ふたりのはじまり

#name2#ちゃんはボーダー隊員の間で有名な女の子だった。一般人の保護件数では#name2#ちゃんがダントツで一番多かったから。
付いたあだ名は近界民ホイホイ。太刀川さんだか菊地原くんが付けたらしい。

#name2#ちゃんが近界民に襲われる理由はいくつかあった。彼女の自宅が警戒区域ギリギリの地区にあること、登下校の近道や犬の散歩で警戒区域によく入り込んでいたこと。
それからそのトリオン量が、二宮さん並みに豊富だったこと。

「いい加減、あの子をボーダーに入れたらどうだ」

うんざりした様子で鬼怒田さんがそう言った。おれが近界民ホイホイを保護したのはそのときが初めてだったけど、記録上では既に両手の指では数えきれないほど、#name2#ちゃんは隊員たちに保護されていた。まさかのスカウティングを命令された二宮さんは嫌そうな顔をしたけど、その命令に異議を唱えることはなかった。
スカウティングを実行することになったのはおれと鳩原ちゃんだった。愛想のない二宮さんや人見知りのひゃみちゃん、女子が苦手な辻ちゃんには任せられないからだ。

「ねえ、ボーダーに入る気はない?」

毛布に包まってガタガタと震えていた#name2#ちゃんをこれ以上怯えさせないように、おれと鳩原ちゃんは床に膝を付いてその顔を見上げた。何となく予想はついていたけど、#name2#ちゃんは怯えたような表情を浮かべたまま首を横に振った。
鳩原ちゃんは困ったような顔で「そっかあ」と引き下がろうとしたけど、このまま何の対策もなくホイホイを帰してしまうと鬼怒田さんに怒られるのは目に見えている。ついでに二宮さんから苦言を呈されることも。

「何で?ボーダーかっこよくない?」

食い下がったおれを嗜めるように、鳩原ちゃんがおれの名前を呼んだ。鳩原ちゃんの声は聞こえないフリをして、ねえ、と顔を覗き込む。

「きみ、何回襲われたか知ってる?自分の身を守るためにも入った方がいいと思うけどなあ」
「そういうのやめなよ…嫌だって言ってるんだから、無理して入らせるのはダメだと思う」
「えー、だってさあ」

ボーダーへの入隊を希望しないなら、この子はいつも通り記憶だけを消されて家に帰される。そしてしばらく経つとまた保護されるのだ。だったら鬼怒田さんの言う通り、ボーダーに入れてしまった方が、このいたちごっこも終わるかもしれない。そう思ったけど#name2#ちゃんの返答は、やっぱり入隊拒否だった。

「ボーダー、は……。近界民が怖いので、ちょっと……」
「えー」
「もう黙って…!ご、ごめんね、さっきからずっと嫌だって言ってるのに」

おれがこれ以上余計なことを言わないように、と必死なのだろう。鳩原ちゃんは珍しく大声を出してそう言った。
あーあ、結局ダメかあ。このタイプは押せば了承しそうだと思ったんだけどなあ。
どうやら鬼怒田さんと二宮さんによるお叱りルートは回避できなかったらしい。溜め息を吐いて立ち上がろうとしたとき、#name2#ちゃんが体に巻き付けた毛布をさらにぎゅっと引っ張って、そろりとおれに視線を向けた。

「で、でも……さっきの犬飼くん?かっこよかった、です」

#name2#ちゃんはぎこちない笑みを浮かべてそう言った。
心臓がきゅんと変な音をたてた。



次の日学校で#name2#ちゃんとすれ違った。記憶を消されているんだから当然だけど、一瞬だけ交わったように思えた視線はすぐに外されてしまった。それだけで目の前が真っ暗になったような、地面に足がきちんと付いていないような、奇妙な感覚に襲われた。





恋とは存外あっさり落ちるもので、それでいてとても苦しい。
何度廊下ですれ違っても、図書室でわざと正面の席に座っても。#name2#ちゃんはおれの存在を"知らない"のだから、#name2#ちゃんがおれに気付くことはないし、近付くことも話しかけることもできない。ただ見ているだけの状態がしばらく続いた。

そんなある日風の噂で、#name2#ちゃんが告白されたと聞いた。



「#name1#さん。大事な話があるから、今日の放課後時間もらえるかな?」

ああ、もう、我慢できない。





「好きです。付き合ってください」

#name2#ちゃんに告白した。おれがあの日#name2#ちゃんを保護してから数ヶ月が経っていた。
案の定困ったような顔をする#name2#ちゃんを見て、がっつきすぎたと反省する。#name2#ちゃんはあの日の記憶がないんだからおれのことなんて知らないんだった。まずは自己紹介からするべきだったのに。

「あ、いきなりごめんね?おれ隣のクラスの犬飼澄晴っていうんだけど」
「あ、はい。えっと、#name1##name2#です……?」
「#name1#さん。付き合ってください」
「え、う、ううん……?」

初対面の男子にいきなり告白されて、#name2#ちゃんは完全に戸惑っていた。えーっと、と困ったように言葉を探す様子を見せた#name2#ちゃんに、あ、これはマズイと本能が悟る。

「犬飼くん?のこと、わたしよく知らないから……あの、ごめ」
「待って待って!別に今すぐ答えを出してほしいわけじゃないからさ?#name1#さんがおれのこと知らないの分かってて告白してるんだし、その辺も汲んでもうちょっと考えてくれないかな」

危ない危ない。危うく振られるところだった。慌てて#name2#ちゃんの声を遮って必死にそう訴える。

「……じゃあ、一晩考えさせてください……」

色好いお返事がもらえたわけじゃなかったけど、かと言って全く見込みがないわけではなさそうだ。やっぱり押しには弱いタイプなのかもしれない。
このまま友達にでも相談してくれればいい。幸いおれはボーダー隊員として有名だし、#name2#ちゃんから相談された友達も、付き合うべきだと背中を押してくれるだろう。そうしたらきっと。

「もちろん。明日の放課後、またここで待ってるから」

きっと、付き合ってくれるはず、だった。#name2#ちゃんが友達に「隣のクラスの犬飼くんに告白されたんだけどどうしたらいいと思う?」と相談さえしていれば。

#name2#ちゃんは学校からの帰り道、近界民に襲われた。いつものように、近界民の記憶と一緒にその日の記憶も消された。
おれの告白はなかったことになったし、もちろん#name2#ちゃんは次の日、待ち合わせ場所には来なかった。おれはまた#name2#ちゃんにとって、知らない人になった。





「#name1##name2#の件だが」

二宮さんの口から#name2#ちゃんの名前が出てきて、思わずびくりと肩を揺らす。このまま一生告白の返事が貰えないなんて、おれにとっては振られたようなものだ。言い知れぬ気まずさを抱いたまま二宮さんの話を聞いた。曰く、#name2#ちゃんの保護件数の異常さに痺れを切らした上層部が、#name2#ちゃんに護衛を付けることを提案したらしい。

「#name1#が進学校の生徒であることから、護衛の任務に着く隊員も進学校の生徒が望ましいということだ。そこでうちにこの話が来たわけだが…」
「やります」

きっぱりとそう言い切ると、隣で辻ちゃんがえっと声を上げた。ただでさえ女子が苦手なのに、見知らぬ女子の護衛なんて身が持たないと思っているんだろう。

「なーんて顔してんの、辻ちゃん。大丈夫だって。人見知りのひゃみちゃんと女子が苦手な辻ちゃんには荷が重いだろうし、おれが一人でやるからさ」
「でも、そういうわけには…」
「ね、二宮さん、その任務おれに任せてください」

大丈夫。いい考えを思い付いたから。もう二度と、おれと出会ったことがなかったことにはならない、いい考えだから。

考える時間なんてあげちゃダメだ。その場で答えを貰わないからなかったことにされるんだ。
人気のないところで告白なんかしちゃダメだ。おれの一世一代の告白を、誰も証明してくれないから。だから…だから、





「#name1##name2#さんだよね?」

朝のホームルームが始まる少し前。#name2#ちゃんのクラスメイトがほとんど揃っている状況で、お友達とおしゃべり中だった#name2#ちゃんに声を掛けた。#name2#ちゃんは怪訝そうな顔をしながらも小さく頷いた。

「好きです。付き合ってください」

女の子のきゃあ、という黄色い声が聞こえた。うんうん、注目度は抜群だ。これで#name2#ちゃんがまた近界民に襲われても、またおれのことを忘れてしまっても、この場にいる全員がおれの告白を証明してくれる。あとは#name2#ちゃんが頷いてくれればそれでいい。多少汚い手を使ってでも、#name2#ちゃんにはこの場でOKしてもらわないと。

また、"知らない"人にならないように。

title/サンタナインの街角で

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