狙撃場に行くのはそんなに好きじゃなかったけど、鳩原先輩と咲菜さんが並んで狙撃をする後ろ姿を見るのは好きだった。お互いにアドバイスしたり笑いあったりする二人を見ていると仲が良いんだなってよく分かったし、大好きな二人が仲が良いとオレも嬉しかったから。



「ほらユズル、早く行こう」

狙撃場に入るたびに泣きそうな顔をするの、咲菜さんは気付いてるのかな。



おいてけぼりをったら



二宮さんに嫌われているんだかいないんだか、近寄ってもいいんだかまずいんだか。イマイチ距離感が掴めないまま、あの大泣きした日から一週間が過ぎた。二宮さんは相変わらず私を睨んできたり露骨に顔を歪めたり、親切にしてくれたのが嘘みたいな態度だ。
やっぱり嫌われてるのかなあ。そう思ってはみたものの、大泣きした私を慰めてくれたことや困っていたときに助け船を出してくれたことを思い出すと何だか違う気もする。

一人で考えても埒が明かない。私は出水に相談することにした。出水だったら二宮さんと仲が良いし、それに何より同じ射手だから、私よりも二宮さんの考えていることが分かるんじゃないかと思って。加古さんの方が適任なのかもしれないけど、いつだったか見た二宮さんとのツーショットを思い出して何となくやめた。たとえ加古さんに相談した方が的確なアドバイスを貰えたとしても、二人の仲の良さを改めて思い知らされるのは嫌だったから。



「出水はさあ、模擬戦のときに特定の誰かを蜂の巣にしたいと思ったことはある?」
「何ですか突然……ああ、もしかして二宮さん?」
「えっ」

二宮さんの名前は出さなかったのに出水には全てお見通しだったらしい。「あの人面倒くさいもんなあ」と呆れたように言われた。

「んー、オレ部外者だからあんまり口出さない方がいいと思うんで、とりあえずヒントだけあげますね」

口振り的に出水は二宮さんが私を蜂の巣にする理由を知っているようだった。だけどどんなにしつこく聞いても「二宮さんに怒られるからヤダ」と言って教えてくれない。

「ねえ咲菜さん。ベイルアウトする直前って何が見えます?」

出水がくれたヒントは全然ヒントじゃないと思う。そんな謎かけみたいなので二宮さんの心理が分かるならこんなに悩まないんだけど。だってベイルアウトする直前なんて二宮さんのアステロイドくらいしか見えないのに、何が見えるのかと聞かれても。





「ベイルアウトする直前って何が見えると思う?」
「はあ…?」

今日は非番だからか作戦室には私とユズル以外誰もいない。黙々と宿題をしていたユズルは突然意味の分からない質問をされて怪訝そうな顔で首を傾げたけど、少し考えたあと「空?」と呟いた。

「あんまり意識したことないけどたまに、空が綺麗だなって思うことはあるかな」
「なるほど」

たしかに仰向けに倒れたら空が見えるかも。空ねえ、と呟きながらノートの隅に雲の絵を描いた。だけど二宮さんが私を蜂の巣にする理由とは関係ない気がする。他に何が見えるかなあと唸っていると、ユズルが「あとは」と抑揚のない声で続けた。

「二宮さんとか」

シャーペンの芯がボキッと折れた。
顔を上げるといつも通り無表情なユズルが私をじっと見つめていた。

「…………何で二宮さん?」
「だって咲菜さん、最近よくあの人に蜂の巣にされてるし」
「いやそんなことは」
「隠さなくてもいいよ。みんな知ってるから」

指先が冷たくなっていくのが分かった。みんなって。掠れた声で呟くと、ユズルは淡々とした口調で「カゲさんたち」と言った。
バレてないと思ってた。カゲもユズルも他人のことなんて興味無さそうだし、ヒカリちゃんやゾエだって気付いていたら何かしら言ってくるはずだから。一度だけゾエに二宮さんに何かしたのって聞かれたことはあったけど、みんな何も言わなかったから誰も気付いていないと思っていた。思っていた、のに。

「みんな気付いてるよ。鳩原先輩が居なくなってから咲菜さんはあの人に近寄らなくなったし、鳩原先輩の話どころか名前すら出さなくなったよね」
「……っ、」
「最初はオレと同じで、鳩原先輩が居なくなったのはあの人たちのせいだと思ってるんだと思ってた。だけどあの人を見てるときの咲菜さんは辛そうな顔してたし、そうじゃないんだろうなって」

あの人と何かあったんでしょ。ユズルの言葉はほぼ確信めいていて、私はもう、誤魔化せないと思った。
言うの?ユズルに、鳩ちゃんが居なくなったのは私のせいだって。鳩ちゃんのことが大好きだったユズルがそれを聞いて、二宮さんみたいに私のせいじゃないって言うと思う?
ユズルの顔を見ていられなくて俯いた。さっき描いた雲の落書きが滲んでぼやけて見えた。

「ねえ咲菜さん。カゲさんたちは咲菜さんが何も言わないなら口出すなって言ってたけど、オレは悲しそうな咲菜さんは見たくないよ」

ユズルは珍しく気遣うような声でそう言った。ユズルってこんなに優しい声出せたっけ、なんてどうでもいいことを考えていないと、嗚咽が漏れそうだった。
ああなんか、年下にこんなに気を遣わせるなんて情けないなあ。ボタボタと涙が落ちてノートに染みを作っていくのを眺めながら、震える声でユズルの名前を呼んだ。

「ユズルあのね、わたしね、鳩ちゃんと喧嘩しちゃったんだ。ひどいこといっぱい言ったんだ」
「うん」
「鳩ちゃんのこと大好きだったのに、大嫌いって言っちゃった。どっか行ってよって。そしたらね、鳩ちゃんは本当にどこかに行っちゃったの。二宮さんにそう言ったら何も言ってくれなくてね、わたし鳩ちゃんだけじゃなくて二宮さんにも嫌われちゃったんだって思って」

ユズルは何も言わないしピクリとも反応しない。だけどここまで言ってしまってはもう後には引けなくて、私は独り言のような懺悔を続けた。

「ごめんねユズル。本当にごめん。鳩ちゃんが居なくなってからユズルが寂しい思いをしてるのは知ってたけど、ユズルにまで嫌われたくなくてずっと黙ってた。本当にごめんなさい」

そう言い切って頭を下げた。ユズルはそんな私を見てもやっぱり何も言わなかったし、むしろ私と同じ空間に居たくなくなったのか立ち上がってしまった。すでに泣いているくせにユズルのそんな態度に鼻の奥がツンとして、私はもう顔を上げられなかった。

てっきり退室するのだろうと思っていたユズルはすぐに戻ってきた。後頭部に軽い何かが乗せられる。
恐る恐る顔を上げると、頭の上に乗せられたそれが机の上に滑り落ちた。
ティッシュの箱、だった。

「鳩原先輩は喧嘩したくらいで咲菜さんのことを嫌いになったりしないよ。そんなの咲菜さんが一番知ってるでしょ」

私の泣き顔を見たユズルは「うわ、きたなっ」と物凄く失礼なことを言った。それから私の顔に大量のティッシュを押し付け、呆れたように溜め息を吐く。

「なに咲菜さん、ずっとそんなこと思ってたの?鳩原先輩が居なくなったのは咲菜さんのせいじゃないよ」
「だ、だけど……二宮さんもそう言ってたけど、でも」
「ええ、あの人も同じこと言ったの」

ユズルが心底嫌そうに顔を顰めた。それが何だか可笑しくて小さく吹き出すと、泣くか笑うかどっちかにしなよと怒られた。

「……まあ、あの人はいけ好かないけど、あの人がそう言うならそうなんじゃない?」
「うん…?」
「あの人が誰かに気を遣って嘘を吐けるような人間だとは思えないし」

そう言ってそっぽを向いたユズルは耳まで赤かった。私はユズルに押し付けられたティッシュに顔を埋めたまま、そうだねともごもご呟く。

「ユズルも気を遣って嘘吐けるような性格じゃないもんね」
「うるさい」

ユズルは不貞腐れたようにそう言ったけど、私が笑っているのに気付くと恥ずかしそうに小さく笑った。

title/すてき


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