曖昧な彼

帰り道、急に肉まんを食べたくなったからコンビニに寄りたいと言うと、犬飼くんは文句一つ言わずに私の家からコンビニへと目的地を変更した。しかも自分で払うって言ったのに奢ってくれたし。

「もー、黙って奢られときなよ」

犬飼くんは呆れたように笑って私に肉まんを差し出した。彼氏にいい顔させて?と犬飼くんが楽しげな声で言う。彼氏というワードに根負けしてしまった私は、あたたかくてふわふわのそれを両手で受け取った。

「あ、三年のバカップルがいるぞー」

不意に後ろから聞こえた不本意な呼称に、思わず受け取ったばかりの肉まんを潰してしまいそうになった。何とか踏みとどまって聞き覚えのある声に後ろを振り返る。

「……菊地原くん」
「#name1#先輩って趣味悪いよね。よりによって犬飼先輩と付き合うなんて」

久々に顔を合わせたと言うのに相変わらず失礼な後輩は、そう言って私と犬飼くんを交互に見やった。私だけならまだしもよりによって犬飼くん本人の前で言うか。反応に困った私の代わりに歌川くんがたしなめてくれたけど、菊地原くんは悪びれもせずに「だって本当のことじゃん」と言う。

「わざわざ犬飼先輩と付き合わなくてもいいよね。マシな人はいっぱいいるんだし」
「こら菊地原…!すみません先輩方、こいつ本当に口が悪くて」
「あははー、菊地原くんってばホント面白いなあ。おれのどこが趣味悪いって?」

口では面白いなんて言ってるけど腹の中では何を考えているのやら。にんまりと笑った犬飼くんの目はもちろん全然笑ってない。それには菊地原くんのフォローに徹する歌川くんも気付いたようで、必死に菊地原くんを止めようとしていた。

「なあ菊地原、さすがに失礼だって……」
「何で?歌川も言ってたじゃん。この二人何で付き合ってるんだろうって」
「いやそれは……!」

可哀想に、歌川くんはとうとう真っ青になって口をつぐんでしまった。気まずそうに「すみません」と呟いて俯いてしまう。空気が悪くなったのは誰が見ても明らかなのに、犬飼くんだけはヘラヘラと笑って小首を傾げた。

「なーんだ、二人ともおれたちの馴れ初めが聞きたかったの?」
「いやそんなこと言ってないし」
「遠慮しなくていいから。ね、#name2#ちゃん?」

同意を求められても困る。だって私たちの馴れ初めと言われても、犬飼くんに公衆の面前で告白されて、断りきれずに了承してしまっただけで。そんなこと人に言えるわけない。
悶々と悩む私の隣で、犬飼くんが幸せそうに表情を緩めて私を見つめた。

「おれさあ、#name2#ちゃんに一目惚れしちゃって。頑張ってアプローチしてやっとOKもらったんだよ」

思わず、は?と言いかけてしまった。一目惚れ設定はまだ続いてたのか。ていうか言うほどアプローチされてないよね?あの公開処刑みたいな告白だけだよね?何で話がどんどん盛られていくの?

「……ふーん」

菊地原くんは一瞬だけ何か言いたそうな顔をしたけど、結局それ以上は何も言わなかった。





菊地原くんたちと別れたあと、行儀は悪いけど肉まんを食べながら帰った。いつも犬飼くんと繋いでいる手は肉まんを食べているせいで離れたままだ。手を繋がなくて済むならこれから毎日買い食いして帰ろうかとも思ったけど、そうなると犬飼くんが毎日奢ると言い出しそうだからやめておこうと思う。

「#name2#ちゃん、菊地原くんたちと知り合いだったんだ?」

大きな一口で残りの肉まんをペロリと平らげた犬飼くんがそう言って私に視線を向けた。嫉妬とかではなく、純粋に興味があると言いたげな顔だ。犬飼くんのことだから「おれ以外の男と話さないで!」とか言ってくると思った。ちょっと意外かも。

「うん。去年だったかな?学校帰りに急に気分が悪くなったことがあって。たまたま通りかかったあの二人が助けてくれたの。具合が悪かったからあんまり覚えてないんだけど……」
「へえ、歌川くんは分かるけど菊地原くんも?」

犬飼くんが意外そうな顔でそう言った。犬飼くんの言いたいことは分かる。人付き合いが上手くなさそうな菊地原くんが率先して人助けをするタイプには見えないからだろう。

「そもそも菊地原くんがチームメイト以外の人と話すの初めて見たかも」
「そうなの?顔を合わせると結構絡まれるけど」
「あの子が自分から誰かと積極的に絡むなんて珍しいよ。懐かれてるねえ」

犬飼くんが目を細める。そうなのかな。菊地原くんって顔を合わせるたびにあんな感じで嫌味言ってくるんだけど…。
最後の一口を咀嚼しながらそんなことを思っていると、犬飼くんは当たり前のように私の手から肉まんの包みを回収して、そのまま右手を絡め取った。

title/箱庭

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