咲菜を見ているとイライラしたのは、咲菜が自分以外の男と親しくするのが嫌だったからだ。俺に近寄らなくなったことに対しても不満だった。その目に映すものが俺ではないことにも腹が立った。

以前のように慕って欲しい。俺だけに笑顔を見せて欲しい。何でもいいから声が聞きたい。
あの柔らかい髪に指を通して、気が済むまで咲菜の頭を撫で回したかった。



ボロボロに愛しされてくれ



いくら模擬戦の度に咲菜を蜂の巣にしたところで、咲菜が俺のことを嫌わなくなるわけでもないし他の男と親しくするのをやめるわけでもない。一度佐鳥が咲菜に抱き付いていたのを見掛けたときは腸が煮えくり返るほど腹が立った。咲菜も咲菜で男に抱き付かれても顔色一つ変えないどころか頭を撫でてやっていた。俺が何に対して苛立っているのか東さんも理解したのだろう。困ったように肩を竦めただけで二人に近付く俺を止めようとはしなかった。

「先輩ってばまだ悩んでるんですか?早く食べましょうよー」
「……私は売店でおにぎり買ってくるから、佐鳥は先に食べてていいよ」
「えっ、お腹すいてるって言ってませんでした?」
「今思い出したんだけどそういえばダイエット中だった」

咲菜は先程財布を覗いていたのだからそれは嘘だとすぐに分かった。大方、金欠でまともな昼食を食べることが出来ないのだろう。

「…………おい」

俺はこちらを振り返った咲菜の目の前に500円玉を握った拳を突き出した。





秀次と咲菜が二人で並んでベンチに座っているのを見かけたのは偶然だった。珍しい組み合せだと思って眺めていると、突然秀次が俺と付き合ったらどうかとぶっ飛んだことを言い出した。大嫌いな俺の褒め言葉を散々聞かされた咲菜は随分困惑していたようで、俺は慌てて咲菜から秀次を引き剥がした。

「秀次、さっきのあれは何だ」
「いけませんでしたか?加古さんからお二人は両想いなのに全然付き合う気配がないから機会があったらアシストするようにと言われていたんですが」
「……好きなのは俺だけで、咲菜は俺を嫌っている。あいつを困らせたくないから訂正してこい」

秀次は驚いたように数度目を瞬かせたが、「分かりました」と返事をすると踵を返して咲菜の元に駆け寄っていった。
咲菜は泣きそうな顔で秀次に何かを言っていた。





太刀川たちと飲みに行くことになった。誘ってきたのは堤だったが言い出したのは加古か太刀川あたりだろう。気分じゃないから行かないと返すと、俺が居ないと集まる意味がないと堤が困ったように言った。咲菜の話をするために呼ばれるのだろうと容易に想像できてしまった。

咲菜の件は軽々しく触れて欲しいものではない。特に酒が絡んだ席で自分が何を口走るか分かったものではなかった。体調不良だと仮病を使ってすっぽかしてもよかったのだが、それを見越したように加古が家まで迎えに来た。どうやら根掘り葉掘り聞きだす算段らしい。

「そういえば加古。おまえよくも秀次に変なことを吹き込んでくれたな」
「あら、何の話?私何か余計なことでも言ったかしら」
「色恋沙汰に全く興味がない秀次が咲菜と俺が両想いだなんて勘違いするはずがないだろう。秀次を問いただしたら案の定、おまえから聞いたと言っていた」
「そうねえ、訂正しておくべきだったわ」

加古がのんびりとそう言った。何が訂正だ。秀次のような何でも信じてしまう真面目なやつにあることないこと吹き込むなと言っているというのに、こいつには自分の言動を改める気はないらしい。

「二宮くんの片想いだったわね。ごめんなさい、気が利かなくて」
「おいおまえ喧嘩売ってんのか」
「だってそうでしょう。何が気に入らないのか知らないけれど、模擬戦のたびに山室ちゃんばかり狙ってアステロイドを撃ち込んで。私だったらそんな男願い下げよ」

言いたい放題の加古に腹が立った。だが加古の言い分も尤もだった。最初は一方的に咲菜に避けられていたが、最近では俺も咲菜を避けるようになっていた。

「そうそう、村上くんが山室ちゃんに告白したんですってね」
「……っ、」
「山室ちゃんは何て返事をしたのかしら。少なくともどこかの誰かさんより村上くんの方がずっと……あら、噂をすれば」

急に何かに興味を持ったらしい加古が声を上げた。何事かとそちらに視線を向けて、見なければよかったと後悔した。
咲菜がいた。見慣れないワンピース姿の咲菜は誰が見てもめかし込んでいるのが一目瞭然だった。しかも隣には今しがた加古から咲菜に告白したと聞かされた村上がいる。
そのワンピースは村上のために選んだのか。咲菜は村上からの告白を了承したのか。考えれば考えるほど酷い耳鳴りがした。これ以上咲菜たちの姿を見たくなかった。それなのに加古は二人に声をかけ、あまつさえデート中かと言い出した。俺の気持ちを知っていてそういうことを言う加古にも、咲菜の隣に立つ村上にも、すぐに俺から視線を逸らした咲菜にも。そして何より一瞬でもデート中だろうかと思ってしまった自分にも、腹が立って仕方がなかった。

「うちのオペレーターの誕生日が近いので、プレゼント選びに山室に付き合ってもらってたんです」
「あらそうなの?だけどあなたたち、遠目から見てもとってもお似合いな雰囲気だったわ。ねえ二宮くん?」

よくもまあぬけぬけとその話題を俺に振ったなこいつ。思わず零れた舌打ちが聞こえたのか、咲菜が怯えたように俯いた。咲菜に聞こえたなら村上も気付いたはずだったがそちらは全く反応がない。むしろ俺と加古は随分仲が良いのだと言われた。おまえの目は節穴か。現在進行形でこの女にイライラさせられていると言うのに。

「山室ちゃんはどう思う?」
「…………お似合いだと、おもいま……」
「ふざけるな」

ふざけるな。やめてくれ。それは、それだけは、咲菜の口から聞きたくない。咲菜にまで認めて欲しくない。咲菜が認めるということは、それは咲菜が俺に対して恋愛感情を抱いていないと言っているようなものだろう。
どうやら咲菜と村上は付き合っていないようだったが、それを知っても尚苛立ちは消えなかった。結局俺は太刀川たちとの飲み会には参加しなかった。





「ねえ二宮さん、何で模擬戦の度に咲菜さんばっかり狙って蜂の巣にしてるんですか?」

太刀川隊と影浦隊との模擬戦のあと、興味津々といった様子の出水がそう声を掛けてきた。太刀川からも先ほどムービーを見れば誰でも気付くと言われたばかりだ。素直に答える気にはなれず黙っていると、「そんなに咲菜さんのこと嫌いですか?」と言われた。

「何でそうなるんだ」
「太刀川さんとムービー見ましたよ。こないだなんて犬飼先輩を蹴落としてまで咲菜さんから点を獲ることに固執してたじゃないですか。前はあんなに仲良かったのに咲菜さんが可哀想」
「別に嫌ってない。むしろ嫌ってるのは向こうの方だろ」
「そりゃあ毎度毎度蜂の巣にされてちゃ咲菜さんだって二宮さんのこと嫌いになりますよ」
「それは……、」
「ね、どうしてそんなに咲菜さんを蜂の巣にすることにこだわるんですか」

出水が太刀川のように面白半分でその話題を口にしたわけではないと分かっていた。かと言ってその質問に対する理由を言ったところで、きっと出水には理解できないだろう。呆れられるに決まっている。
見つめ合うこと一分弱。先に耐えられなくなったのは俺の方だった。


「うーん、言いたいことは分からなくないけど何と言うか、捻くれてると言うか」

案の定出水は呆れたようにそう言ってガシガシと頭を掻いた。だから言いたくなかったのに何だその反応。無言で睨み付けていると出水がへらりと笑った。

「でもそういうのちょっと好きです」



***



自分を見て欲しいという欲求を満たすためだけに模擬戦の度に咲菜を蜂の巣にしていた。自分ばかりが被害者ヅラをして咲菜の気持ちを考えなかった。
咲菜が鳩原の件で思い悩んでいたことも、罪悪感を抱いたまま過ごしていたことも。俺は最近になるまで気付いてやれなかった。

「…………えに、」

絞り出した自分の声は掠れていた。目の前の咲菜がぼやけて見えたが、気のせいだと言い聞かせて目に力を入れた。

「おまえに、俺だけを見てほしかった」

咲菜は何も言わない。泣いたままじっと俺を見つめていたが、そろりと手を持ち上げて俺の頬に触れた。
お互いにお互いの頬に触れている状態だった。少しだけ腰を屈めて咲菜に顔を寄せると、咲菜は一瞬目を大きく開けて、そして泣きながら笑った。

「……言われなくても」
「っ、」
「言われなくても、ちゃんと見てますよ」
「…………そうだな」

咲菜のことが好きだった。
俺を見掛ければすぐに駆け寄ってくるところも、いつまでも撫でていたくなるような柔らかい髪も、頭を撫でると嬉しそうに顔を綻ばせるところも。全身で俺を慕っていると表現する咲菜が、何よりも特別だった。

title/すてき


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