思い返せば最近の模擬戦は二宮さんに狙われてばかりであんまりいいところが無かった気がする。だから今回は上手い具合にカゲのアシストが出来て結構嬉しかった。だけど模擬とは言え戦いの最中に完全に気が緩んでいたのは自分でもどうかと思う。

「……咲菜」

真後ろから声がした。低くて落ち着いているその声はたしかに私の大好きなものだったけど、今この瞬間にそれが聞こえるのは非常に不味い。ギギギ、と錆び付いたブリキのおもちゃみたいに恐る恐る振り返ると、バックワームを身に付けた二宮さんがすぐ後ろに立っていて泣きそうになった。二宮さんの脇に大きなトリオンキューブが現れる。それを見て喉の奥からひゅっと変な音が出た。



心臓からがあふれないように



時間切れのために決着が着かなかったせいか、模擬戦が終わったあとのカゲはいつも以上に不機嫌そうだった。さっきからものすごく睨まれてる気がする。何で私を睨むのかなあと思いながらカゲの少し前を歩いていると、突然後ろから首根っこをガシリと掴まれた。

「うぐっ……!な、なに!?」
「おめー今日も二宮に狙われてたな」

カゲがマスクの下で唸るように言った。カゲのイライラとその話に関連性が見当たらなくてポカーンとしていると、私の反応でカゲはさらに不機嫌になったらしくダン!と壁を殴った。

「毎回毎回あいつに狙われやがって……!その件は片付いたとか言ってただろうが!!」

カゲが怒っているのはいつものことだけど、私のことで声を荒げるのは珍しい。カゲがそこまで私のことを心配してくれていたのだと思うと何だか嬉しくなって、思わず笑ってしまった。

「おい聞いてんのか咲菜!」
「聞いてるよ?でも大丈夫だからそんなに心配しなくても」
「おめーの大丈夫は信用出来ねぇから言ってんだよ!」
「そうだよ咲菜さん。オレも全然大丈夫そうには思えないんだけど」
「ええ、ユズルまで……」

カゲとユズルが探るような視線を向けてくる。助けを求めて後ろにいたゾエを振り返ると、ゾエが耳元で「みんな咲菜ちゃんのことが心配なんだよ」と囁いた。
嬉しかった。うちのチームは他所と比べると協調性が無かったし、特にカゲとユズルは他人を気遣うことが出来るようなタイプじゃないから。そんな二人が心配してくれるというのは、何だかこう、胸に来るものがあった。

「咲菜さん無理してるんじゃない?嫌なことされたらちゃんと言ってよ、カゲさんが串刺しにしてくれるから」
「あはは、それは心強いなあ。でも本当に大丈夫だから、心配してくれてありがとね」

そう言ってユズルの頭をポンポンと撫でた。いつもなら嫌がるのに今回だけは大人しくされるがままになっていた。

「ゾエどうしよう。この二人が心配してくれるなんて嬉しすぎて涙出そう」
「ええ〜、ゾエさんも咲菜ちゃんの心配してたんだけどなあ」

ゾエがおどけたようにそう言った。ゾエもありがとうの意味も込めてお腹をぽんぽんしてあげた。
カゲはまだ文句を言い足り無いようでずっとブツブツ言っていたけど、「カゲもありがとう」と告げるとそっぽを向いてしまった。

「…カゲさん照れてる?」
「照れてねーし」

私達に顔を見られたくないらしく、カゲはそう言い捨てると大股で歩き出した。ユズルとゾエがその後ろを追いかけながら「あれ絶対照れてるよね」なんてこそこそ笑っている。私も小さく笑いながら三人の後に続こうとして、途中で足を止めた。

「あれ?咲菜ちゃんどうしたの?」
「用事思い出しちゃった。みんな先に帰ってて」
「はあ?おい咲菜、」

カゲが何か言いかけていたけど振り返らずに、みんなが曲がらずにまっすぐ行った廊下を右に曲がった。ちらりと見えた後ろ姿が今にも廊下の向こうに消えそうなのが見えて、私は思わず大きな声でその人を呼び止めた。

「二宮さん!」

二宮さんが足を止めてこちらを振り返る。わざわざ立ち止って私が追い付くのを待っていてくれた二宮さんに早く追いきたくて、私は走るスピードを上げた。

「はあっ、お、おつかれさま、です」
「…そこまで急がなくても良かっただろう」

肩で息をする私に二宮さんが呆れたようにそう言って私の頭に手を伸ばした。全力疾走したせいで乱れてしまっていた髪の毛は二宮さんによってさらにぐしゃぐしゃにされたけど、ちっとも嫌じゃなかった。

「ちょうどおまえに連絡しようと思っていたところだ」
「…?何ですか?」

すっかりぐちゃぐちゃになってしまった私の髪の毛を二宮さんが手櫛で軽く整えてくれた。それから最後にぽん、と頭のてっぺんに大きな手が乗せられる。

「……チーズケーキ」

二宮さんの口からチーズケーキなんて単語が出て来るとは思わなかった。チーズケーキがどうしたのかと首を傾げると、私が二宮さんの言葉の意味を察せなかったせいか、せっかく整えてくれた髪の毛が再びわしゃわしゃと掻き乱された。

「わ、」
「好きだろう、おまえ。買って来てあるから食べに来い」

私が顔を上げないようにと頭に乗せられていた手に力が込められた。だけどちらりと見えた二宮さんは見たことがないくらい柔らかい表情を浮かべている。それを見てきゅっとなった心臓を押さえるように、私は胸元をそっと握りしめた。

二宮さんのことが好きだった。
私の頭を撫でてくれる大きな手も、そのときだけ見せる柔らかい表情も、私を見つめるこの溶けてしまいそうな視線も。二宮さんが私に向ける何もかもが特別だった。

title/サンタナインの街角で


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