1



※社会人パロ。20代前半くらいのイメージ
※夏油さん遊び人の描写あり
※何でも許せる方向け。ふわっと読んでください。









「なんでそんなこと言うの?!」


 コンクリートで作られた無機質な会社の地下駐車場。突然の金切り声にビクリと肩を揺らす。その声は灰色の壁に反響して、やけに響いていた。

 今日は華の金曜日。会社の人間はもうほとんどいない。
 現在時刻は夜の二十二時。会社を出る時、警備員のおじいちゃんは「また残ってたのかアンタ」と半分憐れんだ様子で笑っていた。そして、頑張っているご褒美にと飴をくれた。その優しさを噛み締めていたのがほんの数分前。



 え?何事ですか?
 気になった私はその声の元へ、なるべく足音を立てないように歩き出した。
 だんだん距離が近づくと、どこか興奮気味な女性の声と、「そんなに大声出さないでくれ。耳が痛いよ」と言い方は穏やかだが、冷静…というより冷ややかな低い声が聞こえてきた。


 柱の影からそっと覗き込む。数メートル先に立つ男女の姿。それが目に飛び込んできた瞬間、私は驚きで目を見開いた。
 女性の方は知らないが、男性の方はよく知っている。


 夏油傑。同じ会社に勤めており、私は総務部で、彼は確か営業部。
 年齢は私と同じだが、社歴は向こうのほうが長い。私は中途採用だからだ。
 

 夏油さんは自分の車であろう黒塗りのボンネットに背中を預けて、腕を組んでいる。
 目の前の女性を無表情で見つめて、なだめようともしない。むしろこの状況が面倒だという風にもとれる。


 女性の方は夏油さんの彼女だろうか?艶々の手入れされた髪に、体のラインがわかるピタッとした服。短いスカートから伸びた白い脚にはヒールがよく似合う。そして、私でも知ってる有名なブランドのバッグを、その華奢な肩にかけていた。
 それ、携帯と財布くらいしか入らなくない?というツッコミは今は置いておこう。



「…会社には来ないでくれって言ったよね?」
「だって傑が全然連絡くれないから!」



 うわ、夏油さん多分怒ってる。お湯がふつふつと沸くように。関わりがなくても、声のトーンでなんとなくわかる。それでも、女性は負けじと言い返してるので、感心してしまった。
 他人の修羅場なんて初めて目にしたものだから、わずかな興奮と今後の展開が気になり、なかなかこの場から動けない。



「約束を守れない子とは連絡とりたくないかな」



 ニコリと貼り付けた笑顔を浮かべながら、彼はあからさまに女性を拒絶した。うわぁと大袈裟に自分の顔が引き攣る。
 あんなこと真っ正面から言われたら、泣いてしまう自信しかない。女性に同情したその時にふっと思い出した。



(あれ?夏油さんって受付の人と付き合ってたような…)



 いや、勘違いかな?でも、広報部の同期が羨ましいと言ってたような?
 …ダメだ。週の終わりで疲れが溜まってるせいか記憶が曖昧。
 んー、と私が頭を悩ませてる間に、目の前の男女の喧嘩はさらにヒートアップしていく。



「面倒ごとは好きじゃないんだ 」
「面倒ってどういう意味よ。まさか、あたしのこと?」



 女性は顔を真っ赤にして、怒り爆発寸前といった様子。いや既に爆発してるけど。
 夏油さんは女性の言葉に否定も肯定もしない。ズルい人だと率直に思う。


 てか、これは二股だよね……という言葉が探偵ばりに私の頭をよぎった。
 確かに夏油さんはカッコいい。容姿もさることながら、男女問わず誰に対しても優しい性格の持ち主。
 それだけでなく、いわゆる仕事が出来る人で、営業成績は絶好調。先輩後輩、上司からの信頼も厚い。
 この会社で彼を知らない人は、ほとんどいないんじゃないだろうか。
 かくゆう私も、彼には好印象をもっていた。この時までは。



(顔がいいからって、やっていい事と悪い事があるんじゃ…)



 モヤモヤした思いを抱えながら、二人の行く末を、なんの関係もない私が見守る。


 すると、女性の方が「もういい!」と痺れを切らし、肩にかけていた小さなバッグを大きく振りかざした。
 それはバシッといい音を立てて夏油さんの逞しい腕を見事に攻撃。衝撃的な光景に、私は口をポカンと開け、固まってしまう。
 しかし、やられた張本人は蚊に刺されたくらいのリアクションで、気が済んだかい?と言いたげに小さくため息をつく。
 夏油さんの態度に、女性は怒りと悔しさをごちゃ混ぜにした表情を浮かべ、



「最低!」



と捨て台詞を残して、駐車場を後にした。咄嗟にバッグで顔を隠すが、高圧的なヒールの音は私からどんどん遠ざかっていく。
 彼女がコッチに来なくて良かった。覗き見てた事がバレたら、火に油もいいとこだ。


 取り残された夏油さんが気になり、柱の影から再び顔を覗かせる。彼は無表情だったが、なんとなく、その精悍な顔には疲れが滲んでいるような気がした。


 その時、携帯の着信音が静かになった駐車場に鳴り響く。ビクッと体を震わせたが、どうやら発信源は夏油さんのよう。
 彼はおもむろにポケットから取り出す。着信相手の名前を確認したあと、フッとその口元が緩んだ。でもそれはどこか冷ややかで、自嘲的。
 着信の相手に対してというより、自分自身を嘲笑っているように思えた。そんな普段見たことない夏油さんの姿に目を奪われる。
 しかし、そんなのも束の間で、次に聞こえてきた言葉に自分の耳を疑った。
 あの人、今なんて言った…?



「久しぶりだね。今から?いいよ。ちょうど予定がキャンセルになったんだ。……私も君に会いたかったよ」



 まるで恋人に言う甘いセリフ。電話の相手は受付の人?……いや違う。
 ここでも私の探偵ぶりは存分に発揮された。夏油さんは久しぶりって言った。受付の人は今日も会社に来てたはず。私が出勤した際、香水の香りを存分に漂わせた彼女とエレベーターで鉢合わせたし。
 そんな相手に、久しぶりなんてセリフは言わないだろう。おそらく第三の女性の存在。


 うわぁ、マジですか夏油さん…という気持ちと、モテる人は次から次へと相手が現れるんだなぁと、感心する気持ちが入り混じる。
 

「帰ろう…」


 他人のプライベートなんて覗き見するものじゃないな。
 夏油さんごめんなさい。私は何も見てませんから。なんて頭の中で、彼に届くことのない謝罪する。


 あぁ、私はこれから社内で彼を見かけた時、いつもこの場面を思い出してしまうのだろう。  
 みんなに優しい菩薩みたいな人から、印象は一変。女性を代えのきく存在みたいに扱う人なのだ。彼は。あんな修羅場を他人事みたいに、キャンセルになった、の一言で片付けてしまうのだから。
 どうせこの先、私と関わることはないんだから、良い印象の彼しか知りたくなかったなぁ。


 なんとも言えない気持ちのまま、ため息を吐いて静かにその場を立ち去る。
 気を取り直して、コンビニでスイーツでも買って帰ろう。遅くまで残業した自分へのご褒美だ。


 だから、気が付かなかったのだ。自分の車へと向かう私の後ろ姿を、夏油さんが見ていたことに。






– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

2026/02/26




戻る