「君を傷つける者がいるなら、私は迷わずそいつを殺すよ」
——それが、どんな人間でも
高専の裏庭にある花壇に水やりをするわたしに向かって、夏油くんはそんな言葉をかけた。
「どんな、人間……でも?」
「ああ。それがたとえ、非術師であっても」
普段温厚な彼が "殺す"と明確な悪意ある言葉を使い、しかもそれが彼が常に信条としていた弱者生存。つまり、わたしたちが護るべき非術師に対して発せられただけに、数秒思考が停止する。
水浴びをしたマリーゴールドやサルビアがわたしの足元で静かに揺れていた。
いつもの夏油くんじゃないのは分かるのに、その冷ややかな心に触れることを彼は許してくれない気がして。いや正確には、「別に何でもないさ」とはぐらかす予感がしたのだ。だからわたしは努めて明るく、
「そんなの、ダメだよ」
あはは、なんて冗談めかして返事をする。夏油くんも同じように笑ってくれるかと思ったのに、その予想は見事に外れた。それどころか、夏油くんの夕陽みたいな色の瞳がどことなく陰る。
何か言わなきゃと焦るわたしの手元からホースがこぼれ落ちたのと、夏油くんが戸惑いがちにわたしの目元に触れてきたのはほぼ同時だった。
「——のに」
独り言のように呟かれた夏油くんの言葉。なんて言ったのか聞き返すよりも先に、夏油くんはわたしの背中に腕を回した。
「夏油くん……?」
突然の出来事に固まるわたしはなんとか彼に問いかける。しかし、夏油くんが答える様子はない。それどころか、彼はさらにわたしを強く抱き寄せた。
どうしてだろう。当たり前にわたしより体が大きくて頑丈な男の子のはずなのに、今の夏油くんはとても小さく思えた。まるで、背中を丸めて今にも泣き出しそうな子どものよう。
うるさいくらいの蝉の鳴き声が聞こえなくなる。
雲ひとつない真っ青な空がうるさいくらいの蝉の鳴き声が。蒸せかえるほどの暑さが。
色濃く影をつくる眩しい陽光は、シャワーヘッドから溢れ出す透明な水をキラキラと反射させていた。
うるさいくらいの蝉の鳴き声。じわりと肌にまとわりつく汗も少しだけ痛む額も。
わたしの背中に回る夏油くんの腕の感触も。
昨日のことのように思い出せる。
ねぇ夏油くん。
どうしてあの時、泣きそうな顔をしていたの?