あのこ不透明

犬飼くんと付き合い始めて二週間が経った。
ボーダー隊員は防衛任務があるから毎日学校に来るのは難しいはずなのに、犬飼くんは毎朝毎夕の送り迎えはもちろんのこと、まめの散歩にまで行ってくれていた。土日だって何だかんだ理由を付けて家まで来るし。
犬飼くんっていつ防衛任務に行ってるのかな。聞いてみたかったけどボーダーって機密事項が多そうだし、聞いても教えてくれないだろろう。だから私は犬飼くんに、ボーダーに関する質問は一つもしたことがなかった。



「#name2#ちゃん帰ろー」

いつものように私を教室まで迎えに来てくれた犬飼くんに手を引かれながら一緒に廊下を歩いていると、廊下の向こうから歩いてきた男子生徒が犬飼くんを呼び止めた。犬飼先輩って呼んでたし後輩かな。黒髪に切れ長の目をした、犬飼くんとは違う系統のイケメンだった。

「あ、辻ちゃん。ごめんね、おれ今から彼女を家まで送らなくちゃいけないから一緒に帰れないんだ」
「別に一緒に帰りたくて呼び止めたんじゃありません。今日は夕方から防衛任務ですよ」

辻くんは呆れたようにそう言った。あれ、今から防衛任務なの?犬飼くんちっとも言わないから知らなかった。そういえば今日は私がまだ着替えも済ませていないような時間に家に来て、早く来すぎたからとまめの散歩に行ってくれたっけ。あれは放課後は任務があって散歩に行けないから、代わりに朝済ませておこうって目的だったのかな。別にまめの散歩くらい自分で行けるのに。

「知ってるよ。だから彼女を送り届けたらちゃんと本部に行くって」
「そう言って今日もギリギリに来るつもりですか?」

辻くんがピシャリと言った。犬飼くんは後輩に指摘されても笑顔を崩すことはなかったけれど、私の手を握る手に力が籠った。

「犬飼先輩が任務開始ギリギリに来るのを二宮さんがあまりよく思ってないこと、知ってますよね?」
「そうだね。でも遅刻はしてないよ?」
「そういう問題じゃないでしょう」

辻くんにそう言われても犬飼くんはやっぱりニコニコ笑っている。だけど若干不機嫌そうだと思った。それは辻くんも気付いたようで、辻くんは少しだけ険しい顔で犬飼くんを見つめていた。

「なあに?じゃあ辻ちゃんはおれに、彼女を家まで送る暇があるならさっさと本部に来いって言ってるの?」
「別にそうとは一言も、」
「だってそうじゃん。おれが送らなかったせいで#name2#ちゃんが危ない目に遇ったらどうすんの?辻ちゃん責任取ってくれる?」
「い、犬飼くんあの…。別に一人で帰れるし送ってくれなくても大丈夫だよ?」
「#name2#ちゃんは黙ってて」

こちらに視線を向けた犬飼くんの顔からは笑顔が抜け落ちていた。声もいつもよりずっと低い。怒っているのは一目瞭然で、私はきゅっと口を結んだ。

「この子を送り届けたらちゃんと本部に行くよ。だから辻ちゃんは先に行ってて」
「ですが、」
「行ってってば」

犬飼くんはきつい口調でそう言うと、ぐいぐいと私の腕を引いて辻くんの隣を素通りした。私はどうしたらいいのか分からなくてすれ違うときに辻くんに頭を下げたけど、辻くんが私を視界に入れることはなかった。
犬飼くんはしばらく黙ったままだった。学校を出てしばらく歩いた頃、犬飼くんは不意に大きな溜め息を吐いた。

「あーあ、防衛任務行きたくないなあ。辻ちゃんに怒っちゃった」
「え、えっと…さっきの辻くん?って、仲良いの?」
「同じチームだからね。たぶん今日は任務中にちょっとギクシャクしちゃうだろうし、そうなったら二宮さんが怒るだろうなあ」

犬飼くんは困ったようにそう言った。さっき辻くんも名前を出した「二宮さん」は怖い人なのだろうか。その二宮さんって人に怒られるのが嫌なら私なんて放っておいてさっさと本部に行けばいいのに。

「……犬飼くん、どうして防衛任務があること黙ってたの?」

犬飼くんは何も言わない。だけどわざとらしく、繋いだ手をぶんぶんと前後に振った。私は犬飼くんがしたいようにさせたまま、ずっと気になっていたことを口にした。

「今までも任務に行かなくちゃいけない日とかあったよね?毎日送り迎えしてもらってるけど、本当は迷惑なんじゃ」
「#name2#ちゃん」

こちらを振り返った犬飼くんの顔に笑顔はなかった。代わりに困ったように眉を下げて私を見つめている。
……まただ。犬飼くんはいつだって胡散臭い笑みを貼り付けているのに、たまにこうやって笑顔が剥がれるときがある。
指摘しようかどうしようかと言い淀んでいると、犬飼くんの方が先ににっこり笑って首を傾げた。

「もー、さっきも言ったでしょ?おれが居ない間に#name2#ちゃんが危ない目に遭ったら嫌なの!」
「……何それ。私ってそんなに抜けて見える?」
「#name2#ちゃんが気を付けてたってどうしようもないことが起こったら困るってこと」

急いだ方がいいはずなのに、犬飼くんはいつも通り遠回りの道を通った。時間は大丈夫なのかと何度も聞いたけど大丈夫の一点張りだった。ていうか私は犬飼くんに毎日送り迎えして欲しいなんて一言も言ってないのに、どうして私が犬飼くんの勝手にやってることで気に病まないといけないんだろう。



「じゃあ#name2#ちゃん。今日も家の中でいい子にしててね」

犬飼くんはそう言って私の頭をぽんぽんと撫でた。彼女に、というよりはペットや子どもに言い聞かせるような言い方に少しだけムッとしたけど、ここで口答えして犬飼くんが本部に行くのが遅くなるのは他の人に迷惑になると思って何も言わなかった。

言われた通りその日も、私は家から出なかった。

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