臆病な愛はもう終わり

「また、知らない人にならないように」

絶句。唖然。今の#name2#ちゃんにはそういう言葉がピッタリだと思う。話のほとんどは#name2#ちゃんの記憶にはないものだから、おれの戯言だと思われても仕方がない。信じてくれるのかなあ。#name2#ちゃん、おれのこと胡散臭いって思ってそうだし無理かなあ。なんて思いながら自嘲する。
しばらくポカンと口を開けたまま俺を見つめていた#name2#ちゃんは、不意にまめに視線を落とした。

「だからかあ」

手を伸ばしてまめの首のあたりを軽く擦ってやりながら、#name2#ちゃんはそう呟いた。

「……だからって?」
「まめが初対面の人に懐くなんて変だなって、ずっと思ってたし。それに……」

#name2#ちゃんはそこで言葉を切って黙り込んでしまった。そのまま俯いてしまったので、#name2#ちゃんが今どんな表情をしているのか、読み取ることができない。

「それ、に?」

喉が引き攣って、掠れたような声が出た。さっきから#name2#ちゃんの反応が気になって仕方がない。キモイとか重いとか、罵倒の言葉でもいいから何か言ってくれないかな。そんなことを思っていると、#name2#ちゃんは小さく笑って顔を上げた。

「犬飼くんが隠し事してるのなんて、何となく気付いてたよ」
「えっ」
「反応が可笑しかったりだとか…あとは変なこともいっぱい言ってたし」

付き合い始めてからしばらく経つけど、#name2#ちゃんの笑顔を真正面から見たことなんてなかった気がする。
#name2#ちゃんから「…ちょっと、いつまで見てるの」とどつかれるまで、おれは呆けたように#name2#ちゃんの顔を見つめていた。



#name2#ちゃんとああして話した後も、おれが目を離した隙に#name2#ちゃんが近界民に襲われたら、なんて思うと不安で仕方がなくて、結局徹夜で#name2#ちゃんの護衛を続けた。
換装を解けば制服だし、別にこのまま登校してもいいかな。そう思ったけれど、昨日市街地でイレギュラー門が発生してからバタバタしていたのでシャワーすら浴びていなかったことを思い出す。さすがに好きな子の前でそれはどうかと思ったので、一度家に帰って出直すことにした。

#name2#ちゃんの家に再び戻って来るまで、一時間もかからなかったと思う。けれど戻ってきたおれを待ち構えていたのは、すっかり学校に行く準備を終えた#name2#ちゃんと、正式に#name2#ちゃんの護衛役を任されている三輪隊の二人だった。

「……おはようございます」

一応挨拶はしてくれたけど、昨日あんなに注意されたと言うのにおれが性懲りもなく#name2#ちゃんを迎えに来たせいか、奈良坂くんはかなり機嫌が悪そうだった。古寺くんと#name2#ちゃんは困ったような顔でおれと奈良坂くんを交互に見つめている。

「おはよ。どうしたの、二人揃って。#name2#ちゃんに何か用事?」

白々しくそう尋ねると、奈良坂くんの眉間に皺が寄った。あーあ、これは三輪くんに告げ口されて二宮さんからお叱りを受けるパターンかな。なんて思っていると、「…あの」と第三者の声が割って入ってきたので、おれたちはほとんど同時にそちらに視線を向けた。

「学校には犬飼くんと一緒に行くので、今のお話はお断りさせて下さい」

#name2#ちゃんはそう言って二人の傍をすり抜けると、おれに駆け寄って来てブレザーの袖口を握った。呆気にとられたのは奈良坂くんたちだけではない。予想もしていなかった#name2#ちゃんの行動に、おれも咄嗟に言葉が出てこなかった。

「……ほ、本当にお付き合いされているんですか?」

ボーダーではおれと#name2#ちゃんは恋人ごっこをしていると思われている。困惑を取り繕えていない古寺くんの問いに、#name2#ちゃんは「はい」としっかりした声で答えた。

「犬飼くんが一緒なら、その…護衛?は、いらないですよね?」
「まあ、そうですが……」

何とも煮え切らない様子の奈良坂くんは#name2#ちゃんからおれに視線を向ける。「今後については三輪に相談します」と言い残し、奈良坂くんは古寺くんを連れて足早に姿を消した。

奈良坂くんと古寺くんを見送ったあと、未だにおれの袖を掴んだままの#name2#ちゃんに視線を落とす。おそるおそる、#name2#ちゃんの名前を呼ぶと、#name2#ちゃんは分かりやすいくらい肩を揺らしておれの傍から飛び退いた。その拍子に手が離れてしまって、ちょっぴり残念な気持ちになる。

「あ、あの、今のは」

その先に続く言葉を、#name2#ちゃんは上手く口に出すことが出来ないようだった。きっと本人も何を言いたいのか分からないんだと思う。意味もなく両手をパタパタと動かしていた#name2#ちゃんは、結局何も思いつかなかったのか、そのまま両手で顔を覆ってしまった。

「…………ごめん」
「何が?」
「何がって、だって……」

だって犬飼くん、恋人ごっこって言ってたのに。
消え入るような声でそう言われて、お腹のあたりから何かがせり上がってくるような、奇妙な感覚を覚えた。それは吐き気とも似ているようで、だけど全然違う。

「……まだそんなこと、言う?」

喉元まで込み上げていた怒りをごくりと飲み込んで、代わりに絞り出した言葉は震えていた。
どうしてあの話を聞いてもそんなこと言えるの。こんなに大好きなのにどうして分かってくれないの。なんて、今すぐ叫び出してしまいたい。

「昨日も言ったけど、おれ#name2#ちゃんのこと好きだよ」
「っ、」
「何度忘れられても諦められなかった。付き合えることになった時は本当に嬉しくて、だけどそれ以上に、忘れられるのが怖かった」

放課後#name2#ちゃんを家まで送り届けて、#name2#ちゃんの代わりにまめの散歩をして、また次の日、家まで迎えに行ったとき。目を離した隙に#name2#ちゃんがまたおれのことを忘れていたらどうしようと、毎朝インターホンを押す指が震えた。玄関から出てきた#name2#ちゃんがおれを見て毎回同じ反応をしてくれると、膝から崩れ落ちてしまいそうになるくらい安心した。

「他の人たちから何と思われても構わないけど、#name2#ちゃんにおれの気持ちを否定されるのは、結構辛いなあ」

自嘲気味にそう言っても、#name2#ちゃんからの返事はない。まあ、告白も逃げ道を塞いで断れないようにしたし、付き合い始めてから今まで#name2#ちゃんから好意を告げられたことはなかったから、おれの気持ちに応えてほしいなんて、おこがましいにも程があるけど。

「……学校、行こっか。遅刻はマズイし」

無理矢理話題を変えるように明るくそう言って、#name2#ちゃんに手を差し出す。#name2#ちゃんはゆっくりとした動作で、両手を顔から引き剥がした。視線は地面に落とされたまま、こちらに向けられる様子はない。のろのろと、#name2#ちゃんの手がこちらに伸ばされる。

「……えっ」

差し出した左手に掛けられたのは鞄の持ち手ではなく、いつだっておれが絡めとらないと繋ぐことが出来ない、#name2#ちゃんの小さな手だった。外で長話をしすぎたせいで、すっかり冷たくなってしまっている。

「……何その反応」
「えっ、いやだって……えっ」
「ごっこ遊びじゃないんでしょ?」

朝から一度も合わさったいなかった視線が、ここにきてようやく交わった。おそらく精一杯の勇気を出してくれたのであろう、おれを見上げる#name2#ちゃんの目は羞恥心からか潤んでいる。
らしくもなく頬を火照らせたおれは、学校に着くまでろくに#name2#ちゃんと会話することができなかった。

title/花洩

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