嘘の裏側に眠るもの

一つしかない目がギョロリと動いて、地面に座り込む私と、威嚇するように吠え続けるまめを見下ろしていた。
近界民だ。どうしよう。逃げないと。立てない。怖い。やだやだやだ、どうしていつも私ばっかり。

……私ばっか、り?

脳裏に浮かんだその言葉に疑問を持った瞬間、ダダダダダ、という銃声とともに、誰かが私と近界民の間に飛び込んできた。電源が切れたようにその場に倒れこんだ近界民を背に、黒いスーツを着たその人は振り返る。

『大丈夫?』

映画やゲームでしか見たことがないような、重そうな銃を肩にのせて。
犬飼くんは私を見て小首を傾げた。





肌に張り付くパジャマや布団の不快感に目が覚めた。枕元に放っていたスマホの画面を付けて時間を確認すると、普段の起床時間よりもずっと早い時間に思わず深い溜め息が溢れる。昨日間近で見た近界民のせいで、夢見は悪いわ変な時間に起きるわ散々だ。もう一眠りしようにも寝汗がすごくて気持ち悪いし、何だかひどく喉が渇いている。水でも飲んでから着替えようと、私はのそりとベッドから上体を起こした。

リビングで寝ているまめを起こさないように十分気を付けたつもりだったけれど、消しきれなかったドアの開く音で目を覚ましてしまったらしい。クンクン聞こえてくる甘えたような鳴き声に申し訳なくなって、私は台所に行く前にリビングの奥に設置されているケージに近付いた。

「ごめんね、起こしちゃったね」

首のあたりを撫でてやりながら小声で謝る。おやすみ、と声を掛けたものの、すっかり目を覚ましてしまったらしいまめが大人しくもう一眠りしてくれるはずもなく、私が離れようとすると吠え始めてしまった。

「しーっ!怒られちゃうでしょ!!」

叱りつつ、いやでも起きたの私のせいだしな、と反省する。どうせお互い眠れないのだし散歩にでも行こうかと、私はまめを抱き上げた。





「こんな時間にどこ行くの?」

玄関を出てすぐ、文字通り上から降ってきた声に音にならない悲鳴をあげる。おそるおそる声が聞こえた方を振り仰ぐと、暗闇の中、誰かが屋根に座っているのが見えた。

「約束したでしょ、出掛けちゃダメだって」

そう言って軽やかに着地した犬飼くんはスーツ姿で、だけど銃は持っていなかった。犬飼くんだと分かっても私の心臓は相変わらずどっくんどっくんと跳ね続けている。

「び、っくりした……。ねえ、まさかいつもこんな、ストーカーみたいなことしてるわけじゃないよね?」
「まっさかあ。昨日の今日だから心配で護衛してただけだよ。市街地に近界民が現れた原因が分からない以上、家の中も安全とは言えないし」

犬飼くんはそう言って地面に膝をつくと、嬉しそうに寄ってきたまめをわしゃわしゃと撫で回した。私は犬飼くんのつむじを見下ろしながら、護衛、と呟く。

「護衛ってやっぱり、ボーダーの…」
「そんなわけないじゃん。これはおれが個人的にやってること。ボーダーは関係ないよ」

その答えに私は小さく息を吐いた。犬飼くんの行動にボーダーが関わっていないだけで安心するなんて、私はだいぶ犬飼くんに絆されているらしい。

「で、#name2#ちゃんは何でこんな時間にまめの散歩に行こうとしてたの?」

声のトーンで犬飼くんが怒っているのが何となく分かった。そりゃあそうだ。自分は睡眠時間を削って護衛をしていたと言うのに、その相手がこんな時間に出掛けようとしていたのだから、勝手なことをするなと怒りたくもなるだろう。

「……近界民に襲われる夢を、見て。眠れなくなったから…」

犬飼くんがまめを撫でる手を止めて私を見上げた。心配そうな表情を浮かべる犬飼くんを見つめながら、それでね、と続ける。

「夢の中でも犬飼くんが助けてくれたんだけど、その近界民、」

一呼吸置いて、口を開く。口の中が乾燥していて、やっぱり出掛ける前に水でも飲んでくるべきだったと思った。

「昨日見たやつじゃなかった」

犬飼くんの目が動揺したように揺らいだのを私は見逃さなかった。犬飼くんは間違いなく私に何かを隠している。私が知らない…もしくは、忘れてしまった何かを。

「もしかして私、前にも近界民に襲われたことある?」
「…やだなあ、そんなわけないじゃん」

犬飼くんはへらりと笑って否定したけれど、それはぎこちない笑みで、嘘をついているのは一目瞭然だった。まめに視線を落としてしまった犬飼くんと視線を合わせるようにしゃがみ込んで、犬飼くんの顔を覗き込む。

「違うなら、私の目を見て言って」

たぶん犬飼くんは、違う、知らない、と言い張るつもりだったんだと思う。
お互い黙り込んだまま見つめ合うこと数秒。折れたのは犬飼くんだった。

title/サンタナインの街角で

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