咲菜ちゃんと鳩原は本当に仲が良かった。
だから二宮さんが「鳩原のことは咲菜には絶対に言うな」とオレたちに口止めしたとき、いやいや、咲菜ちゃんにくらい教えてあげましょうよって思った。だって可哀想じゃん、あんなに仲良しだったのに本当のことを何も知らないなんて。絶対寂しがるに決まってるのに。

だから咲菜ちゃんが鳩原の所在を尋ねてこないどころか名前すら出さなくなったことも、あれほど懐いていた二宮さんに近寄らなくなったのも、はっきり言って異常だった。



性かくれんぼ



咲菜ちゃんが二宮さんに紅茶とパンケーキを奢ってもらったらしい。
二宮さんからの好意なんだからありがたく受け取っておけばいいのに咲菜ちゃんは何が何でもお金を返したいようだった。たぶん二宮さんが無理矢理奢ったんだろう。あの人結構強引なとこあるもんな。
とまあそういうわけでオレ伝手に二宮さんにお金を返したい咲菜ちゃんからラウンジに来てほしいと呼び出されたわけだけど、いくら待っても呼び出した本人が現れる気配がない。ラインを送ってみたけど全然返ってこないなあとケータイの画面をぼんやりと眺めていると、真っ暗だった画面が突然着信画面に切り替わった。咲菜ちゃんではなく、まさかの辻ちゃんからの電話である。

「もしもーし、どうした辻ちゃん」
『犬飼先輩今どこにいるんですか』
「え、今?ラウンジにいるけど」

電話の向こうの辻ちゃんはえらく切羽詰まったような様子だった。もしかして作戦室のテーブルを散らかしたままにしてたから二宮さん怒ってる!?とヒヤリとしたけど、辻ちゃんが「早く来てください」と指定した場所は作戦室じゃなくて、なぜか狙撃場の近くの給湯室だった。え、なに?二宮さんが怒ってるんじゃないの?

『あの、何ていうか。山室先輩が泣いてて』
「…は?」
『どうしたらいいか分からないから早く来てください…!』

泣いてるのは咲菜ちゃんだよね?何で辻ちゃんがそんな涙声なの?いろいろツッコミたいのは山々だったけど、咲菜ちゃんが泣いているのに近くにいるのは女子が苦手な辻ちゃんというとんでもない非常事態にオレはラウンジを飛び出した。


***


今日は狙撃手の合同訓練の日で、私は久々に二位という好成績を収めた。東さんに頑張ってるなって誉められたけどちっとも嬉しくなかった。だって精密狙撃の訓練は以前だったら鳩ちゃんが一位だったけど、その鳩ちゃんがいなくなれば、必然的に私の順位も繰り上がるのだから。

「山室先輩二位だって。わたし、山室先輩に弟子入りしようかなあ」
「ええ、やめときなよ」

狙撃場を出てすぐの廊下でC級の女子隊員たちがそんな話をしていたのが聞こえて、私は咄嗟に身を隠した。そんなことせずに立ち去ってしまえば良かったのに、やめときなよという言葉の続きが気になってしまって。
結果的にいえば本当に、聞かなきゃよかった。

「なんで?山室先輩って優しそうだし狙撃も上手じゃん」
「あんた知らないの?鳩原先輩って山室先輩のせいでボーダーやめたらしいよ」
「なにそれ。隊務規定違反でクビになったんじゃないの?」
「たぶんそれ、山室先輩が流したデマだよ。だってあの二人、男を巡って街中で大喧嘩したらしいし」

ガツンと、鈍器で頭を殴られたみたいだった。
何であの子が知ってるの。それは、その話は、ボーダーの中では二宮さんしか知らなくて。私は二宮さん以外には言ったことなくて。
私のせいで鳩ちゃんが居なくなったのは、私と二宮さん以外、知らないはず、で。

「え、こわーい。それって山室先輩が鳩原先輩を追い出したってこと?」
「ね、やめときなって。あんたも追い出されちゃうかもよ」

もうこれ以上聞いていたくなかったけど、私は出ていくタイミングを完全に無くしてしまっていた。耳鳴りが酷くて心臓が千切れてしまいそうに痛んで、目の前がどんどんぼやけていく。胃の中身を全て吐き出したいくらい、気分が悪くて仕方なかった。

我慢出来なくなって物陰から飛び出すと、ぼやけた視界の隅に呆然と立ち尽くしていた辻くんを捉えた。ああ、聞かれてた。辻くんに、鳩ちゃんのチームメイトに、聞かれた。
我慢していた涙がどんどん零れ落ちる。オロオロした様子でこちらに手を伸ばした辻くんから逃げるために、私は近くの給湯室に飛び込んだ。

あの子たちの言う通りだ。私のせいで鳩ちゃんは居なくなってしまった。私が鳩ちゃんを追い出したんだ。だから二宮隊はB級に降格することになって、ユズルがあんなに寂しそうな顔をするようになって、二宮さんも私のことが嫌いになった。私には泣く資格なんて、ないのに。










ドアが開く音が聞こえた。
コツ、コツと足音が近付いてくる。膝を抱えたまま体を強張らせていると、その足音は私のすぐ近くでピタリと止まった。それからぐしゃりと、誰かの手が私の髪の毛を掻き乱す。その手はゆっくりと下に滑っていって、濡れた頬に大きな手が添えられた。顔を上げさせようとする手に逆らおうと力を入れると頭上から呆れたようなため息が降ってきて、それから耳元で声がした。

「…………なに泣いてんだ、咲菜」

私が怯んだ一瞬をその人は見逃さなかった。さっきよりも強引に顔を上げさせられて、私のぐちゃぐちゃな視界いっぱいに、二宮さんの顔が飛び込んできた。

「や、」

泣き顔なんて見られたくなくて顔を逸らそうとしたけど、頬を包み込む手がそれを許してはくれなかった。やだ、いやだ。何で二宮さんがこんなところにいるの。何か言われたらどうしよう。鳩原が居なくなったのはお前のせいだって、今度こそ声に出して言われたら。

「やだ、離して。私のことなんてほっといて」
「……こんな状態のおまえを放っておけるわけないだろう」

二宮さんの指が目尻に溜まった涙を拭った。優しい指使いに涙がさらに溢れていく。こんなときに、この人に優しくしてほしくなんてなかった。今こうして泣いているのだって、名前も知らないC級隊員にあんなことを言われたのだって、全部自分のせいなのに。自業自得なのに。

「私のこと嫌いなくせに……!」

叫ぶようにそう言うと、二宮さんは驚いたように目を見開いた。少しでも二宮さんから離れようと胸の辺りをぐいぐい押しながら、私は有らん限りの力を込めて叫んだ。

「二宮さんだって鳩ちゃんが居なくなったのは私のせいだって思ってるくせに!」
「…………いい加減にしろよ咲菜。ガキみてぇにギャーギャー騒ぎやがって」
「っ、」

ドスのきいた声にビクリと肩を竦める。不機嫌そうに眉を寄せた二宮さんが泣きわめく私を真っ直ぐに見つめた。掴まれた顎はガッチリ固定され、視線を逸らそうにもびくともしない。
怒られるのかと思ったけど、二宮さんが口にした言葉は、想像していたものとはまるで違った。

「おまえは悪くない」
「……っ、」
「鳩原が消えたのはおまえのせいだなんて思ったことは、一度もない」

ぼろぼろと零れ落ちた涙が二宮さんの指を濡らす。だけど二宮さんは嫌がるどころか、スーツが汚れるのもお構い無しに私の頭を抱き込んだ。

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