14. 秘密主義



 出入り口の暖簾をくぐり抜ける。


「案内、ご苦労様」


と言われたが、迷うことなく出口に辿り着いたので、これはわざわざ、私が来る意味はあったのだろうか?



 夜はもう深く、店の提灯と月明かりが彼を映しだす。以前会った時は気がつかなかったが、明るいとこだとわかる。


 透き通るような白い肌に、鮮やかな朱色の髪。加えて、吸い込まれそうな青。
 私の記憶の中にもう1人、似た顔が浮かんだのは気のせいだろうか?というか、自分の周りはなぜこんな顔が整ってる人が多いのか。
つい、まじまじと見るが、失礼な行為だと我に返り慌てて視線を落とす。


 頭のてっぺんに流れに逆らった毛がゆらりと揺れ……あれ? この人、




「団長、さん? 」
「は? 」




 眉毛を歪めて、困惑しているようだ。こういう顔もするなんて、今までの記憶にはなかったので新鮮味を感じる。



「阿伏兎さんが探してました……よ? 」



 先ほど教えてもらった名前を出せば、ますます眉をひそめ、イヤそうな顔をしてる。初めて見る彼のリアクションに、この際、いろいろ聞いておこうと図々しい考えが同時に頭に浮かんだ。




「あなたは、何者ですか? 吉原の人、ではないですよね……

あと、この前狙われてるのは、私ってどういう意味、」


「ストップ。なまえ、意外と欲張りだね」



 人差し指で口元を押さえられ、子どもに言い聞かせるように微笑まれるが、その笑みには余計なことは聞かない方が良いという意思が感じられた。




「まぁ、普段は宇宙を飛び回ってるよ。吉原の人間じゃない。
そして、アンタが狙われてるって言ったのは、まだ予測の段階っていうのが正しいかな」




 どこか曖昧というか、煮え切らない返事に、突っ込みたいところは沢山あったが、あの微笑みを見たらそれ以上は突っ込めない。



「予測? 」



 なんだ、それなら私が狙われてるということに関しては、そんなに心配することもない。しかし、安心したのも束の間だった。




「でも、いずれ奴はアンタに近づく。そいつを捕まえる為に、俺は吉原ココに来た」



 気の緩んだ私を咎めるように、鼻をギュッと掴まれる。軽くつままれたのに、涙が出るほど痛い。悪くもないのについ、すみませんと謝ってしまう。




「だから、アンタを監視することにした」
「え? 」
「なまえのそばにいれば食にも困らないね」




 それはもしかして、店のまかないを当てにしてるのだろうか?




「安心してよ。常日頃監視をするわけじゃない」




 そこまで俺も暇じゃないからね、なんて自分で勝手に決めておいて、仕方なくと言った風。
 私は頼んでないのに……




「ほら、帰るよ」
「いや、私まだ仕事が、」




 帰らないと意思表示すれば、納得のいかない顔をして無理やり腕を引かれる。



「店のことなら、楽器弾いてたアンタの友達に言っといたから、安心しなよ」



なまえは帰るってね、と初耳な情報で開いた口が塞がらない。勝手にそんな約束した彼にも、安易に承諾した雅にも、それに気がつかなかった自分にも呆れてしまった。



「ダメです! 私、戻ります! 」



 引かれた手を真逆の方向に力を入れれば、無駄とばかりに体ごと持っていかれる。
 往生際が悪いなぁとため息をつかれ、このやり取りが面倒になったのか、気づけばいとも簡単に彼の小脇に抱えられた。お腹に彼の腕が回り、くすぐったい感覚に身じろぎはしたものの、次に襲ったのは恐怖心。



「お、下ろしてください! 」
「今? 」
「違います! 地面に、地上に! 」



 視界から馴染み深い、砂の地面が遠ざかり、瓦ばかりの景色になる。
 道ゆく誰かが気付いてはくれないかと期待したが、意外にも人は上を見上げないものだと虚しくなった。



「今日は俺の言うこと聞いた方がいいよ。なまえ」



 ジタバタしない私をみて観念したと思ったのか、念を押すように言われる。
 人間とは思えない脚力で建物を軽々と飛び越え、見慣れた二階建てのアパートが近づく。
大通りではなく、裏道に面している為、街灯があまりなく薄暗いのがデメリットだ。
 ココだろ、と小さな子供を扱うようにそっとベランダに降ろされた。彼は器用に手すりの丸みを帯びたところに乗っかり、



「店のところに、変な奴いた」



 気づいた? と視線を向けられるが、それに肯定は出来なかった。



「アンタは1人で出歩かない方がいい」



 どうやら、私を家まで届ける事が使命だったようで、帰ると言わんばかりに手すりに立ち上がる。視界に彼の腕が入り込み、大事なことを思い出した。



「少し、待ってて下さい」



 部屋に慌てて入り、あるモノを手にして、またベランダに戻る。
 差し出した真新しい包帯をみれば、彼はキョトンとして、渡される理由が分からないという顔をした。



「この前の、血だらけにしちゃったので……」
「わざわざ買ったの? 」



 まじまじと、整った顔を近づけられてつい後ずさる。



「……もう会わないかもしれない奴の為に買うなんて、なまえは律儀だね」



 懐に包帯が滑り込むのを見届ければ、自分の行いを肯定された気がして安堵する。
 今度こそ、本当に帰るらしい。



「鍵、かけ忘れるなよ。
あと、大通りに面してないからって安心してるとレース、盗まれるよ」



レース? 言葉の意味を処理していれば、羽根がついてるみたいに軽やかに彼は落ちていく。



「えっ! 」



 ベランダの手すりに身を乗り出したが、私の心配をよそに彼は、器用に建物を飛び越えて、夜の街へ姿を消えた。




「名前、また聞きそびれちゃった……」




 視界の端で白いものが風で揺れる。気になって見てみれば、彼の言葉の意味を理解した。




「み、みられた! 」




 もう絶対、洗濯物はベランダに干さないと固く誓った。



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