嘲笑うピエロ

その人がうちのクラスにやって来たのは朝のホームルームが始まる少し前のことだった。他クラスだと言うのに臆することなく堂々と入ってきた彼は、友人とおしゃべり中の私の元にやって来るとにっこり笑って首を傾げた。

「#name1##name2#さんだよね?」

この人何で私の名前を知ってるんだろう。怪訝に思いつつも小さく頷くと、彼はにこにこと人の良さそうな笑みを浮かべたままこう言った。

「好きです。付き合ってください」

クラス中が一斉にこちらを振り返ったのが分かった。何人かの女子がきゃあ、と悲鳴を上げている。
……えっ何?何で私告白されてるの?この人初対面だよ?ここ教室だよ??

「え……っと?」
「あ、ごめんね聞こえなかった?だからね、おれきみのこと好きだから付き合ってほしいなって」
「は、」

人が良さそうだと思ったその笑顔は有無を言わせないもので何だか少し怖くなった。早く先生来てくれないかな、と思っていると、彼は私の心を読んだのかと言わんばかりのタイミングで「早くしないと先生来ちゃうよ」と急かすように言った。何それ、今この場で返事をしろと?

「あの、考える時間を……」
「え、やだ。だってそんな時間あげちゃったら断られちゃうじゃん」
「そ、それは考えてみないと」
「ダメだよ。#name1#さんは好きでもない男と付き合えるような子じゃないから、絶対におれと付き合ってくれないでしょ?」

初対面の人に性格を言い当てられて思わず言葉に詰まった。何なのこの人めっちゃ怖い。
助けを求めて隣にいた友人に視線を向けると困惑した様子で私たちのやり取りを見つめていた。だけど助けてくれる気配は全くない。最早私にできることはホームルーム開始のチャイムが鳴るのを待つことだけだった。

「おれさあ、自分で言うのも何だけどそこそこ有名なんだよね。ボーダー隊員だし、結構イケメンだって言われることも多くて」
「は、はあ…」

私が何も言わなくなったせいか、痺れを切らしたらしく彼はそんなことを言い始めた。自分で言うとかナルシストかとちょっと引いた。まあ本人の言う通りたしかにイケメンだと思うし、さっきからきゃあきゃあ言ってる女子の反応を見るに人気があるんだろうなあ。だけどそれがどうしたんだと思っていると、彼は不意に腰を屈めて私の耳元に顔を近付けた。

「そんな男子から告白されたのに断っちゃったらどうなると思う?」

ぞくりと肌が粟立った。
知らない男子に耳元で囁かれたことが気持ち悪かったのもあるけど、ただ純粋に、目の前のこの人が怖かった。
この人全部計算してたんだ。ホームルームが始まる直前の、クラスメイトがほとんど教室にいる時間帯。私だけを呼び出せばよかったのにわざわざみんなの前で告白してきたせいで、私がこの人に告白されたことはクラスメイト全員が知ることになってしまった。ボーダー隊員というだけでみんなが憧れるのに、もしここで私がこの人の告白を断ってしまったら、

「ねえ#name1#さん、おれと付き合ってくれるよね?」
「…………あ、」

もう一度、念を押すようにそう言われた。親しみやすいはずの笑顔は恐怖でしかなくて、カラカラに乾いた喉は貼り付いて声が出ない。
この人イヤだ、怖い。付き合いたくない。だけどクラスメイトの視線が気になってしまって、私はとうとうこくりと頷いてしまった。

「マジ!?やったあ!」

彼が白々しくそう言った直後、タイミングを見計らったようにホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。ああ嘘でしょ、あともう少し粘れば見逃してもらえたかもしれないのに。
彼が「またあとでね」と言い残して教室から出て行った直後、クラスメイトから一斉に好奇の目を向けられた。助けてくれなかった友人が「あんた犬飼くんと知り合いだったの!?」と驚いたように尋ねてくる。

「今の犬飼くんって言うの…?」
「知らないのにOKしたの?犬飼くんって言えばボーダー隊員だしイケメンだしコミュ力高くて有名じゃん」
「そ、そうなんだ……」

私はもしかしてとんでもない人に目を付けられたんじゃないだろうか。頭を抱えていると教室に入ってきた先生に体調でも悪いのかと心配された。心配するくらいならもっと早く来てくれればよかったのに。

title/曖昧ドロシー

index ORlist
ALICE+