狙撃場に行くことすら嫌がるユズルを言葉巧みに連れ出していた鳩ちゃんは流石としか言いようがなかった。私が何度誘ってもユズルは「面倒くさい」とか「一人で行けば?」とか言うばかりで連れ出すのに苦労する。

今日も嫌がるユズルを無理矢理連れて来たけど、狙撃場に入った瞬間誰かを探すように周囲を見回して、それから悲しそうに俯いてしまった。
たぶん鳩ちゃんを探してたんだろうな。生じた胸の痛みとユズルの反応に気付かないフリをして、「早く始めよう」と背中を押した。

鳩ちゃんがいなくなったのは私のせいだと知ったら、ユズルは何と言うだろう。


おとなの宿題




「おーっす山室」

訓練を始めてから30分ほど経った頃、イヤな笑みを浮かべながら声を掛けてきたのは荒船と当真だった。碌な用じゃないなと思いながらも一応狙撃の手を止めた私とは対照的に、隣にいたユズルは我関せずと言った様子で狙撃を続けている。こら、先輩に挨拶くらいしなさい。

「昨日二宮隊と模擬戦したって?そんな面白そうなことやってんのに何で呼んでくれなかったんだよ」
「うるさいなあ。カゲと犬飼の喧嘩に巻き込まれただけだし」

ぐりぐりと頭を撫でてくる当真の手を振り払いながら仏頂面でそう返した。
どうやら私が早々に二宮さんに蜂の巣にされたことは知らないらしい。よかった、知ってたら絶対バカにされるもん。

「もっとガツンと言わないとカゲさんは言うこと聞かないよ」
「そんなこと言うなら少しは止める素振りを見せてよ!」

狙撃で的にお絵かきしながら口を挟んで来たユズルを睨み付ける。腹いせにユズルの的に適当に狙撃してお絵かきの邪魔をしてやろうかとイーグレットを持ち直すと、不意に背後から肩を掴まれた。

「それで?おまえ、犬飼に釣られた挙げ句二宮さんに蜂の巣にされたってマジかよ」
「しかもあの人わざわざお前を狙いに行ったんだろ?随分と嫌われてんなあ。何しちゃったわけ?」

コイツら…人が気にしていることをよくもしゃあしゃあと…!

あまりにも腹が立ったから、ケラケラ笑い続ける二人の鳩尾に肘を入れてやった。こっちはトリオン体だけどこの二人は生身だから、効果は言わずもがな。
鳩尾を押さえて座り込んだ二人に「ざまあみろ」と言い捨てて狙撃場を後にした。





防衛任務が始まるまで狙撃場にいるつもりだったが荒船や当真のせいでやる気が失せてしまった。
隊室に戻ってカゲに構ってもらおうかなあ。そういえばゾエがケーキ買ってくるって言ってた気がする。
ぼんやりしながら廊下を歩いていると、後ろから犬飼が「おっ」と声を上げたのが聞こえた。

「やっほー咲菜ちゃん」

振り返ると声を掛けてきた犬飼だけでなく二宮隊の三人が勢揃いしていた。二宮さんの姿を認めた瞬間逃げ出したくなったけれど、足にぐっと力を入れて小さく会釈する。
次の瞬間、バサバサッという音と共に三人の足元に大量の紙が散らばった。

「わお、ぐちゃぐちゃ」
「犬飼先輩、いいから拾うの手伝ってください」

私も慌てて駆け寄って、床一面に散らばった紙を一緒に拾い集める。内容まではよく見なかったけれど、防衛任務の報告書の他に大学のレポートも混じっているようだった。四人がかりで全ての紙を拾い集め、手元の数枚を二宮さんに差し出すと、二宮さんは紙に皺が寄るのもお構いなしといった様子で私の手からそれらを勢いよく奪い取った。

「ちょっと二宮さん、」

辻くんが嗜めるように二宮さんを呼ぶ。二宮さんはイライラしたような視線をこちらに向けると、不機嫌そうな顔のまま辻くんを連れてどこかへ行ってしまった。

ああ、昨日のお礼を言いたかったんだけどな。この調子じゃ話しかけることすらできそうにない。
嫌われたものだなあとズキズキと痛む胸元をぎゅっと握る私に、何故か二宮さんたちに付いて行かずにこの場に残った犬飼が明るい声で話しかけてきた。

「昨日はごめんねー、カゲ怒ってなかった?」
「そう思うならいい加減カゲを煽るのやめてくれるかな…」
「それはムリ。だってカゲ面白いんだもん」

悪びれもせず楽しげに笑う犬飼に溜め息しか出ない。この調子じゃ当分二人の仲裁に手を焼くなと思うと今度は頭が痛くなった。

「カゲよりもゾエに構ってあげてよ。メテオラの精度をもうちょっと上げてほしいんだよね」
「ええー、オレ麓郎くんの指導で忙しいしなあ」
「暇さえあれば隊室で飛行機のプラモデル組み立ててるヤツがよく言う」

犬飼は軽薄そうに見えるけど周りの事はきちんと見ているタイプだから、きっと私が二宮さんにあんな態度を取られて落ち込んでいることに気付いている。だからこうしてふざけた調子で絡んでくるのだろう。

カゲを必要以上に煽るところは勘弁してほしいけど、犬飼のこういう気遣い屋さんなところは、私が犬飼を本気で怒ることが出来ない理由の一つだった。

「咲菜ちゃんだって暇さえあればお菓子作ってたじゃん。渡す相手もいないのにさあ」
「余計なお世話ですー!別にゾエとか鋼くんが喜んで食べてくれるし、鳩ちゃんだって」

慌てて口を噤んだけれど、一瞬だけ犬飼の目が揺らいだように見えた。
あんまり鳩ちゃんの名前は出さないようにしていたのに。よりにもよって二宮隊の人の前で口走っちゃうなんて、最悪。

気にせずにそのまま会話を続ければよかったのに、変なところで切ってしまったせいで変な空気が流れた。
犬飼何か言ってくれないかな。自分が気まずい空気にしたくせにそんなことを思った。

「へえ、じゃあオレにもちょうだいよ」
「えっ」
「鳩原の分だと思って、ね?」

笑顔で首を傾げた犬飼は私の返事も聞かずに「明日楽しみにしてるから!」と言い残して二宮さんたちが歩いて行った方へ駆けて行った。

「ええ……」

正直気は乗らなかったが二宮さんの件だけではなく鳩ちゃんのことでも気を遣ってくれた犬飼からのお願いだ。普段お世話になってるしなあ、と思うと断る理由がなかった。

ちなみにそのあとすぐに送られてきた犬飼からのラインには「シュークリームがいいなー!辻ちゃんが好きなんだ!」と書いてあった。ちょっと待て、それって辻くんの分も作って来いってことだよね?だったら氷見ちゃんの分も作った方がいいだろうし、そうなると二宮さんの分も作らないといけなくなるのでは…。

前言撤回。めちゃくちゃ断りたい。


title/サンタナインの街角で


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