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「……幸せのやかた?」



 ピタリとタブレットを操作する手が止まる。窓からの報告を元に、補助監督が作成してくれる任務資料。現場に到着する前に確認しておこうと目を通していたが、その中から見つけた単語に思わず声を漏らす。呪い、怨み、妬みなどは普段から見聞きしてるが、これはその対極にある言葉。だから余計に気になったのかもしれない。
 独り言だったのにも関わらず、ハンドルを握る補助監督の五十嵐くんは律儀に言葉を拾ってくれた。



「ウワサっすよ」
「噂?」
「はい。なんか屋敷内にゆらゆら揺れるイスがあるらしくて」
「ロッキングチェア?」
「そそ!それに座ると幸せになれるとか。男の幽霊に会うと幸せになれるとか、色々。信憑性があるかは分かんないすけど」
「廃墟とか心霊スポットによくあるよね〜そういう根も葉もない噂。
 大体、幸せになれるなら、男女合わせて七人も行方不明者がでるわけないし」



 私の皮肉めいたセリフに「確かに。俺もそう思います」と五十嵐くんはバックミラー越しに苦笑を浮かべた。
 最近パーマをかけたらしい彼に「雰囲気変わったね」と伝えたら、「五条さんにはブロッコリーみたいって言われました」と悲しみに暮れていた。触れない方がいい話題だったのかもしれない。
 呪術界最強と言われる白髪の同期を思い浮かべる。学生時代から比べて雰囲気も口調も柔らかくなったものの、彼は未だにデリカシーに欠ける部分があった。五十嵐くんを傷つけるために言ったのではなく、本当にそう思ったから口に出しただけだろう。その性格を知っているとはいえ、もう少し五条くんは発言に気をつけてほしい。





「フォローする私や、名前の身にもなってくれ。悟」





 私の代わりに五条くんを咎める声がふっと蘇る。呆れた顔をしながらも、いつだって五条くんの隣にいた彼。いつも私の味方をしてくれた彼。
 ふいに記憶の中に淡い姿を見せては、私を動揺させるからいやになる。


 慌てて首を振り、意識を現実に集中させた。五条くんはブロッコリーって言ってたけど髪色が茶色だからトイプードルぽいと私は思う。しかし、それをあえて口には出さず、代わりに「私は似合ってると思うよ」と伝えれば五十嵐くんは嬉しそうに笑っていた。


 ポケットの中で自分のスマホが振動する。確認すれば歌姫さんからメッセージがきていた。今日の飲み会の場所と時間が記載されている。私は現在の時刻を確認しながら、飲み会までに仕事終わるかなぁ、と少しだけ心配になりつつ、"予約ありがとうございます" というメッセージとペコリとお辞儀をする猫のスタンプを送った。


 気を取り直し、タブレットの画面をスライドしながら行方不明者のリストを眺める。
 肝試し感覚で入った高校生や大学生。ネットに動画を投稿するフリーター。
 年齢も性別もバラバラの行方不明者の唯一の共通点はその "幸せの館" に行ったあと行方が分からなくなっていること。それは小高い丘の上にあって、数年前から人が住んでない地元では割と有名な心霊スポットらしい。
 呪霊の目撃はない。でも人が消えていく館。何かあることだけは間違いないだけに、一人での調査はさすがに不安が渦巻く。まぁ、万年人手不足だから仕方ないけど


(幸せの館……ね)


 顔を上げ、車の窓から外を眺めれば空が夜の色になる準備をしていた。







「何かあったらすぐ連絡してくださいね」
「うん。分かった」


 携帯を握りしめる五十嵐くんに見送られながら、問題の館へ足を踏み入れる。



「意外とそんなに荒れてないな……」



 懐中電灯で周りを照らしながら調査する私が抱いた第一印象はそれだった。
 普通なら何年も放置された廃墟は草木が生い茂り、場合によってはゴミなども散乱してる。しかし、この屋敷は比較的綺麗な状態。造りがしっかりしているせいか、雨漏りで老朽化が激しい、なんてこともない。もしや、誰か住んではいなくとも手入れしてるのだろうか。
 先ほど五十嵐くんから聞いた噂のことも気になる。豪華な装飾がされたテーブル、クローゼット、ソファなどの家具はそのまま残っているが、今のところロッキングチェアには出会ってない。本当にそんなものがあるのだろうか。座ると幸せになるイスなんて。
 そんな半信半疑な気持ちで廊下をウロウロしていると、とある部屋の前に何かが落ちていた。



「……携帯?」



 最新の機種である携帯電話が転がっていた。拾い上げてボタンを押せば、パッと画面が明るくなる。
 そこに映し出されたのは行方不明者の一人である大学生の女の子だった。テーマパークに行った際撮ったであろう彼氏とのツーショットが待ち受けになっている。
 


(やっぱりこの屋敷内で何かあったんだ)



 ふと目の前の部屋の扉が開いてる事に気づいた。ゆっくりと手に持つ懐中電灯を部屋の中へ向ける。
 ボロボロのカーテン。部屋の真ん中には丸い小さなテーブル。その上に細長い花瓶のようなモノが乗っていて、何か挿さっていた。しかし、私が目を引いたのはその隣にあったもの。
 ロッキングチェア。
 幸せの館と呼ばれる所以のイスが寂しげにそこに置かれていた。



「これ……」
「ねぇ、何してるの」



 すかさず振り向くと、ぶんっ!と勢いよく何かが振り下ろされる。反射的に顔を腕で庇うものの相手は容赦なく私を攻撃してきた。ゴンッ!と鈍い音をさせながら、肩に衝撃がはしる。殴られた勢いそのままに、ロッキングチェアが置かれた部屋に体がなだれ込む。音を立てて手の中にあった懐中電灯が床へ転がった。しまった。油断していた。呪霊という存在ばかりに気を取られて肝心なことを忘れていた。
 生きた人間がいるという可能性を。


 肩が酷く痛い。それでもなんとかして後ろを振り返る。自分を殴った犯人を確かめるために。



「こんばんは。お姉さん」



 ボロ切れのようなカーテンの隙間から差し込む夕陽がその人物を浮かび上がらせる。
 そこにいたのは大学生くらいの青年だった。人当たりの良い微笑みを浮かべ、こちらに歩いてくる。手に持つのは木材。暖炉に入れるくらいの大きさに切られたもの。あれで殴られたのかとどこか冷静な頭で分析をする。ヤバい。突然背後から人を襲うなんて常人の考える事じゃない。早く逃げるか戦わなければと思うのに上手く体が動かない。青年は用は済んだとばかりにその木材を床へ投げ捨てた。



「あなた、何者?」



 声を絞り出す。起き上がりたいのに、痛みがそれを許してくれない。床に這ったまま、無様な格好で青年を睨みつけるが、当の本人は気にする様子もなく淡々と答える。



「そんなの知る必要ないでしょ。どうせもう会わないんだし」



 言葉の意味を理解する前に、青年が素早くしゃがみ込む。青年の手のひらによって途端に視界が覆われ、何も見えない。額に柔らかな何かがあてがわれる。恐怖が胸に広がるのをまるで取り除くように、耳元で酷く優しい声がした。



「おやすみ。お姉さん」





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