悩みの種

入部したばかりの頃の悩みは、『怖い先輩がいないかどうか』だった。
でも実際はそんなことなくて、丁寧に仕事を教えてもらえたのを、今でも覚えてる。

入部三年目の、最高学年。今の悩みは、『ある一人の後輩』である。

* * *


体験入部も終わり、本入部の初日。私はマネージャーとして、新入部員に注意事項などを説明していた。

「―――で、仮入部のときも言ったと思うけど、うちは部員全員坊主だから。週末挟んだ月曜日までに剃ってきてね」

中にはすでに坊主の部員も、ちらほらといたけれど。

「今日から本格的に活動開始するけど、一年生は基本基礎練習。でも一年全員がスタンド固定ってわけじゃないからね。
実力があれば、ベンチ入りだって当然出来るよ。だから、頑張って」

その言葉に、そわそわとし出す子も現れる。

「あとこれは毎年必ず数人はいるんだけど……、退部したいって人がいれば、私か監督に言ってくれたら用紙渡すから。
…正直、練習はだいぶキツいし、三年間の間に努力が報われない人もたくさんいる。…でも、頑張ってることは、ちゃんと誰かが見てるよ。
……じゃあ、大体の説明はこれで終わり!なにかわかんないことがあったら、なんでも聞いてね!」

私の目の前にいる一年生は、『うすっ!』と声を揃えた。ううん、もうすでに体育会系だなぁ。

* * *


そして、みんな新しい環境にも慣れてきた四月下旬頃。その日の部活が始まる前の体育館で、事件は起こった。

私はジャージに着替えて髪を結び、スコア表と分析ノートを取り出した。分析っていっても、ただ気付いたことなんかを脈絡もなく書きつけてるだけなんだけど。大嫌いな教科No.1の英語のノートの方が、まだ見やすい。もはや私にしか解読できないんじゃなかろうか。
ぼちぼち部員たちも集まり出して、シュート練習をし出す人も出てきた。そんな中で、私に近づいてくる部員が一人。

「センパイ」

声をかけられて、私はその人の方を向く。
穴水=レイオビッチ=ピョートル。ロシア人の血が入っている一年生だ。相変わらず白い。全体的に。

「…なにかな、穴水くん」

作業の手を止めて、聞く。
彼は迷った様子も言いよどむ様子もなく、ズバッと言い放った。

「スキです、紬センパイ」
「……………はい?」
「スキです」

―――とんでもねぇ爆弾投下してきやがったぞこいつ。
ここはただでさえ音が良く響く体育館だ。しかもこいつ、まったく声を潜めようとしなかった。すなわちそれは、どういうことか。

「―――――はああああっ!?」

こういうことである。ちなみに今のは、今日の練習内容を確認していた則宗のものだ。

「っは、ちょ、おまっ、はっ!?」

あまりの衝撃に、口が回らない様子である。かく言う私も、目を見開いたまま硬直している。

「…………え、っと、穴水、くん?」

やっと出た第一声がこれだ。とりあえず彼の真意を確認せねば。

「はい?」
「えー…っと、スキ≠チて……どういうことかな?」
「え、そのままですヨ。紬サンがスキなんです」
「おいこらさりげなく呼び方変えてんじゃねえよ。………そんなこと言われてもなぁ…。
それは、『付き合って下さい』的な意味なわけ?」
「そうそれ!付き合ってくだサイ!」
「や、無理かな」
「えぇ!?なんで!!」
「なんでもなにもないでしょう。むしろどうして私が了承すると思ったのよ」
「だってオレ、紬センパイスキ」
「それはあくまでも一方的なものでしかないじゃない。そういうのはお互いにそういう思いを持ってないと」

私はここまで言うと、ふぅ、と息をつく。穴水くんはしばらく考えたあと、「…わかりました」と言った。そうかそうか、ようやくわかってくれたか。
だがしかし、彼は思っていた以上にツワモノだった。

「紬センパイもオレのことスキになればいいんデショ?」

それ以来穴水くんは、ことあるごとに私に「スキ」だと言ってくるようになった。
………もうやだ、誰かなんとかしてくれ!!