「二宮さんを呼んでも良かったんでしょうか」

今しがた二宮さんが入っていった給湯室のドアを見つめた辻ちゃんが心配そうに言った。二宮さんと咲菜ちゃんの関係があまり良くないことは辻ちゃんもよく知っているから、駆け付けたオレが「二宮さん呼ぼっか」と言ったときかなり反対されたけど。

「大丈夫でしょ。あの二人前はすっげー仲良かったじゃん?」

そう言うと辻ちゃんは複雑そうな顔をしながらも「そうでしたね」と呟いた。





後ろから誰かが走ってくる音がする。
少し前を歩いていた二宮さんがピタリと足を止めたのと、よく知った女子が体当たりするように勢いよく飛び付いたのはほぼ同時だった。

「二宮さんこんにちはー!」
「おまえはいつになったら普通に話し掛けられるようになるんだ……?」

二宮さんは呆れたようにそう言いながらも口元を緩ませて、走ったことで乱れてしまった咲菜ちゃんの髪の毛をさらにぐしゃぐしゃになるまで掻き回した。二宮さんがこんな風に柔らかい表情を浮かべたり頭を撫でたりするのは咲菜ちゃんに対してだけだったし、咲菜ちゃんの方も二宮さんを見かければ飛び付くくらいには、二宮さんにえらく懐いていた。

「もー、ぐしゃぐしゃになるからやめてください!」
「乱れてたから整えてやったんだろうが」
「明らかに前髪じゃない髪が前に来てます…!」

隣にいた辻ちゃんが死にそうな顔で視線を逸らしている。公衆の面前でイチャイチャするのはやめてくださいとか、リア充爆発しろとか。言いたいことはたくさんあったけど二人の仲を邪魔するのはさすがに気が引けて、オレは何も言わずに固まったままの辻ちゃんの背中を押した。だってこの二人明らかに両想いなのにくっつく気配ないんだもん。まあ付き合い出すのも時間の問題だと思うけどね、なんてあの頃は呑気なことを思っていた。

今ではもうそんな風に二宮さんが咲菜ちゃんの頭を撫で回すことも、咲菜ちゃんが楽しそうに二宮さんに話し掛けることもなくなったんだけど。



***



二宮さんが差し入れにケーキを買ってきてくれるときは大抵一つ多い。買ってきた本人は間違えたとしか言わないしその言い訳でバレていないと思っているようだが、二宮さんの思惑は俺たちにはバレバレだった。

「咲菜ちゃん、二宮さんがケーキを一個多く買って来ちゃったんだけど今から食べに来ない?」
「やったー!行く行く!」

二宮さんがケーキを一つ多く買ってくるのは山室先輩のためだった。と言うよりケーキを買ってくること自体が山室先輩のためだったのかもしれない。いつも一つだけ多いそれは山室先輩が一番好きだと言っていたチーズケーキだったから。まあ山室先輩はチーズケーキが食べられれば他はどうでもよかったのか、二宮さんの意図には全く気付いていなかったようだけど。



鳩原先輩の騒動がだいぶん落ち着いてきた頃、二宮さんが久々にケーキを買ってきてくれた。最早癖のようなものなのか、差し入れのケーキはやっぱり一つ多い。

「咲菜ちゃん呼んできましょうか?」

犬飼先輩が笑いを堪えたようにそう言った。犬飼先輩の申し出に二宮さんは興味がなさそうな顔で頷いたけれど、先輩が作戦室から出て行った途端、落ち着かない様子で何度もドアに視線を送り始めたから、山室先輩が来るのが待ち遠しいんだろうなとひゃみさんとこっそり笑い合った。そういえば最近忙しかったせいか、二宮さんと山室先輩が一緒にいるところを見かけなかった気がする。

犬飼先輩はすぐに帰ってきた。だけど呼びに行ったはずの山室先輩の姿はなくて、「咲菜はどうした?」と尋ねた二宮さんに、犬飼先輩は言い難そうにこう言った。

「それ鳩ちゃんの分でしょって、断られました」

気付いたときにはもう遅かった。山室先輩は二宮さんを見掛けても寄って来ないし、うちの作戦室にも寄り付かない。そのせいか二宮さんの機嫌はどんどん悪くなっていったけど、相変わらず二宮さんがケーキを買ってくるときはチーズケーキが一つだけ余分に買ってきてあった。もう山室先輩は食べに来ないのだから、絶対に余ると分かっているはずなのに。

山室先輩も絵馬くんみたいにオレたちのせいで鳩原先輩が居なくなったと思っているのかもしれない。オレたちはもちろんのこと、二宮さんだってずっとそう思っていただろう。誰も山室先輩のせいだなんて思ってなかったし、そうやって自分を責めているなんて気付かなかった。



誰が為に君は



…嫌ってるのはおまえの方だろう。

title/箱庭


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