目覚め、のち、邂逅
閉じていた目を開ける。まだ少し、頭がボーッとする。規則正しい列車の揺れが、私の体も一緒に揺らす。
ここは、どのあたりだろうか。あとどれくらいで着くのだろう。
私はふと、窓の方に視線を向ける。するとその窓に、自分以外にもう一人の人間が写っているのが見えた。
………もう一人?
靄がかかっていたような頭が、一気に覚めたのがわかる。私は勢いよくその人間の方を向いた。
その人間はもうすでに制服に着替えており、申し訳なさそうに笑っている。ズボンを穿いていることから、この人は男子なのだと認識した。
だが、肝心な部分はいまだ思い出せないままである。私はいつ、彼を、ここに入れた?
それとも、自分が来たときにはもう彼がここにいたのだろうか。いや、そんなはずは……ないとも言い切れない。こんなことなら、眠いからといって注意力を散漫にするんじゃなかった。
数時間前の自分への後悔が、つらつらと頭の中に流れてくる。
目を軽く見開いたまま停止しているであろう私を見て、苦笑している男子生徒の方から口を開いた。
「ごめんね、一応入るとき、許可は取ったんだけど……」
「…許可?誰の?」
「きみの」
「……………ごめん、覚えてないや」
「はは、みたいだね」
男子生徒はまた苦笑を浮かべる。私はとりあえずもう一度、「ごめんね」と言った。
「いいんだ、別に。話しかけたとき、きみ明らかに寝ぼけてた感じだったから。お互い様だよ。
僕、リーマスっていうんだ。リーマス=ルーピン。きみは?」
ああこれは、話題を変えてくれたのだろうか。
「ノエル。ノエル=アシュバートン。よろしくね、リーマス」
「うん、こちらこそよろしく。ノエル」
私、ノエル=アシュバートン。ホグワーツ魔法魔術学校で過ごす七年間で、初めての友達が出来た瞬間だった。
* * *
「え、入学を拒否した!?」
コンパートメント内に、リーマスの声が響く。私は、先ほど車内販売で購入した蛙チョコの前足を一本折って口の中に入れた。
「うん。一通目の手紙に、『いやです』って書いて送り返した」
「なんでそんなことしたのさ……」
「なんでって言われても…嫌だったからとしか。でも、そのあと嫌がらせのように大量の入学許可通知を届けてくるもんだからさ。もう
口の中のチョコがなくなると、もう一本の前足を折って再び口に入れる。
「……驚いたなぁ。魔法界の子はみんな、ホグワーツに入学するのを楽しみにしてるんだと思ってた。………あ、もしかしてマグル生まれだったりする?」
私は蛙チョコの後ろ足を折りながら答える。
「ううん。ところどころマグルの血は混ざってるけど、魔法界の家の出だよ」
「だったら余計にわからないなぁ。なにが嫌なの?」
蛙の足の最後の一本を折って、口に入れる。思案するように視線を彷徨わせ、空になった口を開いた。
「しいて言うなら、めんどくさい、かな。いろいろと。いちいち一年ごとに汽車で帰らないといけないし、毎日勉強しなきゃならないし、同室の人との付き合いとか」
手の中に残った蛙チョコの胴体を、頭からかじりつきながら私は言った。食べ方がエグい?気にしたら負けだ。
「なんだ、そんなこと…」
「でもね」
リーマスの言葉を少し荒く遮って、もう一度声を発した。
「ここへ来て、初めての友達がリーマスで、良かったと思ってるよ」
私はそう言ってニコリと笑った。これは本心だ。心から、最初の友達がリーマスで良かったと思う。
少しだけ、ほんの少しだけ、ホグワーツ入学を了承して正解だったと思うことができた。
「私がどこの寮に行っても、仲良くしてね」
リーマスもにっこりと笑いながらそれに答えた。女子顔負けの、凄くきれいな笑顔だった。なんか悲しい。
「うん、僕の方こそ」
「よし、景気付けにパーティーしよう。蛙チョコあげる」
「……さっきから思ってたんだけどさ、きみ蛙チョコの食べ方独特だよね」
「………気にしたら負けさ」