愛をやめることも出来ない

「#name2#ちゃん何だかお疲れだねえ。大丈夫?」

誰のせいだと思ってるんだ。白々しい犬飼くんに恨みがましい視線を向けたけど、犬飼くんは悪びれることなくにっこり笑って私の左手を取った。

昨日の私は余程疲れていたのか、それとも体調が悪かったのか。いつベッドに入ったのか記憶にないし、何なら昨日の記憶が丸一日分、きれいさっぱり抜け落ちていた。何となくであれば少しは思い出せるけど、友達や犬飼くんとの会話の内容とか、お弁当の中身とか、そういう細かい部分は全く思い出せない。とにかく昨日の私が普段よりずっと早い時間から熟睡したのは間違いないのだろう。21時頃に届いていた犬飼くんからのラインを見たのは、いつもと同じ時間に鳴ったアラームで目を覚ました後だった。

『ごめん、明日いつもより早く迎えに行くね!7時15分でいいかな?』

昨日のことはほとんど思い出せないけど、とりあえずお風呂に入らずに眠ってしまったことだけは分かった。
犬飼くんが迎えに来るまで30分しかない。私は大慌てでシャワーを浴びて身支度を整えた。朝ごはんを食べる余裕はなかった。

「ねえ、コンビニ寄ってもいい?朝ごはん食べ損ねたから何か買いたい」
「え、#name2#ちゃん朝ごはん食べてないの?ダメでしょ、朝はしっかり食べないと!」

だから誰のせいだと。



***



クラスメイトから「犬飼にお客さんだよ」と呼ばれて廊下に出てみれば、お客さんの正体は奈良坂くんと古寺くんだった。

「珍しいね、二人がおれに用事なんて。護衛任務の引き継ぎについては昨日全部話したと思うけど」

少しわざとらしかっただろうか。奈良坂くんはきゅっと眉を寄せると、場所を変えましょうと人気のない廊下におれを連れて行った。

「……朝から#name1#先輩を迎えに行ったら、#name1#先輩のお母さんから、犬飼先輩が迎えに来たと言われました」
「うん、それで?」
「それで?」

奈良坂くんは不機嫌そうにおれの言葉を繰り返した。古寺くんはそんな奈良坂くんを心配そうに見ている。

「はっきり言わないと分かりませんか。どういうつもりなのかと聞いているんです」

奈良坂くんが珍しく吐き捨てるようにそう言った。ああ、不機嫌っていうか、完全に怒らせちゃったな。だけどおれ、何も悪いことしてないし。

「彼氏が彼女と一緒に学校に行くために迎えに行っただけじゃん。何で怒られなきゃいけないわけ?」
「犬飼先輩は護衛の任務から外されたでしょう。いつまで恋人ごっこを続けるつもりですか」

おれの言い分に間髪を入れずに奈良坂くんがそう切り返してきた。二宮さんも奈良坂くんも、どうしておれと#name2#ちゃんが付き合っていることをごっこ遊びみたいな表現をするんだろう。

「恋人ごっこしてるように見える?」

そんな軽率な感情で#name2#ちゃんに告白したんじゃないのに、どうしてみんな分かってくれないのかな。



***



「彼氏が彼女と一緒に学校に行くために迎えに行っただけじゃん。何で怒られなきゃいけないわけ?」

犬飼くんのそんなセリフが聞こえたのは偶然だった。たまたま職員室に用事があって、いつもは使わない、人気のない階段を使おうと思った。そんなときだった。どうやら犬飼くんは、朝から私を迎えに行ったことで誰かに怒られているらしい。

「犬飼先輩は護衛の任務から外されたでしょう。いつまで恋人ごっこを続けるつもりですか」

犬飼くんを怒っている誰かが、そう言った。

護衛。

任務。

恋人ごっこ。

聞き慣れない単語なのになぜか、ストンと胸の中で落ち着いて、じわじわと周りを侵食していく。息が上手く吸えなくなって、思わずその場にしゃがみ込んだ。

「恋人ごっこしてるように見える?」

犬飼くんのいつもと変わらないトーンの声に、私は耳を塞いで、頭を壁に打ち付けた。痛いはずなのに痛みを感じないのはどうしてだろう。
胸はこんなに痛くて苦しいのに。

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