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いつまでも足踏み

ボーダーに入隊したばかりの頃、一番最初に選んだポジションは射手だった。とある人の模擬戦を見て、格好いいなと憧れたのが大きな理由である。
本当は憧れた人に教えてもらえればよかったのだけれど、直接お願いするような度胸を私は持ち合わせていなかった。あの人と同じくらい有名だった出水くんに色々と教えてもらっていたけれど、結局半年ほどでやめてしまった。「おまえのトリオン量では出水のような戦い方は出来ないぞ」と、他でもない憧れたその人に言われたからだ。



次に選んだポジションは狙撃手だった。狙撃手ならばトリオン量はそこまで関係ないだろうと思ったのと、東さんや奈良坂くんがイーグレットを構える姿が格好良かったからである。けれどもいくら訓練を積んでもノーコンのままだったのと、それを見たあの人から「おまえに狙撃手は向いてない」と言われたのとで、狙撃手も半年でやめてしまった。



そしてつい1カ月ほど前に三度目のポジション変更をした。ボーダーに入隊したとき、自分が一番向いていないだろうと思った攻撃手である。弧月にするかスコーピオンにするかで散々悩んだ挙句、太刀川さんの模擬戦を見て弧月を選んだ。普段はポンコツなのに戦闘のときはあんなに格好いいなんてずる過ぎる。

「結局弧月にしたのか」

色々と相談していたから気になっていたのだろう。三輪くんの言葉に私はうん、と頷いた。

「おまえには少し重いんじゃないか?」
「まあ、スコーピオンよりはたしかに重いけど…格好いいし」
「またそれか」

三輪くんが呆れたようにそう言った。私は少し恥ずかしくなって、「だって…」と口ごもりながら視線を逸らす。

「……おまえがどういう心境でポジションを選択しても構わないが、そういうことは二宮さんには言わない方が良いと思う」
「どうして?」

私の反応に三輪くんは何か言いたげな顔で私を一瞥すると、「そういうところだぞ」と言って視線を廊下の向こうに向けた。
私もつられてそちらを見ると、書類に視線を落としたままこちらに歩いてくる二宮さんが見えた。私たちの視線に気付いたのか、二宮さんは書類から顔を上げてこちらを見ると、そのまま私たちの方に寄ってくる。「お疲れ様です」と挨拶した三輪くんに倣って、私もぺこりと頭を下げた。

「おまえたち、こんなところで油を売っていていいのか」
「米屋くんと熊ちゃん待ちです。今から特訓してもらうので」
「特訓?」

二宮さんは怪訝そうな顔で私の顔から視線を下げていった。私の腰のあたりで視線を止めると、急に表情を無くした二宮さんが目を細める。

「……で?」

先ほどまでとは違い酷く冷たい声だった。私は思わず肩を竦めて、「え?」と聞き返す。

「今度は誰に憧れたんだ。太刀川か?」
「あ、はい……っい、いえ!」

はい、と返事をしかけたその瞬間、三輪くんが私の鳩尾に思い切り肘鉄を喰らわせて来た。痛覚はOFFのままだから痛くはないけれど、ギロリと睨まれたので慌てて返答内容を変える。

「体育で武術の選択授業をしてるんです。こいつは剣道を選択しているのでそのまま弧月を選んだと」

しれっと答えた三輪くんに何とも言えない気持ちになりながら隣でブンブンと首を縦に振る。誰かに憧れて、というのもあまり良くない理由かもしれないが、体育で剣道をしているから弧月を選んだだなんて、そっちの方がよっぽどバカみたいな理由じゃないだろうか。
二宮さんから突っ込まれるのではとヒヤヒヤしたのは一瞬で、「そうか」と頷いた二宮さんは先ほどの機嫌の悪さは嘘みたいにいつも通りの声色だった。

「だがおまえには弧月は重いだろう。スコーピオンの方が動きやすいんじゃないか?」
「うーん、たしかに風間さん格好いいしスコーピオンにも憧れますけど…」

そう答えた瞬間、今度は三輪くんから後頭部を叩かれた。え、何?今のどこに叩かれる必要があったの!?と後頭部を抑えながら目を白黒させていると、二宮さんは再び不機嫌そうな顔になって私を睨み付ける。

「おまえはまたそうやって…」
「え、っと」

どうしよう。まさか風間さんが格好いいなんて言ったから怒っているのだろうか。え、そんな理由で怒る…?

「あっ、で、でも!一番格好いいのは二宮さんだと思っ、て……」

尻すぼみになってしまったのは、二宮さんが珍しく書類を手から滑らせたからだった。

「に、二宮さん…?」

すぐに我に返った二宮さんが身を屈めて書類を拾い上げた。けれど顔を上げることなく、「用事を思い出した」と言ってすぐにいなくなってしまう。

「二宮さんどうしたんだろうね?」
「……おまえいい加減にしろ」

今度は三輪くんから足を踏まれた。解せない。

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