寮母さんと何やら話し込んでる。そういえば今日は少し遠くの地方へ任務だと聞いたから、早めに朝ご飯をとったのだろう。
話しかけるか迷っていると、寮母さんの方が私の存在に気づき、「#name#ちゃん、おはよう」と微笑みながら呼びかけてくれた。五条くんは慌てた様子でパッと後ろを振り返る。そんなに驚かなくても。
「おはようございます」と挨拶を返し、二人に歩み寄ろうとすれば、それより早く五条くんが、ズンズンと迫力ある足取りで、迫ってきた。あまりの勢いに、私の足が止まる。黒いサングラスをしてると余計に圧が凄い。
そんなことを考えている間に、五条くんが私の元へ辿り着いたので、コンパスが長くて羨ましいなと思った。
「おはよう」
「はよ」
朝の挨拶も早々に五条くんが急にお土産の話をしてきた。
「お土産?」
「お前、なんか食いたいのあんのかよ」
”文句あんのかよ” となぜか喧嘩腰の口調にツッコミたくなったが、今は黙っておく。
わざわざ聞いてくれるなんて、どうしたんだろうと、五条くんの顔を数秒覗き込めば、訝しげに彼の整った眉毛が歪んだので、慌てて目を伏せた。
五条くんが地方は任務の際は、これ買ってきてとリクエストをしない限りは大抵、彼好みの甘いお菓子。「主導権は俺にある」とか言って。
私は五条くん好みの甘いお菓子も平気なので喜んで食べるけど、硝子ちゃんはいつもコーヒーをお供にしていた。
「早く言えよ」
「えぇー…」
今度はカツアゲでもされてる気分。”財布早く出せよ” 的な。
五条くんの綺麗な不機嫌顔を近づけられて、私はますます萎縮してしまう。
正直なんでもいいのに。無事に帰ってきてくれたら。
でも、そんなことを言ったら「お前に心配されるほどヤワじゃねェよ」と小突かれそうなので、黙っておく。
んー、硝子ちゃんは、甘すぎるのは口に合わないし、かと言ってビター過ぎるのは五条くんの好みではない。
夏油くんは…大抵、「なんでも食べるよ」と言っていつも誰かに合わせてくれる。
「えっと…硝子ちゃんたちには聞いた? 」
結局私も決められず、誰かが食べたいのに合わせようと思って聞けば、五条くんが大袈裟にため息をついた。な、なんで?
「俺は、お前に聞いてんの」
好きなの言えよ、とぶっきらぼうに言われ、早くしろとサングラス越しの目が訴えている。
すると、野菜のカゴを持った寮母さんが、五条くんの後ろからひょっこり現れた。
「なんでも好きなの言いなさいよ。五条くんは#name#ちゃんに元気出してほしいんだってさ」
「なんで、言うんだ……すかっ 」
ギリギリ敬語に直した五条くんは、寮母さんのセリフに慌てふためいている。
そんな彼を他所に、そういえば前に夏油くんに注意されていたな、と思い出した。
寮母さんは敬語とかタメ口とか、そんなこと気にしてないけど、礼節を重んじる夏油くんは見逃せなかったのだろう。「いいかい、悟」と教えを説く彼は、まるで先生のようだった。
寮母さんにニコニコの笑顔でそう言われ、五条くんに目を向ければ、恥ずかしさを隠すように眉間に皺が寄っていた。
寮母さんはその様子にカラカラと笑い、食堂へ消えていく。
私に元気になってほしいって…と呆気にとられていれば、ヤケになった五条くんが声を荒げる。
「お前が最近ぼーっとしてっから! この前もヤガセンの呪骸にやられやがって」
「あー…」
そう言えば、そうだった。
先日、私と五条くん、夏油くんの三人に加え、灰原くんと体術訓練をした時だ。
私は夜蛾先生の作った呪骸相手に、灰原くんと共に二人で実践練習をしていた。
私は呪具に見立てた、長い木製の棒を使い、灰原くんは術式を駆使して呪骸に挑んでいた。
横目でチラリと夏油くんを見れば、五条くんと共に組み手という名の、取っ組み合いをしている。
夏油くんが楽しそうに?五条くんと殴り合っていて、不覚にもその無邪気な姿に心を奪われた。
同時に、あの補助監督さんには、もっといろんな顔を見せてるんだろうなと、勝手に想像し、勝手に傷ついていた。
攻めと守り。両方を駆使して呪骸相手に戦っていると、石階段に黒服の人影があった。夏油くんが、その人物の元へ走っていくのが視界の端に見える。
五条くんは、いいトコだったのに邪魔しやがって、とでもいうように不満げに芝生を蹴っていた。
どうやら補助監督のよう。一瞬、あの人かな…? と変にドキッとするが、目を凝らして見ると違う人。
こんな人違いでさえ動揺するなんて、私のメンタル、相当キテるのではないかと疑う。
ホッと無意識に胸を撫で下ろしたのも束の間で、突然強い力で引っ張られた。
「…あれ?」
自分の間の抜けた声と同時に、共に戦っていた灰原くんが視界から消えた。代わりに青空が広がる。
どうやら、無防備に突き出していた棒を呪骸に掴まれ、そのまま勢いよく頭上に投げれたらしい。
先生の呪骸に投げれるのは、威力も高さもワケが違う。(五条くんに投げられるのも半端じゃないけど)
可愛らしい見た目のどこにそのパワーを隠しているのか。
芝生の上とはいえ、上手く転がらないと、このままでは大怪我する。棒を振りかざし、体勢を整えた瞬間、横からドンッと衝撃が。
「うわっ! 」
呪骸に攻撃されて、吹っ飛ばされた。その拍子に手から木の棒がポロッとすり抜ける。
あ、これは…マズイ。
「#name#さん!?」
私の異変に気づいたらしい、灰原くんの焦った声が聞こえる。
体勢を整える暇もなく、私の体は重力に逆らうことなく、落下していた。どうにかショックを和らげたいのに、うまく体がまわらない。
その時、体がボンッと何かにぶつかる。衝撃は確かにあったのにどこも痛くない。なんで?
「…浮いてる」
「っ、なにしてんだよ」
責めるような低い声が上から聞こえた。右横を見上げれば、同級生の綺麗な横顔。
間一髪で五条くんに助けられていた。
まるで自分の真横でコケた人を、寸前で受け止めるように、私のお腹に彼の右腕が回っている。自分の足元で、灰原くんが大声で心配そうに叫んでいるのが聞こえた。
五条くん…と力なく呼ぶと、彼は安堵の色を含んだ短いため息をこぼした。
しかし、すぐさまサングラスの縁から、ギロリと私を睨みつけてくる。その迫力に思わず肩をすくめた。
なんの会話もなく、ゆっくりと五条くんが地上へ舞い降りる。私は後ろを向いたまま、彼の右腕にジェットコースターの安全バーを握るかの如く、しがみついていた。(決して、ふり落とされると思っていた訳ではない。決して)
私の右足が地面に着いたことを確認すると、五条くんがお腹から、そっと手を外した。
しかし、想像より自分の膝は笑っていたらしく、バランスを崩してしまった。
(あ、)
咄嗟にもう左足を踏ん張れば、今日の私はどこまでもツイてない。そこには自分が武器として使っていた木の棒があった。
「ひっ! 」
「は? 」
目の前の白いTシャツの肩部分を無我夢中で掴む。
五条くんの低い声が聞こえたと同時に、私の体はボスッと芝生の上にひっくり返った。
よりによって最強を巻き込んで。
「痛ってぇ」
「いたくない…」
おそるおそる目を開ければ、五条くんの顔が真上にあり、すぐ左を向けば逞しい右手が地面を叩いていた。
壁ドンならぬ床ドン。
私に覆い被さり、頭から背中にかけて、彼の腕が支えるように添えてある。おかげで私はどこも痛くない。
反対に五条くんは私を庇った勢いで、肘や右手を地面に強打したようだった。わ、私はなんてことを…!
不機嫌顔の彼の白いTシャツから、慌てて手を離す。
同時に五条くんも、子どもを布団に寝かせるように、そっと私を芝生へおろした。背中に回っていた腕も抜かれ、想像よりも優しい手つきに驚きを隠せない。
感情のままにゴロンと転がされると思っていたから。
「お前…」
「ご、ごめん」
私の頬に項垂れている五条くんの毛先が当たる。サワサワして、少しくすぐったい上に思ったより顔が近い。
この状況に一気に体温が上昇する。
五条くんのことは何とも思ってないけど、やはりこの距離感にもなると、恥ずかしさが生まれた。
「俺がせっかく助けてやったのに、恩を仇で返すのかよ」
あぁん? と青空をバックに盛大に顔を歪めた同級生。すぐ真上にあるだけに迫力があって怖い。顔の温度がスンッと一気に下がった。
すぐ起き上がり、その場で正座をする。まるで夜蛾先生に怒られる時の五条くんのようだ。
その五条くんはヤンキー座りをしながら、片手で私の両頬を鷲掴む。タコみたいにされて、喋れない。
突然の暴挙に一応抵抗するが、五条くんの力が強すぎるので秒で諦めた。
「#name#さーん! 大丈夫ですか⁉︎ 」
パタパタと灰原くんが犬のように駆け寄ってくる。
大丈夫だよ、でも助けて、の意味を込めて目で訴えるが前者しか伝わらなかったらしい。良かったぁ、と屈託のない明るい笑顔を向けられた。
眩しすぎる…! と灰原くんに一瞬癒されていれば、おい、とサングラスをかけたガラの悪い特級術師に現実に引き戻された。
「硝子が出張中なんだから、怪我すんじゃねーよ」
「あんくらい体勢変えて着地出来んだろ」
「しかも自分の武器にコケるとか、バカなの? 」
ふりかかる言葉の雨から逃げるために視線をずらす。
その行為が癇に障ったのか、ずいっと顔をさらに近づけられた。五条くんのおでこに怒りマークが見えそう。口が押しつぶされてるので、へぃ…とマヌケな返事しか出来ない。
「…呪霊目の前にして、他のこと考えんな」
声は荒げてないものの、いい加減にしろと念を押す圧があった。
その言葉に、彼は私が上手く着地できなかったことや、
するりと頬が解放され、ジッとサングラス越しに視線が注がれたが、空色の瞳から怒りは感じられない。
代わりに、どことなく心配そうに揺れていたので思わず、ごめん…と力なく謝った。
他のこと、の検討はもちろんついていた。
五条くんもそれを見越して言ってるのかは分からないけど。
この微妙な空気を壊そうとしたのか、それとも何も考えてないのか、キョロキョロと私たちを交互に見る灰原くんの元気な声が、鼓膜を揺らす。
「五条さん、めっちゃ早いですね! 」
足にエンジンでもついてるんですか?! 目を輝かせて感銘を受けていた。まるでヒーローショーを見た子どものようなリアクション。
五条くんは、はぁ? と鬱陶しそうに返事をするが、さすが灰原くん。彼の塩対応は気にも止めてない。
目線を下に向ければ、灰原くんが何かを抱えている。大きめのボーリング球のような。
ゴトゴトと灰原くんの腕の中で小さく暴れていたので、なにそれ? と眺めていれば、灰原くんが見てほしいと言わんばかりにソレを差し出す。
「これは、夏油さんがやったんですよ! 」
ね! と灰原くんが元気よく後ろを振り返れば、ゆっくりとした足取りで夏油くんが近づいていた。
下を向いていた夏油くんは、私の視線と灰原間なら言葉に気がつくと、あぁ…そうだよ、と興味なさげに呟いた。
「大丈夫かい? 」
夏油くんは困ったように眉を下げ、小さく頷いた私の腕を掴む。そのまま体を気遣うようにゆっくりと引き上げてくれた。
五条くんはその様子に、はぁーと短くため息をつき、軽やかに立ち上がる。
もう一度チラリと灰原くんの持つ物体を見れば、説明を乞いてると思ったのか、夏油くんがサラリと抑揚のない声を出した。
「…君を助けようと思って咄嗟に出した呪霊だよ。
まぁ悟がもう居たから、無駄だったけどね、と肩をすくめて、どこか自嘲気味に笑う。
夏油くんはそのまま呪霊を操り、まだ私に攻撃しようとしてた呪骸を捕獲して、大人しくさせてくれたようだ。
咄嗟に助けようとしてくれたことに、嬉しさが隠せない。顔が熱くなる前に早口でお礼を告げた。
「夏油くん、ありがとう」
「…助けたのは悟だよ」
私は何もしてない、と視線を逸らされる。そんなどこか突き放す雰囲気に何も言えなくなってしまう。
「じゃあ、私は行くね」
そのまま夏油くんは、脱ぎ捨てていた上着を掴んで任務に行ってしまった。
♢
「あの時は、ありがとう」
様々な後ろめたさから、もう一度素直に感謝を告げると、五条くんはフンっと鼻を鳴らした。
それから、んで? と催促される。そうだ、お土産の話だ。何でもいいという答えはこの際、受け取ってくれなそう。
「じゃあ、甘いお菓子がいいかな…」
そうリクエストすれば、それを聞いた五条くんは、パッと光が差したように笑う。待ってましたと言わんばかりだ。
「そういうの選ぶの俺、得意。まぁ、多分渡すのは明日になると思うけど」
帰るのは夜遅くか、もしかしたら明日の朝らしい。
「き、気をつけてね」
そのまま私を追い越そうとした五条くんに慌てて声をかける。
五条くんは横を通り過ぎる間際、私の頭をクシャと撫でた。
振り返れば、前を向いたまま右手をヒラヒラと上げてる最強同級生。
その軽いリアクションは、心配すんなと告げているようだった。
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2025/08/04
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