ラウンジという不特定多数の人間がいる場所で、鋼くんは私に向かってとんでもない言葉を口にした。

「付き合ってくれないか」

攻撃手4位のとんでも発言に周囲がざわざわと騒ぎ出す。私も一瞬何が起こったのか分からずぽかーんとしてしまったが、言われた言葉を脳が理解した途端顔が一気に紅潮した。
今日はエイプリルフールだったっけ?それとも当真たちと罰ゲームでもしてるの?浮かんだ言葉は真剣な様子の鋼くんを見ていたらとてもじゃないけど言えそうになかった。



その等感によろしく



遅れないようにと十分余裕を持って家を出たはずなのに待ち合わせ場所に行くとすでに鋼くんがいた。約束の時間を間違えたかと、柱に凭れ掛かるように立っていた鋼くんに慌てて駆け寄る。

「ご、ごめん…!遅刻しちゃったかな」
「オレが早く来すぎただけだから気にしないでくれ」

鋼くんはそう言ったあと、私が着ているワンピースを見て「随分かわいい格好をしているな」と言った。私が鋼くんと出掛けると知ったヒカリちゃんが昨日家まで乗り込んできて「これ着ていけよ!」と選んでくれたものである。普段ワンピースなんて着ないから気合いを入れているようで物凄く恥ずかしかったけど、改めて鋼くんにそう言われるととんでもない羞恥心に襲われた。

「あ、う、うん。うちのオペレーターに選んでもらったんだけど…」
「そうか。似合ってるよ」
「……っあ、ありが、と」

普段カゲみたいな口の悪い男子と一緒にいることが多いせいか、鋼くんのイケメン発言は破壊力がありすぎた。
この調子で一日持つのだろうか。すっかり熱くなってしまった自分の頬を両手で押さえた。


カゲなら「死んでも入らねえからな!!」と言いそうな可愛らしい雑貨屋に臆することなく足を踏み入れた鋼くんは最早勇者だった。さすがに少し恥ずかしかったのか、「なんかこういう店はムズムズするな」と言ってはいたけど。店内に飾られた商品を物珍しそうに眺める鋼くんは何だか微笑ましかった。

「山室はどっちがいい?」
「んー、どっちもかわいいと思うけど」
「じゃあこれは?」

鋼くんの大きな手に乗せられるとただでさえ小さな小物がさらに小さく見える。鋼くんも同じことを思ったのか、ガラス細工を私の手に乗せながら「オレが持つと小さすぎて壊しそうだ」と小さく笑った。


「疲れただろう。お茶でもして帰ろうか」

そう言ってこちらを振り返った鋼くんの手には先ほどの雑貨屋の袋が握られている。さすが女子の間で人気のお店だけあって、かわいらしいピンクのそれは男の子が持っていると違和感が半端ない。こんなかわいい袋を持っているところを知り合いに見られたら恥ずかしいんじゃないだろうか。だけどいくら私が持つと申し出ても「女子に荷物を持たせるなんて」と頑なに断られた。どこまで紳士なんだ鋼くん…。きっとご両親と来馬さんの教育が素晴らしかったに違いない。太一の代わりに鈴鳴第一に行っちゃダメかなと本気で思ったときだった。

「あら、村上くんに山室ちゃん」

聞き覚えのある声に呼び止められた。誰だろうと振り返って、そして一気に胃がズドンと落ち込む。だってニコニコ笑いながら私たちに手を振る加古さんの隣に、仏頂面の二宮さんがいたのだから。

「ちょっと聞いたわよ、村上くん!あなた、ラウンジで山室ちゃんに公開告白したらしいじゃない?今日は早速デート中?」

楽しげな加古さんとは対照的に二宮さんが鬼のような形相でこちらを睨みつけている。恐ろしすぎて二宮さんを直視できず視線を逸らすように鋼くんを見上げた。鋼くんは二宮さんに睨まれていることに気付いていないのか爽やかな笑顔を浮かべている。

「はは、違いますよ。うちのオペレーターの誕生日が近いので、プレゼント選びに山室に付き合ってもらってたんです」
「あらそうなの?だけどあなたたち、遠目から見てもとってもお似合いな雰囲気だったわ。ねえ二宮くん?」

加古さんに話を振られた二宮さんは返事の代わりに舌打ちを返した。怖い。怖すぎる。あまりの恐怖に顔を上げておく勇気も出ず、自分の爪先に視線を落とした。二宮さんの舌打ちは加古さんと鋼くんにも聞こえたはずなのに、二人はちっとも気にした様子は見せずにそのまま会話を続けている。

「お二人こそ、二人でお出掛けになるなんて随分仲が良いんですね」

鋼くんの言葉に心臓が跳ねる。私が動揺したことに気付いたらしい加古さんは何を思ったのか、私の顔を覗き込んでにっこりと笑った。

「山室ちゃんはどう思う?」

どうって?加古さんは私にどう答えてほしいんだろう。何と答えたって、自分が惨めになるだけなのに。
自分ではオシャレしたつもりのこのワンピースだって、二宮さんの隣に立ったら子どもっぽく見えるだろう。加古さんはジーンズとブラウスというラフな格好だけど自分の魅力を十分に引き出している。二宮さんの隣にいても見劣りしないし、むしろお似合いのカップルに見えた。私と加古さんじゃレベルが違いすぎて嫉妬する気すら起きない。

「…………お似合いだと、おもいま……」
「ふざけるな」

二宮さんが初めて口を挟んだ。冷たくて低いその声は二宮さんが怒っていることを表していて、鼻の奥が一気にツンとした。加古さんが「どうしたの二宮くん、顔が怖いわよ」と呆れたように言っている。だけど私は俯いたまま、二宮さんの顔を見る勇気はなかった。

「もう十分だろ。俺は帰る」
「二宮くんったら気に入らないことがあるとすぐそういうこと言うんだから…。もう太刀川くんたち店で待ってるわよ」
「知るか。勝手にやってろ」

二宮さんはそう言い捨てると加古さんを置いて本当に帰ってしまった。加古さんは困ったようにその背中を見送ったあと、「何かごめんなさいね」と言い残して二宮さんとは別方向に歩いていく。私たちもすっかりお茶をする気分ではなくなってしまって、結局その場で解散になってしまった。

きっと今日の二宮さんの態度で加古さんと鋼くんにも二宮さんが私のことを嫌ってることがバレだだろう。加古さんは今から太刀川さんたちとご飯食べに行くみたいだし話題に出るかもしれない。鋼くんもカゲたちに言っちゃったらどうしよう。嫌だなあ。

二宮さんに嫌われる前に戻りたい。鳩ちゃんが居なくなる前の日のわたし、死んじゃえばいいのに。

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