鳩原未来は私の一番の友達だった。

同い年だったしポジションも一緒だったし、それに何より彼女自身がとてもいい子だったから。周りから「おまえらいつもセットだな」と呆れられるくらいには私たちはいつも一緒にいたし、お互いのことは何でも知っていると思っていた。
だけどそう思っていたのは私だけだったみたい。

鳩ちゃんはボーダーをやめて失踪してしまった。上司だった二宮さんにも、師匠だった東さんにも、一番の仲良しだった私にも何も言わずに。

鳩ちゃんがいなくなってしまった理由は誰にも分からなかった。人を撃てなかったから上層部に干されたんだという噂もあったし、隊務規定違反でクビになったという噂も聞いた。
だけどきっと、鳩ちゃんが消えた原因は私にあるのだと思う。

鳩ちゃんがいなくなる前の日。私は"あること"で鳩ちゃんに腹を立て、酷いことを言って彼女を傷付けた。

疲れた様子の二宮さんに「鳩原がいなくなった」と言われたとき、一番に思ったのは「私のせいだ」ということだった。


ぼくのハ―トは
穴ぼこだらけ




カゲが誰に対しても喧嘩腰だったり、犬飼が人を煽るような言動を取ったりするのはいつものことだ。
私がいくら宥めたところで犬飼がカゲに対する態度を改めるはずがなかったし、煽られたカゲが大人しく引き下がるはずもない。今日も今日とて始まった言い争いは近くにいたC級隊員まで巻き込んだ大乱闘となり、事態を聞いて駆けつけた忍田さんによって両隊の隊員もろとも模擬戦のブースに押し込まれた。とんだとばっちりである。


「ユズルさあ、もうちょっと真面目に止めてくれればよかったのに」
『ヤダよ。オレあの人たちのこと嫌いだもん』

つーんとしたユズルの声に苦笑しながらイーグレットを構えた。狙うは辻くんの援護で背中ががら空きになった犬飼である。

『殺っちまえ咲菜』
「了解」

カゲのゴーサインを受け、犬飼の後頭部に照準を合わせて引き金を引いた直後。犬飼の後頭部を貫通するはずだった私の狙撃はシールドに遮られた。

「咲菜ちゃんみーっけ」
「ひぇ、」

くるりとこちらを振り返った犬飼は、それはそれはいい笑顔を浮かべていた。
大慌てでビルから飛び降りたけれど、後ろから追いかけてきたハウンドをシールドで凌ぎ切れずに足に被弾してしまう。片足では上手く着地することが出来ず、顔から地面に突っ込んでしまった。

「やー、上手いこと釣れてよかったわ」

犬飼はさっきまで私が隠れていたところに立っていて、にんまりと笑いながらこちらを見下ろしていた。
模擬戦開始から三分足らずでこれなんて本当にツイてない。カゲたちもそれぞれ戦闘中だからヘルプに来てくれる気配はないし、ほぼ確実に落とされる。
この距離じゃ狙撃手が完全に不利だと向こうも分かっているからだろう。いっそ一思いに殺してくれればいいのに、犬飼は勿体ぶるようにニヤニヤ笑うだけで、この状況を楽しんでいるようだった。

「一点もーら、おぶっ!?」

自分の勝利を確信して余裕の笑みを浮かべていた犬飼が突然ビルから落ちてきた。もしかしてゾエがヘルプに来てくれたのかと思いきや、地面にうつ伏せに倒れた彼の背には二宮さんが乗っていた。どうやら自分の隊の隊長に蹴落とされたらしい。

「に、二宮さんヒドイ…」
「おまえは辻の援護に回れ」

二宮さんはそう言ってまっすぐに私の方に歩いてきた。座り込んだまま二人のやり取りをポカーンと見つめていた私は反応が遅れてしまって、思わずイーグレットを取り落としてしまう。
だけど二宮さんはポケットに手を突っ込んだまま攻撃してくる気配はなかった。

どういうつもりだろう。この至近距離じゃ私の狙撃は当たらないと思われているのだろうか。まあ私のトリオン量じゃ二宮さんのフルガードは削れないんだろうけど。

二宮さんの真意が分からないまま、お互いに攻撃することなく見つめ合うこと数秒。不意に二宮さんが何か言いたげに小さく口を開けた。一瞬の間のあと、二宮さんの両側に大きなトリオンキューブが現れる。そして、

「アステロイド」





「ねえ酷くない?片足やられた女子を二人がかりで追ってくるとか二宮隊酷くない!?」
「まあ二宮までそっちに行ってくれたおかげでだいぶ楽だったわ。サンキュ」
「そんなこと言うなら勝ってよ!私の犠牲を無駄にしないでくれる!?」

カゲは辻くんと犬飼を落としたけど、こっちはユズルとゾエも落とされたから、結果的に勝ったのは二宮隊だった。予期せぬ模擬戦だったけど負けるとやっぱり悔しいし、あと勝ったあとの犬飼の顔がめっちゃムカついた。思い返しても腹立つ……。

「そういえば咲菜ちゃん、ニノさんに何かした?」
「え?」
「だって放っておいても自分たちの点になったはずなのに、わざわざ犬飼を止めてまで咲菜ちゃんを蜂の巣にする必要あったのかなあと思って」
「あの人が咲菜さんをさっさと仕留めなかったからじゃないの?」

二宮さんの行動に対して純粋に疑問を覚えたらしいゾエに、二宮隊を嫌っているユズルが苦々しい顔で返す。何と返そうかと言葉を探していると、それまで無言でケータイをいじっていたカゲが急に口を挟んできた。

「おまえ二宮に嫌われてんじゃねえの?」

冗談のつもりだったのか、鼻で笑ってそう言ったカゲはすぐに「鋼と模擬戦して来るわ」と言っていなくなってしまった。だけど私にとってはちっとも笑えない話である。
二宮さんに狙われたのはこれが初めてではない。二宮隊と模擬戦をするときはいつだって、私は二宮さんに蜂の巣にされていた。

私は二宮さんに嫌われている。
理由は簡単。鳩ちゃんがいなくなった原因が私にあることを、二宮さんも知っているからだ。

title/サンタナインの街角で


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