私の初めての防衛任務は、急用で防衛任務に参加出来なくなった東さんの代わりというとんでもないものだった。B級に上がったばかりでまだ所属する隊すら決まっていなかった私を、一時的とはいえA級一位の部隊に放り込んだ忍田さんと東さんは一体何を考えていたのだろうか。

「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!!」
「はい。よろしくお願いします」
「フォローならいくらでもするから、一緒に頑張りましょうね」

礼儀正しくお辞儀してくれた三輪くんと優しい言葉をかけてくれた加古さん。その後ろで二宮さんは無言のまま私の頭のてっぺんから爪先まで観察したあと、面倒くさそうにこう言った。

「……足引っ張ったら殺す」

私の二宮さんに対する第一印象は最悪だった。

それでもバンダーの砲撃を喰らってモールモッドの群れの中に落ちた私を見捨てることなく助けてくれたのは二宮さんだった。ベイルアウトがあることをすっかり忘れていた私はあまりの恐怖にアイビスを抱えたまま怯えることしか出来なくて、文字通りお荷物状態の私を背中に庇いつつモールモッドに大量のアステロイドを撃ち込む二宮さんは本当に格好良かった。

私はその日、二宮さんに淡い恋心を抱いたのだ。


羨望と侮蔑




カゲは鋼くんと模擬戦、ゾエとヒカリちゃんはスイーツバイキング。一緒に行こうと誘われたけど金欠だったし、ボーダーの食堂で安く済ませようと一人で遅めの昼食をとることにした。ちなみにユズルは早々に帰っている。

お昼時は混雑している食堂も今は閑散としていた。何食べようかなあと券売機の前で突っ立っていると、「山室せんぱーい!」という元気な声と共に誰かが勢いよく抱き付いてきた。

「先輩、一人なら佐鳥と一緒にご飯食べましょー!」
「おつかれ佐鳥。嵐山さんたちとは一緒じゃないの?」
「なんか最近、オレだけ広報の仕事別なんですよう。酷いと思いません!?」

不満げに唇を尖らせる佐鳥の頭を宥めるように撫でた。佐鳥がぞんざいな扱いを受けるのは日常茶飯事で、出水からよく「咲菜さん佐鳥に甘すぎ」と苦言を呈されるが、私から見れば佐鳥は可愛くて仕方ない後輩である。だってユズルは頭撫でると嫌がるし。反抗期かな…。

「うう、先輩の優しさに触れたらお腹すいてきました……」
「奢らないよ?」
「おおお、おごってなんて言ってないですー!」

……か、かわいい後輩なんだ、うん。めっちゃ目が泳いでるけど。

「私もお腹すいたなあ。佐鳥は何食べるの?」
「佐鳥はカレーにします!山室先輩は?」
「まだ決めてないから先に買っていいよ」

何を食べるかはお財布事情によるなあ。佐鳥に食券を買わせている間に財布を開けて所持金の確認をする。そこでとんでもないことに気付いた。

財布には小銭が少ししか入っておらず、完全にすっからかんだった。小銭くらい入れてなかっただろうかと上着のポケットを探ってみても残念ながら中身は空っぽで、「今日のお昼はおにぎり一個」という残酷な現実を突きつけられる結果となった。

「先輩ってばまだ悩んでるんですか?早く食べましょうよー」
「……私は売店でおにぎり買ってくるから、佐鳥は先に食べてていいよ」
「えっ、お腹すいてるって言ってませんでした?」
「今思い出したんだけどそういえばダイエット中だった」

棒読みだったにも関わらず、ダイエット中だなんて大嘘を信じたらしい佐鳥は「先輩はデブじゃないです!ちょっとふくよかかもしれないけど、デブじゃないです!!」とか言いやがった。言っとくけどデブでもなければふくよかでもないからな。標準体型だからな。お前今度の訓練覚えてろよ…。

余計なことばかり口走る口を黙らせるべく、佐鳥の両頬を思い切り引っ張ったときだった。

「……おい」

背後からかけられた声に背筋が凍った。

飛びのくように振り返るとそこに立っていたのは二宮さんと東さんだった。二人とも身長が高いから至近距離で見下ろされると迫力があるし、何より二宮さんの邪魔だと言わんばかりの表情がめちゃくちゃ怖い。
先ほどの模擬戦で蜂の巣にされたことを思い出した私は、ぎこちない動きで私の影に隠れて震えている佐鳥を振り返った。

「じゃ、じゃあ、わたし売店に行ってくるから!」
「ええっ、佐鳥を見捨てないでくださいよー!」
「自分が犠牲になって先輩を逃がしてあげようとか思わないのかな君は」
「先輩こそ可愛い後輩を犠牲にして良心は痛まないんですか!?」

小声での言い争いだったがもちろん目の前の二人には丸聞こえだったようで、東さんがぶはっと吹き出した声が聞こえた。おそるおそる東さんたちの方に視線を戻すと、顔面パンチでも喰らわせるるつもりだったのか、二宮さんの拳が勢いよく目の前に突き付けられる。戻した顔があと数センチ前にあったら確実にノックアウトされていただろう。

あまりの出来事に腰が抜けて座り込んだ私を見て佐鳥が悲鳴を上げた。たぶん佐鳥から見たら私が二宮さんに殴られたように見えただろう。だけどそんな佐鳥もこの状況でなぜか笑みを浮かたままの東さんに捕まっていて、東さんが二宮さんの奇行を止める気がないと嫌でも思い知らされた。

「あ、あああ、あの」

二宮さんは無表情のまま私を見下ろしていた。鳩ちゃんがいなくなった原因である私が佐鳥と呑気に話していたのが気に入らないのかな。殴られたり蹴られたりするのかな。それとも模擬戦のブースに連れ込まれて蜂の巣に…?

座り込んでいる自分と突っ立ったまま私を見下ろす二宮さんという構図はさっきの模擬戦のときと同じ状態だった。蜂の巣にされる瞬間がフラッシュバックしてガタガタと震えていると、二宮さんは再び私の目の前に拳を突き出した。今度はさっきみたいにギリギリではなかったけれど、それでもやっぱり近すぎる。

「…………た、」
「は、はい?」

小さすぎる声に上擦った声で聞き返す。二宮さんはぎゅっと眉間に皺を寄せると、握った拳をゆっくりと開いた。

「………落としたぞ」

太ももの上にポトリと落とされたそれにゆっくりと視線を落とす。二宮さんはそれだけ言うとすぐに居なくなってしまって、私は東さんに解放された佐鳥が駆け寄って来るまで、二宮さんが落としていった500円玉を見つめていた。


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