咲菜ちゃんはあたしの親友だった。

同い年だったしポジションも一緒だったし、それに何より咲菜ちゃん自身がとてもいい子だったから。周りから「おまえらいつもセットだな」って呆れられるくらいにはいつも一緒にいたし、お互いのことは何でも知っていた。

たとえばそう。咲菜ちゃんが二宮さんのことを好きなこととか、咲菜ちゃんが二宮さんの名前を出せば何でも素直に信じてしまうことだとか。



がいない、とが泣く。



咲菜ちゃんはあたしの親友だったけど、それと同時に憧れでもあった。"人を撃つ"というあたしに出来ないことを、咲菜ちゃんは臆することなくやってのけていたから。
咲菜ちゃんに相談してどうにかなるような問題ではなかったけど、あたしはいつも咲菜ちゃんに「どうやったら人が撃てるようになるかな」と相談していた。

「鳩ちゃんの狙撃は精密すぎて誰にも真似できないし、今のままでも十分チームに貢献出来てると思うけどなあ」

あたしが相談するたびに、咲菜ちゃんは悔しそうな顔であたしと自分の的を見比べていた。咲菜ちゃんは絶対に、あたしが人を撃てないことで馬鹿にしたり貶したりしなかった。いつでも対等な存在として接してくれていた。

あたしは咲菜ちゃんのことが本当に大好きだった。ボーダーどころか親友まで裏切ろうとしていたあたしには勿体ないくらい、優しくて素敵な女の子だった。



「ねえ鳩ちゃん、昨日喫茶店で一緒にいた人って、もしかして彼氏!?」

だからあたしは、大好きな咲菜ちゃんを巻き込まないために嘘をついた。あの人があたしの親友にまで目をつけないように。あたしの親友にまでこんな思いをさせないように。

「……ただの知り合いだよ」

咲菜ちゃんは納得していなかったようだったけど、それ以上深く追求してこなかった。



咲菜ちゃんを守るためについたはずの嘘は日を重ねるごとに咲菜ちゃんを傷付けるものになっていた。

「ごめん、その日は用事があって……」
「そっかあ。じゃあまた今度行こうね」

咲菜ちゃんが寂しそうな顔をするたびに、嘘が積み重なるたびに、あたしの中で咲菜ちゃんへの罪悪感が膨れ上がっていく。それでもあたしは咲菜ちゃんに嘘をつき続けた。
咲菜ちゃんが落ち込む様子を見て何度本当のことを言ってしまいたいと思っただろう。本当のことなんて口が裂けても言えるはずないのに。



その日は久しぶりに咲菜ちゃんと遊びに行く約束をしていた。おそらくそれが咲菜ちゃんと会える最後のチャンスだったから、今まで嘘を吐き続けたお詫びに咲菜ちゃんが見たがっていた映画に行って、咲菜ちゃんの食べたいものを食べて、あたしの一日を全部咲菜ちゃんにあげようと思っていた。それなのにあの人は明日のことで最終確認がしたいから今すぐ会いたいと言う。
あたしはまた嘘をついて咲菜ちゃんとの約束を断らなければならなくなった。

『分かった!また今度遊ぼうねー』

何も知らない咲菜ちゃんはあたしの数十回目の嘘に何の疑問も持たなかったようだった。たぶん言い訳に二宮さんの名前を使ったからだと思う。咲菜ちゃんだったら大好きな二宮さんの名前を出せば何の疑問も持たずに了承してくれると分かっていて二宮さんの名前を出した。あたしはとことん最低なやつだ。
あたしは咲菜ちゃんからのラインに既読を付けることができなかった。

だけどきっと神様は、親友に嘘をつき続けるあたしに罰を与えたかったのだと思う。

「え…はと、ちゃん?」

目を見開いた咲菜ちゃんが信じられないと言いたげな声色であたしの名前を呼んだ。心臓が尋常じゃないくらいドクドクと音を立てている。指先から力が抜けて持っていた鞄が地面に落ちた。

「咲菜、ちゃ…」
「え、っと…?作戦会議は終わった、の?」

違うと分かっていたはずなのに咲菜ちゃんは私にそう尋ねた。
何と返せばいいんだろう。咲菜ちゃんには私とこの人が一緒にいるところを何度も見られていて、ただでさえ彼氏なんじゃないかと疑われていたのに。何も知らない咲菜ちゃんがこの状況を見たら、親友よりも彼氏を優先したと思うに決まってる。いくら咲菜ちゃんが優しい子でも、嘘をつかれた挙げ句自分を蔑ろにされたと怒ってしまうだろう。だけど働くことを拒否した頭ではこの最悪の事態を打開するための嘘も適当な言い訳も思い浮かばない。

「鳩原さんの知り合い?」

それまで無言で私の隣に立っていたあの人が突然口を挟んで来た。いつも通りの感情が読めない表情だったけど、その声色が微かに咲菜ちゃんに興味を示したように聞こえた。
あたしは咄嗟にその腕を掴んだ。咲菜ちゃんに話しかけないでほしかったし、この人が口を出すと碌なことにならないと思ったから。
咲菜ちゃんを巻き込まないでほしかった。どうしても近界に行きたいと思ったのはあたしのワガママであって咲菜ちゃんは関係ない。あたしは咲菜ちゃんに興味を持ってほしくなくて、おそらく一番言ってはいけない言葉を口にした。

「ち、違いますっ!友達なんかじゃ、」

言ったあとでしまったと思った。
咲菜ちゃんの顔から一瞬で感情が抜け落ちた。

「……うそつき」

咲菜ちゃんの声はいつも一緒にいたあたしでも聞いたことがないくらい冷たいものだった。あの人の腕を掴んでいた自分の手が緊張で汗ばんでいる。

「私が大人しく引き下がるって分かってて二宮さんの名前を出したみたいだけど、彼氏とのデートは友達との約束よりそんなに大事なものだった?」
「っあ、」
「ああそっか、友達じゃないんだっけ。ごめんね、友達ヅラしちゃって」
「ち、ちが…っ!咲菜ちゃ、」
「いい加減にしてよ!!」

咲菜ちゃんは泣いていた。本人はそのことに気付いていなかったようで、涙を拭うことなく私を真っ直ぐに見つめている。
そんな咲菜ちゃんを見ていたら、言い訳なんてできるはずがなかった。だってあたしが悪いんだ。あたしが咲菜ちゃんに嘘をつき続けたから。嘘をついて咲菜ちゃんを傷つけたから。言い訳なんてしたらまた、咲菜ちゃんを傷つけてしまう。

「鳩ちゃんなんて大っ嫌い!もう顔も見たくないからどっか行ってよ!!」










「鳩原さん」

ぼんやりと基地を眺めていたあたしに後ろから声が掛けられた。今から何もかもを捨てて近界に行くというのに、その声色はちっとも変わらない。

「時間だ。そろそろ行こうか」

あたしは後ろを振り向かずに小さく頷いた。声を出して返事をしなかったのは泣いているのがバレてしまいそうだと思ったからだ。だけどきっとこの人には、あたしが今どんな気持ちでここにいるのかなんてバレバレなんだろうけど。

あたしがいなくなったら咲菜ちゃんはどう思うのかな。昨日の今日だ。優しい咲菜ちゃんのことだから罪悪感にかられて泣いてしまうかもしれない。それともあの言葉通り、あたしのことなんてもう嫌いになっちゃったかな。

「……ごめんね、咲菜ちゃん」



大嫌いだと、泣きながらそう言った咲菜ちゃんの姿は涙でぼやけて見えなくなった。

title/twenty


ALICE+