きっと嘘だと知っている

「おっはよー#name2#ちゃん!」

家から出た瞬間満面の笑みを浮かべた犬飼くんに出迎えられて思わずドアを閉めてしまいそうになった。だけど私がドアを閉めるよりも先にまめが足元をすり抜けていって犬飼くんに寄って行った。犬飼くんが「まめもおはよー」とまめの頭をわっしゃわっしゃと撫でている。

「何でいるの…」
「彼氏が迎えに来たんだからもうちょっと嬉しそうな顔してよー」

まめは犬飼くんのことが余程気に入ったのか、とうとう犬飼くんにお腹を見せるようにして寝転がってしまった。昨日も思ったけどまめがこんなに懐くのは本当に珍しい。お父さんだってお腹を見せてもらうまでにだいぶ時間がかかったのに……。

「……犬飼くんって犬の扱いがすごく上手だけど、飼ってるの?」
「それよく言われる。飼ってないけど犬は好きだよ」

犬飼くんはまめに視線を向けたままそう言って、そのあと安心したように「よかった」と呟いた。

「なにが?」
「んーん、こっちの話」

まめを撫でるために地面に膝を付いていた犬飼くんが立ち上がる。差し出された手に反射的に鞄を渡すと、犬飼くんはぷっと吹き出した。

「#name2#ちゃんが昨日家から出てないみたいでよかったなって」

本当に嬉しそうに笑うものだから、私は何と返せばいいか分からなくて無言でまめを抱き上げた。





犬飼くんは朝から家まで押しかけてきたくせに、休み時間や昼休みは全く近寄って来ない。私としては友達とおしゃべりしたり一緒にご飯を食べたりできるから全然気にしてないけど、クラスメイトたちから「犬飼くんは?」と聞かれる。正直かなり面倒くさい。

「ねえ#name2#、昨日犬飼くんと一緒に帰ったんでしょ?犬飼くんってどんな感じ?やっぱり優しい?」
「どんなって……」

女子って本当に恋バナ好きだよなあ。私も人から聞く分には楽しいと思うけど、実際自分のことについて聞かれるのは全然楽しくない。友人たちは犬飼くんに夢を見ているようで、キラキラと目を輝かせながら私を見つめている。

「うーん…なんか束縛激しいかも」
「ええー意外。自分以外の男とは話さないで!的な?」
「いやそんなんじゃなくて。昨日家まで送ってくれたけど、今日はもう家から出ないでとかよく分からないこと言われた」
「ふーん、何でだろうね?あれかな、自分の可愛い彼女を他所の男に見せたくないとかそういう感じかな」
「あんなイケメンなら束縛されても全然いいじゃん!もう#name2#ったらどこであんな優良物件捕まえたの?」
「だから知らないって」

何度目になるか分からないその質問に若干イライラしながらそう答えた。だって本当に知らないんだもん。向こうはなぜか私の名前どころか家まで知ってるみたいだけど私は犬飼くんについて何も知らないし。そういえば犬飼くんの下の名前も知らないや。聞いたら最後「名前で呼んでくれるの!?」とか言い出しそうだから黙っておこう。

「もしかしたらちょっと喋ったことあったのかもよ?#name2#が忘れちゃってるだけで」
「あんなイケメンと関わったらさすがに忘れないでしょ…」

溜め息を吐きながら頬杖を付く。だよねえ、なんて笑う友人たちに釣られてくすくす笑っていると、不意に耳元から酷く楽しそうな声が聞こえた。

「へえ、#name2#ちゃんおれのことイケメンだと思ってくれてたんだ?」
「ひゃあっ!?」

ぞわりとした耳を押さえて飛び上がった。いつからそこに居たのかにっこり笑った犬飼くんがすぐそこに立っていて、思わず椅子から滑り落ちそうになった。

「な…!?なんでここに」
「#name2#ちゃんが会いに来てくれるの待ってたのにさあ。なかなか会いに来てくれないから我慢できなくなっちゃって」

えへへー、なんて笑われてもちっとも可愛くない。だけど犬飼くんは顔を顰めた私を見ても笑顔を崩さなかったし、それどころか近くの席から空いている椅子を持って来て私たちの輪の中に普通に入ってきた。居座る気満々かよ。

「おもしろい話してたねー。おれがどこで#name2#ちゃんを好きになったかって?」
「ああうん、そうなの。#name2#ったら全然教えてくれないし」
「だーかーらー!知らないって何回も言ったでしょ!」
「うそ、絶対うそ!いい加減どこで犬飼くんと出会ったのか白状しなさいよ!」

犬飼くん本人が話の輪に入ってきたせいか友人たちの食い付きがさっきよりも激しい。白状しろも何も心当たりがないものを何と言えと?興味津々の友人たちに顔を引き攣らせていると、犬飼くんが「まあまあ」と友人たちを宥めた。

「#name2#ちゃんが言ってることはホントだよ。おれが#name2#ちゃんに一目惚れしちゃったんだ」

犬飼くんはそう言ってうっすらと笑った。まさかの一目惚れ発言に友人たちが自分のことのように興奮している。
だけど私は言い知れぬ違和感を感じて、素直に納得できなかった。

「…………ねえ、それ」
「うん?」
「それ、いつの話?」

犬飼くんの顔から一瞬だけ笑顔が抜け落ちた。本当に一瞬すぎて友人たちはもちろんのこと、犬飼くん本人すらそのことに気付いていないようだったけど。

「ないしょ」

そう言った犬飼くんの顔には下手くそな笑みが浮かんでいた。

title/サンタナインの街角で

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