私が避けていることに気づいてるだろう。聡く、頭のいい彼のことだから。


 私はこの数週間で、夏油くんとどんな風に会話してたっけ? と初歩的なコミュニケーションすら忘れてしまったようだ。
 そして、この沈黙に耐えられるほど、私の忍耐力は強くない。



「夏油くんは? 今日、郊外の任務だったよね」



 どうしてここに? と疑問も込めて努めて明るく話した時だ。いつもさらりと会話をする夏油くんが言い淀むのがわかった。私とも視線を合わせない。



「あー…」



 歯切れが悪い。聞かれたくなかったのかなとこちらが焦ってしまう。慌てて寄りかかっていた手すりから体を離せば、足首に体重がかかったせいで、わずかに痛みがはしった。でも顔には出さなかったはず。なのに、



「…どこか痛い? 」



 夏油くんは眉をしかめて首を傾げた。
 どうして分かってしまうの? 悟られないようにしたのに。
 口をつぐんだまま、私はフリーズしてしまう。何も答えない私へ追い打ちをかけるように、夏油くんに「#name#? 」と優しく名前を呼ばれた。



「…ううん。どこも、痛くないよ」



 なるべくゆっくりした動作で首を横に振った。自分にも言い聞かせるように。
 気づかないでほしい、私のことなんて。嬉しくなってしまうから。少しでも私のことを考えてくれたのかななんて思ってしまう。
 ついた嘘を誤魔化すみたいに、私はへらりと笑った。
 でも、夏油くんの表情が崩れることはない。真剣な眼差しで私の偽りを見抜こうとしてる。

 


「#name#、」
「傑くん! 」




 その時、可愛らしいソプラノが私の名前を遮った。聞き覚えでのある声。夏油くんの背後に目を向ければ、走ってくるのは、あの補助監督さん。
 視界に捉えた途端に、無意識に息を止めた。夏油くんをチラリと見れば、彼の目は泳ぎ、マズイと今にも口に出しそうな表情をしていた。
 彼女は私たちの元へ到達すると、恋人のように夏油くんの逞しい腕に絡みつき、覗き込むように話しかける。




「ごめんね、高専から電話きちゃって…? 」




 そこまで言って、補助監督さんは私の存在に気づいたらしい。コテンと不思議そうに首を可愛らしく傾げる。大きな瞳が揺れ動き、上から下まで私を見定めるような動きをした後、長身の夏油くんを見上げた。




「後輩ちゃん? 」
「違いますよ。私の同級生で…この前任務帰りに会いましたよね」
「この前? 」




 完全に彼女の記憶に私は残ってないようだった。口を可愛らしく、への字に曲げて懸命に思い出す素振りをしている。本当に記憶を辿っているかは、分からない。




「あ! 反転術式…じゃない方の三級の子だ! 」




 その子には昨日会ったもんね、とお手本のようにニコリと微笑む。思い出したのではなく、きっと夏油くんの同級生という情報から導き出した回答なのだろう。
 私がどことなく言い淀んでいれば、彼女は気にする様子もなく、任務だったの? お疲れさまぁ〜と間延びした声をかけられた。



 “じゃない方の三級の子”
 彼女の言葉に悪意がないのは分かる。
 無下限と六眼の抱き合わせ。呪霊操術の使い手。反転術式。
 これらの希少な同級生がいれば、三級の私なんて、じゃない方になる。


 でも、急に恥ずかしくなった。
 一級の夏油くんと三級の私。じゃない方の私。
 バッチリと化粧をした可愛らしい顔に綺麗なスーツに身を包んだ彼女。汗まみれで呪霊の血が染みついた黒い制服姿の私。
 どうしようもなく、二人の目の前に立っているのが嫌になる。




「迎えはすぐ来るのかい? 」




 私の心情などお構いなしに、心配そうに夏油くんが問いかけてくる。
 揺れ動く琥珀色から目を背けたくなった。この場から逃げたくなった。
 見ないでほしい。そんな綺麗な人が横にいるのに、呪霊の血を浴びた私の姿なんて。
 見たくなかった。組まれた腕を解こうともせず、受け入れている夏油くんを。
 それに…




(私のこれからの行動なんて、夏油くんに関係ない…)




 そんな悪態をつく言葉が胸の中に渦巻く。




「私と帰る? 」




 空飛ぶ夏油くんの呪霊…ピンク色のあの子だ。何度か乗らせてもらったことがある。四人で夜にアレに乗って浮遊したこともあった。けど、今は夏油くんの呪霊と夜のお散歩をする気分にはなれない。




「でも、今から私とご飯だよ? 」




 不満げに補助監督さんが呟く。頬を膨らませた顔まで人形みたいだ。



「でも、この時間、こんな所に彼女を置いていけませんよ」



 というか、私は行くって言ってませんよ。困った風にワントーン上がる声。彼女を気遣うような優しい物言い。
 チラリと彼女が私を見る。その瞳は夏油くんには決して見せないであろう鋭いモノだった。こっちが怯んでしまい、彼女の態度に気づかないフリをして、私は笑顔を取り繕う。




「夏油くん、私は大丈夫だよ。迎えはその…すぐ来るから」




 本当はいつ来るか分からない。手配はしてくれてるけど、補助監督も万年人手不足なのだ。いっそバスか電車を乗り継いで帰った方が早いかもしれない。足が痛いのを我慢すれば。



「傑くんっ」



 急かすような彼女の甘えた声。彼女にしてみれば、こんな所から早く引き上げて、二人で美味しいご飯を食べたいはずだ。
 私としても早く一人なりたい。だから早く、彼女を連れて行って欲しい。そう願っても、夏油くんは全く動く気配がない。
 重苦しい沈黙に耐えかねた、その時だ。ポケットに入っていた携帯電話が鳴り響く。この状況に変化が訪れた。救世主とも呼べる電話。誰からかも見ずに慌ててボタンを押し、耳に当てる。




『あー、#name#ー? 』

「ご、五条くん? 」




 この場の救世主メシアは同級生の五条悟だった。私たちに流れる重苦しい空気をぶち壊すような、家族に向けるような適当な声に、どれほど救われたことか。
 夏油くんの顔が強張ったように見えたけど、私はそれどころではない。




『お前、ホジョカンに置き去りにされたんだろ? 』



 電話越しなのに、ニヤニヤした五条くんの表情が思い浮かぶ。置いていかれたというのは語弊があるので、訂正しようとひと息ついた時だ。




「そうじゃないよ。補助監督さんに別の任務が、」

『俺今、近くにいるから、#name#のこと拾ってやるよ』

「えっ」



 そこから動くんじゃねぇぞ〜と電話をさっさと切られてしまった。私の訂正も聞かず一方的な態度に呆れてにモノも言えない。でも正直助かった。帰りの手筈はついたので、ここから離れられる。




「悟から? 」
「う、うん。近くにいるみたいで、五条くんが拾ってくれるみたい」
「そう。良かったね」




 と貼り付けた笑みを向けられた。それが怒っているように見えて怖い。なんでそんな顔するの? 身構えるように携帯電話を握りしめた。プラプラと黒猫のストラップが揺れている。




「気をつけて帰るんだよ」




 それだけ言い残すと、夏油くんと補助監督さんは私の横を通り過ぎていった。雑踏に紛れて遠くなる二つの影。恋人のように寄り添う二人を私は最後までみれなかった。




 その後、迎えに来てくれた五条くんに、「なんか、しけたツラしてんな。俺が迎えに来てやったのに」と大きな手で両頬をタコみたいにされる。
 五条くんの悪態にへらりと笑えば、納得のいかない顔をして、さらに強く掴まれた。


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2025/08/04

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