暗殺の時間
教室の扉が開いて、ペタペタと音をたてながら教卓に近づく。
持っている出席簿をそこへ置くと、
「
今日の日直は渚くんだ。
彼の号令に合わせて、みんなが一斉に席を立つ音、銃を構える音が教室中に響いた。
そしてそのまま、引き金を引く。
ドパパパパパパパ………
そんな大音量の中で出欠を取り始めるこいつは、ちょっと頭おかしいと思う。
「すいませんが銃声の中なのでもっと大きな声で」
だったらとっとと、当たって死んでくれればいいのに。
教室の銃声が鳴り止むと同時に、出欠も取り終わる。
「遅刻なし…と、素晴らしい!先生とても嬉しいです」
もはやこれは、朝の日課と化している。
アレ目掛けて銃を撃って、数百発もの弾をすべて避けられ、そしていつもの一日が始まる。
うんざりだ。
「榎本、箒」
「ああ、ありがとう狭間ちゃん」
* * *
もうむり。ほんとまじむり。
「青の例文の
関係詞とはなんぞや。
まずねもうね、日本人に英語をやらせること自体が間違ってると思うんだ。
脳と口が英語に対応してないんだよ。
もはや英文がただの文字の羅列にしか見えない。
烏間さんが言っていた、成功報酬の百億円。
正直に言ってしまうと、それにはあまり興味はない。
あるのはひとつ、
* * *
「昼休みですね。先生ちょっと中国行って麻婆豆腐食べてきます」
そんなふざけたことを言って飛び立った先生。
そのまま日本海に落っこちて死んでくれないかな。
* * *
「お題にそって短歌を作ってみましょう。ラスト七文字を『触手なりけり』で締めて下さい」
『触手なりけり』、ねぇ…。
………ふざけてんのかな。
『山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 触手なりけり』
(引用:百人一首、春道列樹)
…こんなもんでいんじゃね。
とりあえずさっさと終わらせて帰ろう。あの子が待ってる。
先生に出しに行こうとしたら、それよりも少し早く、渚くんが立ち上がった。
「お、もうできましたか渚君」
私の席は最後列。対先生ナイフを隠し持っているのがよく見える。
凶器と殺意を持っているとは思えないくらい、滑らかな動き。
そして渚くんが、持っていたナイフを振りかざす。
でもそれは、簡単に止められて。
ああ、やっぱり。並大抵のことじゃ、死んでくれない。
どうすればいい?どうすれば死んでくれる?
もういっそのこと、前に寺坂に渡した
―――瞬間。
バァァン!!!
破裂したような、そして、バラバラバラ…となにかが散らばるような音が響いた。
……破裂、散らばる?
「ッしゃあやったぜ!百億いただきィ!!」
…………まさか。
「っ寺坂!まさかあんた、私があげたやつ渚くんに使わせたの!?」
「ああ?んだよ榎本。テメェが俺に寄越したんだ、どう使おうが俺の勝手だろ?」
そんな、まさか、よりによって、渚くん?
やめてよ、なんで。
「ちょっと寺坂、渚に何持たせたのよ!」
茅野さんが叫んだ。私も、倒れている渚くんのもとへ駆け寄る。
「あ?オモチャの手榴弾だよ」
「三百発の対先生弾仕込んで、更に火薬で威力を上げた、ね」
寺坂の言葉に被せて
あれは私が作ったものだ。あの子のために、あの子の目を盗みながら。
………でも。
「渚くんに使わせるなんて聞いてない。私は、お前が使うと思ったからあげたんだ、寺坂」
よりによって。
「よりによって、渚に…っ!」
「…はっ、んなこと言ったって、人間が死ぬ威力じゃねーよ。俺の百億で治療費ぐらい払ってやらァ」
人間が死なないのなら、あのタコが死ぬわけないじゃない。
「う…ん」
「っ渚…、渚くん、大丈夫?」
「榎本さん……うん、大丈夫だよ」
「…そか、……よかった」
渚くんの無事を確認して安心したのもつかの間、背後からなにやら重苦しい気配がする。
「実は先生、月に一度ほど脱皮をします。脱いだ皮を爆弾に被せて威力を殺した。つまりは月イチで使える奥の手です」
振り向くと、先生の顔が真っ黒だった。
「寺坂、吉田、村松。首謀者は君等だな」
先生はそう言って、私が瞬きをする一瞬の間に、手に大量のなにかを持っていた。
ゴトゴト、バラバラ。教室の床の上に落とされたそれは、ここにいる生徒全員の家の表札だった。
「政府との契約ですから、先生は決して
その中にはもちろん、榎本≠フ家のものもあって。
「次また同じ方法で暗殺に来たら、
それは、あの子を、殺すということ?
「家族や友人……いや、君達以外を地球ごと消しますかねぇ」
――消す、けす。あの子を、
――させない…させない。絶対、
「なっ…何なんだよテメェ…。迷惑なんだよォ!!」
寺坂が叫ぶ。チビってんじゃねぇよビビりめ。彼への報告案件決定だな。
「いきなり来て地球爆破とか暗殺しろとか…、迷惑なやつに迷惑な殺し方して何が悪いんだよォ!!」
寺坂による涙ながらの悲痛の訴えに対し、先生は顔に丸印を浮かべて笑った。
「迷惑?とんでもない。君達のアイディア自体はすごく良かった」
そう言って、渚くんの頭をペタンと撫でた。次にバツ印を浮かべて、
「ただし!寺坂君達は渚君を、渚君は自分を大切にしなかった。そんな生徒に暗殺をする資格はありません!」
と言った。ごめん先生、暗殺の資格とか正直言ってどうでもいい。
でもあれか?防弾スーツを着た上での自爆テロはアリってことか?
「人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょう。君達全員、それが出来る力を秘めた有能な
…うんごめん、先生。笑顔で胸張れる暗殺とか一般の人は誰も求めてないよきっと。
むしろ人から疎まれるような行為だからね?
「
アドバイスするくらいならさっさと死にやがれください、先生。
「…さて問題です、渚君。先生は殺される気などみじんも無い。皆さんと3月までエンジョイしてから地球を爆破です。それが嫌なら君達はどうしますか?」
だからさせませんってば。
「…その前に、先生を殺します」
渚が答える。
「ならば今殺ってみなさい。殺せたものから今日は帰って良し!!」
先生はそう言うと、座って表札の手入れをし始めた。
その間に、国語の課題と鞄を持ってくる。
思いついたように、茅野さんが呟いた。
「殺せない…先生…、あ、名前。…『殺せんせー』は?」
『殺せんせー』。…名前なんか付けてもね。どうせ殺すのに。
…でも、まぁ。
「一応、
私は榎本と書いてある表札を手に取ると、持っていた鞄の中に入れ、教室の扉を開く。
「陸が待ってるんで。帰りますね。さよなら、……『殺せんせー』?」
にっこりと作り笑いを浮かべる。うん、我ながら完璧な胡散臭さだ。
教室を出て、後ろ手で扉をぴしゃんと閉めた。