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#本文#  朝早く、寮食堂の前にいる五条くんを見つけた。私からは背中しか見えてないが、一度見たら忘れない白い髪に、あんなモデル体型の人は高専ここには一人しかいない。
 寮母さんと何やら話し込んでる。そういえば今日は少し遠くの地方へ任務だと聞いたから、早めに朝ご飯をとったのだろう。



 話しかけるか迷っていると、寮母さんの方が私の存在に気づき、「#name#ちゃん、おはよう」と微笑みながら呼びかけてくれた。五条くんは慌てた様子でパッと後ろを振り返る。そんなに驚かなくても。
 「おはようございます」と挨拶を返し、二人に歩み寄ろうとすれば、それより早く五条くんが、ズンズンと迫力ある足取りで、迫ってきた。あまりの勢いに、私の足が止まる。黒いサングラスをしてると余計に圧が凄い。
 そんなことを考えている間に、五条くんが私の元へ辿り着いたので、コンパスが長くて羨ましいなと思った。



「おはよう」
「はよ」




 朝の挨拶も早々に五条くんが急にお土産の話をしてきた。




「お土産?」
「お前、なんか食いたいのあんのかよ」


 

 ”文句あんのかよ” となぜか喧嘩腰の口調にツッコミたくなったが、今は黙っておく。
 わざわざ聞いてくれるなんて、どうしたんだろうと、五条くんの顔を数秒覗き込めば、訝しげに彼の整った眉毛が歪んだので、慌てて目を伏せた。


 五条くんが地方は任務の際は、これ買ってきてとリクエストをしない限りは大抵、彼好みの甘いお菓子。「主導権は俺にある」とか言って。
 私は五条くん好みの甘いお菓子も平気なので喜んで食べるけど、硝子ちゃんはいつもコーヒーをお供にしていた。
 



「早く言えよ」
「えぇー…」




 今度はカツアゲでもされてる気分。”財布早く出せよ” 的な。
 五条くんの綺麗な不機嫌顔を近づけられて、私はますます萎縮してしまう。
 正直なんでもいいのに。無事に帰ってきてくれたら。
 でも、そんなことを言ったら「お前に心配されるほどヤワじゃねェよ」と小突かれそうなので、黙っておく。



 んー、硝子ちゃんは、甘すぎるのは口に合わないし、かと言ってビター過ぎるのは五条くんの好みではない。
 夏油くんは…大抵、「なんでも食べるよ」と言っていつも誰かに合わせてくれる。



「えっと…硝子ちゃんたちには聞いた? 」



 結局私も決められず、誰かが食べたいのに合わせようと思って聞けば、五条くんが大袈裟にため息をついた。な、なんで?



「俺は、お前に聞いてんの」



 好きなの言えよ、とぶっきらぼうに言われ、早くしろとサングラス越しの目が訴えている。
 すると、野菜のカゴを持った寮母さんが、五条くんの後ろからひょっこり現れた。



「なんでも好きなの言いなさいよ。五条くんは#name#ちゃんに元気出してほしいんだってさ」


「なんで、言うんだ……すかっ 」



 ギリギリ敬語に直した五条くんは、寮母さんのセリフに慌てふためいている。
 そんな彼を他所に、そういえば前に夏油くんに注意されていたな、と思い出した。
 寮母さんは敬語とかタメ口とか、そんなこと気にしてないけど、礼節を重んじる夏油くんは見逃せなかったのだろう。「いいかい、悟」と教えを説く彼は、まるで先生のようだった。


 寮母さんにニコニコの笑顔でそう言われ、五条くんに目を向ければ、恥ずかしさを隠すように眉間に皺が寄っていた。
 寮母さんはその様子にカラカラと笑い、食堂へ消えていく。
 

 私に元気になってほしいって…と呆気にとられていれば、ヤケになった五条くんが声を荒げる。




「お前が最近ぼーっとしてっから! この前もヤガセンの呪骸にやられやがって」

「あー…」


 

 そう言えば、そうだった。
 先日、私と五条くん、夏油くんの三人に加え、灰原くんと体術訓練をした時だ。
 私は夜蛾先生の作った呪骸相手に、灰原くんと共に二人で実践練習をしていた。
 私は呪具に見立てた、長い木製の棒を使い、灰原くんは術式を駆使して呪骸に挑んでいた。


 横目でチラリと夏油くんを見れば、五条くんと共に組み手という名の、取っ組み合いをしている。
 夏油くんが楽しそうに?五条くんと殴り合っていて、不覚にもその無邪気な姿に心を奪われた。
 同時に、あの補助監督さんには、もっといろんな顔を見せてるんだろうなと、勝手に想像し、勝手に傷ついていた。




 攻めと守り。両方を駆使して呪骸相手に戦っていると、石階段に黒服の人影があった。夏油くんが、その人物の元へ走っていくのが視界の端に見える。
 五条くんは、いいトコだったのに邪魔しやがって、とでもいうように不満げに芝生を蹴っていた。


 どうやら補助監督のよう。一瞬、あの人かな…? と変にドキッとするが、目を凝らして見ると違う人。
 こんな人違いでさえ動揺するなんて、私のメンタル、相当キテるのではないかと疑う。
 ホッと無意識に胸を撫で下ろしたのも束の間で、突然強い力で引っ張られた。



「…あれ?」



 自分の間の抜けた声と同時に、共に戦っていた灰原くんが視界から消えた。代わりに青空が広がる。
 どうやら、無防備に突き出していた棒を呪骸に掴まれ、そのまま勢いよく頭上に投げれたらしい。
 先生の呪骸に投げれるのは、威力も高さもワケが違う。(五条くんに投げられるのも半端じゃないけど)
 可愛らしい見た目のどこにそのパワーを隠しているのか。



 芝生の上とはいえ、上手く転がらないと、このままでは大怪我する。棒を振りかざし、体勢を整えた瞬間、横からドンッと衝撃が。




「うわっ! 」




 呪骸に攻撃されて、吹っ飛ばされた。その拍子に手から木の棒がポロッとすり抜ける。
 あ、これは…マズイ。
 
 
 

「#name#さん!?」




 私の異変に気づいたらしい、灰原くんの焦った声が聞こえる。
 体勢を整える暇もなく、私の体は重力に逆らうことなく、落下していた。どうにかショックを和らげたいのに、うまく体がまわらない。


 その時、体がボンッと何かにぶつかる。衝撃は確かにあったのにどこも痛くない。なんで?




「…浮いてる」
「っ、なにしてんだよ」




 責めるような低い声が上から聞こえた。右横を見上げれば、同級生の綺麗な横顔。
 間一髪で五条くんに助けられていた。
 まるで自分の真横でコケた人を、寸前で受け止めるように、私のお腹に彼の右腕が回っている。自分の足元で、灰原くんが大声で心配そうに叫んでいるのが聞こえた。


 五条くん…と力なく呼ぶと、彼は安堵の色を含んだ短いため息をこぼした。
 しかし、すぐさまサングラスの縁から、ギロリと私を睨みつけてくる。その迫力に思わず肩をすくめた。


 
 なんの会話もなく、ゆっくりと五条くんが地上へ舞い降りる。私は後ろを向いたまま、彼の右腕にジェットコースターの安全バーを握るかの如く、しがみついていた。(決して、ふり落とされると思っていた訳ではない。決して)


 私の右足が地面に着いたことを確認すると、五条くんがお腹から、そっと手を外した。
 しかし、想像より自分の膝は笑っていたらしく、バランスを崩してしまった。



(あ、)



 咄嗟にもう左足を踏ん張れば、今日の私はどこまでもツイてない。そこには自分が武器として使っていた木の棒があった。




「ひっ! 」
「は? 」




 目の前の白いTシャツの肩部分を無我夢中で掴む。
 五条くんの低い声が聞こえたと同時に、私の体はボスッと芝生の上にひっくり返った。
 よりによって最強を巻き込んで。
 



「痛ってぇ」
「いたくない…」




 おそるおそる目を開ければ、五条くんの顔が真上にあり、すぐ左を向けば逞しい右手が地面を叩いていた。
 壁ドンならぬ床ドン。


 私に覆い被さり、頭から背中にかけて、彼の腕が支えるように添えてある。おかげで私はどこも痛くない。
 反対に五条くんは私を庇った勢いで、肘や右手を地面に強打したようだった。わ、私はなんてことを…!
 不機嫌顔の彼の白いTシャツから、慌てて手を離す。
 同時に五条くんも、子どもを布団に寝かせるように、そっと私を芝生へおろした。背中に回っていた腕も抜かれ、想像よりも優しい手つきに驚きを隠せない。
 感情のままにゴロンと転がされると思っていたから。




「お前…」
「ご、ごめん」




 私の頬に項垂れている五条くんの毛先が当たる。サワサワして、少しくすぐったい上に思ったより顔が近い。
 この状況に一気に体温が上昇する。
 五条くんのことは何とも思ってないけど、やはりこの距離感にもなると、恥ずかしさが生まれた。




「俺がせっかく助けてやったのに、恩を仇で返すのかよ」




 あぁん? と青空をバックに盛大に顔を歪めた同級生。すぐ真上にあるだけに迫力があって怖い。顔の温度がスンッと一気に下がった。


 すぐ起き上がり、その場で正座をする。まるで夜蛾先生に怒られる時の五条くんのようだ。
 その五条くんはヤンキー座りをしながら、片手で私の両頬を鷲掴む。タコみたいにされて、喋れない。
 突然の暴挙に一応抵抗するが、五条くんの力が強すぎるので秒で諦めた。



「#name#さーん! 大丈夫ですか⁉︎ 」



 パタパタと灰原くんが犬のように駆け寄ってくる。
 大丈夫だよ、でも助けて、の意味を込めて目で訴えるが前者しか伝わらなかったらしい。良かったぁ、と屈託のない明るい笑顔を向けられた。
 眩しすぎる…! と灰原くんに一瞬癒されていれば、おい、とサングラスをかけたガラの悪い特級術師に現実に引き戻された。



「硝子が出張中なんだから、怪我すんじゃねーよ」
「あんくらい体勢変えて着地出来んだろ」
「しかも自分の武器にコケるとか、バカなの? 」



 ふりかかる言葉の雨から逃げるために視線をずらす。
 その行為が癇に障ったのか、ずいっと顔をさらに近づけられた。五条くんのおでこに怒りマークが見えそう。口が押しつぶされてるので、へぃ…とマヌケな返事しか出来ない。




「…呪霊目の前にして、他のこと考えんな」




 声は荒げてないものの、いい加減にしろと念を押す圧があった。
 その言葉に、彼は私が上手く着地できなかったことや、五条くん自分を巻き込んで転んだことに怒っているのではないと気づく。


 するりと頬が解放され、ジッとサングラス越しに視線が注がれたが、空色の瞳から怒りは感じられない。
 代わりに、どことなく心配そうに揺れていたので思わず、ごめん…と力なく謝った。
 他のこと、の検討はもちろんついていた。
 五条くんもそれを見越して言ってるのかは分からないけど。


 この微妙な空気を壊そうとしたのか、それとも何も考えてないのか、キョロキョロと私たちを交互に見る灰原くんの元気な声が、鼓膜を揺らす。




「五条さん、めっちゃ早いですね! 」




 足にエンジンでもついてるんですか?! 目を輝かせて感銘を受けていた。まるでヒーローショーを見た子どものようなリアクション。
 五条くんは、はぁ? と鬱陶しそうに返事をするが、さすが灰原くん。彼の塩対応は気にも止めてない。



 目線を下に向ければ、灰原くんが何かを抱えている。大きめのボーリング球のような。
 ゴトゴトと灰原くんの腕の中で小さく暴れていたので、なにそれ? と眺めていれば、灰原くんが見てほしいと言わんばかりにソレを差し出す。



「これは、夏油さんがやったんですよ! 」



 ね! と灰原くんが元気よく後ろを振り返れば、ゆっくりとした足取りで夏油くんが近づいていた。
 下を向いていた夏油くんは、私の視線と灰原間なら言葉に気がつくと、あぁ…そうだよ、と興味なさげに呟いた。



「大丈夫かい? 」



 夏油くんは困ったように眉を下げ、小さく頷いた私の腕を掴む。そのまま体を気遣うようにゆっくりと引き上げてくれた。
 五条くんはその様子に、はぁーと短くため息をつき、軽やかに立ち上がる。
 もう一度チラリと灰原くんの持つ物体を見れば、説明を乞いてると思ったのか、夏油くんがサラリと抑揚のない声を出した。




「…君を助けようと思って咄嗟に出した呪霊だよ。球体そのの中に君を保護して、衝撃を和らげようと思ったんだ」



 
 まぁ悟がもう居たから、無駄だったけどね、と肩をすくめて、どこか自嘲気味に笑う。
 夏油くんはそのまま呪霊を操り、まだ私に攻撃しようとしてた呪骸を捕獲して、大人しくさせてくれたようだ。
 咄嗟に助けようとしてくれたことに、嬉しさが隠せない。顔が熱くなる前に早口でお礼を告げた。



「夏油くん、ありがとう」
「…助けたのは悟だよ」




 私は何もしてない、と視線を逸らされる。そんなどこか突き放す雰囲気に何も言えなくなってしまう。




「じゃあ、私は行くね」




 そのまま夏油くんは、脱ぎ捨てていた上着を掴んで任務に行ってしまった。








「あの時は、ありがとう」



 様々な後ろめたさから、もう一度素直に感謝を告げると、五条くんはフンっと鼻を鳴らした。
 それから、んで? と催促される。そうだ、お土産の話だ。何でもいいという答えはこの際、受け取ってくれなそう。



「じゃあ、甘いお菓子がいいかな…」



 そうリクエストすれば、それを聞いた五条くんは、パッと光が差したように笑う。待ってましたと言わんばかりだ。



「そういうの選ぶの俺、得意。まぁ、多分渡すのは明日になると思うけど」



 帰るのは夜遅くか、もしかしたら明日の朝らしい。




「き、気をつけてね」




 そのまま私を追い越そうとした五条くんに慌てて声をかける。
 五条くんは横を通り過ぎる間際、私の頭をクシャと撫でた。
 振り返れば、前を向いたまま右手をヒラヒラと上げてる最強同級生。
 その軽いリアクションは、心配すんなと告げているようだった。


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2025/08/04


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