去年の鳩ちゃんの誕生日、彼女のリクエストで初めてチャレンジしたシュークリームは大失敗に終わった。
慌てて買いに行ったケーキ屋さんのシュークリームはたしかに喜んでもらえたけど、鳩ちゃんに「勿体ないから失敗した方もちょうだい」とせがまれて、カゲたちに消費してもらおうと思って持って来ていたそれを泣く泣く差し出した。

「…おいしい」
「無理して食べなくてもいいよ…」
「む、無理してない。おいしいよ」
「……」
「ありがとう咲菜ちゃん」

私は鳩ちゃんのそういう、気遣い屋さんなところが好きだった。
来年こそはケーキ屋さんのシュークリームに負けないくらい美味しいものを作って鳩ちゃんを喜ばせよう。そう思って暇さえあればシュークリームを作り、味見と称して失敗したものや作りすぎたものはゾエや鋼くんに食べてもらった。

「山室がこないだくれたシュークリーム、今までで一番美味しかったよ」
「え、本当!?」
「ああ。来馬先輩も美味しいって褒めてた」

鳩ちゃんのために努力したのに、一番食べてほしい人の口には入らない。



SOSを使い果たした



言われた通りシュークリームを作って来たことをラインで報告すると、犬飼から「作戦室まで持って来てー」という返事が返ってきた。
二宮さんと鉢合わせるのがイヤだったからラウンジにでも呼び出そうと思っていたのに。「誰もいないから一人で留守番中(`・ω・´)」という言葉を信じて、足早に二宮隊の作戦室に向かった。


「咲菜ちゃんいらっしゃーい!さ、お茶でも淹れるから入って入って」
「いやいいよ…。任務明けであんまり寝てないから今日はもう帰って寝るつもりだし」
「ってことは暇なんでしょ?じゃあちょっとくらい相手してよ」
「ちょっ…!ねえ私の話聞いてた!?」

眠たいのは本当だけど、ただ二宮さんと出くわす前に帰りたいだけなんだよ…!
私と二宮さんの関係が良好ではないことを把握しているはずなのに、犬飼は私の腕を引っ張って作戦室の中に無理矢理引きずり込んだ。

「ちょっとくらいいいじゃん。ねえ二宮さん?」
「いや本当に、………えっ」

二宮さん?え、コイツ今二宮さんって言った?
犬飼が呼びかけた方にそろりと視線を向ける。ちょうど来たばかりなのか、上着を脱ごうとしていた二宮さんがこちらを見ていて、全力で逃げ出したくなった。

「な、なんっ…!え、だってひとりって」
「手土産もあるんですよー。ちょっとくらいいいですよね?」
「……好きにしろ」

二宮さんは素っ気なくそう言うとすぐにこちらから視線を逸らしてしまった。
私がガクガク震えていたのは腕を掴んだままだった犬飼も気付いていただろうけど、犬飼は何も言わずに私の背中を押した。促されるまま二、三歩進んで、ふととんでもないことに気付く。

テーブルは一つ。そこには既に二宮さんが座っていた。

え?二宮さんと同じテーブルに座るとか無理だよ?しかもめっちゃ怖い顔してるよ!?

「咲菜ちゃん何飲む?いろいろあるけど」
「お、お構いなく…」
「コーヒーと紅茶と…あ、ジンジャエールもあった。どれがいい?」
「ええっ…じゃ、じゃあ水を」
「なあに、ジンジャエールがいいの?二宮さーん、二宮さんのジンジャエール出してもいいですか?」
「コーヒー!コーヒーがいいなあ!!」

叫ぶようにそう言うと、犬飼はにんまり笑って「了解」と言った。
二宮さんと同じテーブルに着くことより犬飼が話を聞いてくれないことの方が辛い。何で今日の犬飼はこんなに強引なのかな…!
しかも犬飼に促されるまま腰を下ろすことになったのは二宮さんの真正面の席だった。もう顔を上げることすら出来そうにない。

「二宮さんもコーヒー飲みます?一緒に淹れますよ」
「ああ」
「あ、でもオレコーヒーメーカーの使い方知らないんだった」
「……」

淹れ方知らないのかよ…!何で飲み物の選択肢にコーヒー入れたんだこのバカ!!
この数分の間に犬飼のことが一気に嫌いになりそうだった。

「あ、あああの、私が淹れ」
「咲菜ちゃんはお客様だから座ってて」
「でも」
「二宮さん、淹れてもらってもいいですか?」
「………チッ」

舌打ちと共に二宮さんが立ち上がった。二宮さんが今から何をするつもりなのか容易に想像できて一気に血の気が引いた私とは対照的に、何が面白いのか犬飼はニヤニヤ笑っている。

「二宮さんが淹れてくれるって。咲菜ちゃんは座ってなよ」
「いい!いいです私帰ります!!」
「遠慮しないで」
「してないし!!」
「おいうるせぇぞ。黙って座ってろ」
「す、すみませっ…!」

我慢できないと言わんばかりに吹き出した犬飼に最早殺意しか湧かなかった。

どうして昨日の私は犬飼に義理を感じたんだろう。どうして私は犬飼の言葉を信じてのこのこと二宮隊の作戦室に来てしまったんだろう。
迅さんみたいなサイドエフェクトがなくたって、ここに来るということは二宮さんに鉢合わせする可能性が一番高い未来だって分かりきっていたことだったのに。

「ひゃー、うまそう!ってあれ、4個しかないじゃん。咲菜ちゃんの分は?」
「あるわけないじゃん…。渡したら帰るつもりだったって言ったでしょ」
「へえ、昨日みたいにうっかり鳩原の分も作って来たかと思ったのに」
「っ、」
「じゃあ咲菜ちゃんオレと半分こする?」
「いい…コーヒーいただいたら帰るから……」

何で…何で二宮さんの前で鳩ちゃんの名前出すかな…!!
もう顔を上げるのが恐ろしくて、私は自分の膝の上で拳を握ったまま、我関せずと言った様子でシュークリームをむしゃむしゃ食べている犬飼を心の底から恨んだ。
私の中の犬飼の株は今日一日で大暴落である。

鳩ちゃんの名前が出たのに二宮さんは何も言わなかった。無言のまま目の前に置かれたコーヒーカップにもごもごとお礼を言ったけど、絶対に二宮さんには聞こえていなかったと思う。

「二宮さんこれめっちゃうまいですよー。咲菜ちゃんの手作りなんですって」

二宮さんは何も言わない。私も私でずっと下を向いていたから、私が作って来たと知ったシュークリームを二宮さんがどうするつもりなのか分からず怖くて仕方なかった。大嫌いな私が作ったシュークリームを二宮さんが食べるはずがない。そのままゴミ箱行きか、もしくは顔面シュークリームか。いやさすがに女子に向かって顔面シュークリームはあり得ないんじゃ、

「………おい」
「ん、ぐっ!?」

突然声を掛けられたと思ったら何かが勢いよく口に突っ込まれた。何が起こったか分からないけどとりあえず、自分の口の周りにクリームがべったりくっついているのが分かる。
まさかの顔面シュークリームコースだった。狙いが狂ったのか顔面というより口寄りだったけど。

「ぶふっ…!に、二宮さんってば何して…っ」
「甘すぎる。もっと砂糖は控えめにしろ」
「ふ、ふあい…?」

思わず顔を上げてしまった私が見たものは、私の顔面にシュークリームを押し付けたせいでクリームだらけになってしまった親指を舐めているところで。
あまりの色っぽい仕草に口にくわえたままになっていたシュークリームがテーブルにぽろりと落ちてしまい、二宮さんには盛大に眉を顰められた。

慌てて拾い上げたそれは、私は一口も齧っていないはずなのに、なぜか半分なくなっていた。

title/すてき


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