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ほんのすこし欲張りになれたら

私が辻くんを好きになったのは最早一目惚れのようなものだった。
体育の授業中に男子が投げたボールが顔面に当たりそうになった私を、見事なキャッチで助けてくれたのが辻くんである。

「あ、ありがとう」

私のお礼の言葉は小さすぎて聞こえなかったのかもしれない。そのときはそう言うだけで精一杯で、こちらを振り返ることなく「気を付けなよ」と男子に注意する後ろ姿を見送ることしかできなかった。

クラスでも一番と言っていいほど地味で目立たない私のことを、辻くんがきちんと認識してくれているかは分からない。名前すら覚えてくれていないかもしれない。

そんな状態なのに私が辻くんのことが好きだと知った犬飼先輩に「みょうじちゃん、辻ちゃんに告白しないの?」と唆された私は、紐なしバンジーを飛ぶくらいの勇気を振り絞って辻くんを呼び出したのである。

「好きです付き合ってください!!」

玉砕覚悟で叫ぶようにそう言った。すでに涙が溢れそうになっていて、私はそれを見られないように深々と頭を下げた。
振るなら早く振ってほしい。そう思うくらいには、私はそのままの姿勢で滲む自分の爪先をじっと見つめていた。

「…は、はい……」

返って来た小さな声は万が一にもあり得ないと思っていた言葉だった。自分が泣きそうだったことも忘れて思わず顔を上げてしまった私はさぞかし間抜け面をしていただろう。
辻くんは顔だけでなく耳や首までも真っ赤にしていて、私よりもずっと、今にも泣き出しそうな顔で視線を泳がせていた。

ちなみに「二人が心配だったから」と言いつつ完全に野次馬根性丸出しで告白現場を見学していた犬飼先輩曰く、このときの私たちは完全に男女の立ち位置が逆だったという。





そんな出来事から二週間が経ったが、私と辻くんの関係は付き合う前と特に何も変わらなかった。

うちの学校がボーダーと提携しているとは言え、学業とボーダーの任務を両立するのは大変なことである。辻くんは学校にいる間にクラスメイトたちの手を借りながら授業の予習復習に取り組んでいて、とてもじゃないけど話しかけられるような雰囲気ではなかった。あれだけの勇気を振り絞って告白したというのに、「一緒にお弁当食べよう」の一言すら言えない。

辻くんが私の告白に頷いてくれたのは夢だったんじゃないのかな。そもそも告白したということ自体が私の妄想だったんじゃ…?

そう思い始めた頃、うちの学年ではこんな噂が流れ始めた。


「A組の氷見さんとC組の辻くんは付き合ってるらしいよ」


噂好きの友人に連れられてA組まで氷見さんを見に行った。
あまり女子と話しているところを見たことがなかった辻くんが、とっても美人な女子と談笑していた。

「A組の美人って綾辻さんしか知らなかった。氷見さんもめっちゃ美人じゃん」
「美男美女カップルかー。羨ましいね、なまえ」

何も知らない友人たちに話を振られた私は、きちんと笑えていただろうか。

「うん」

「お似合いだね」










「みょうじちゃんってバカなのかな」

ある日の放課後、教室から出てきた私を廊下で待ち構えていた犬飼先輩はにっこり笑ってそう言った。

「な、何ですかいきなり…」

というか今日ってボーダーの任務があるんじゃないのかな。辻くんは朝からお休みしてたけど、何で同じチームなのに犬飼先輩は学校に来てるんだろう。
そう思っていることが顔に出ていたのか、犬飼先輩は呆れたような顔で再び「みょうじちゃんはバカだなあ」と言った。

「今日の任務は夕方からだよ。辻ちゃんが学校を休んだのは風邪引いちゃったから」
「えっ、風邪!?」
「そーそー。それなのに彼女からメールの一つも送られてこないなんて、寝込んでる辻ちゃんが可哀想じゃない?」

心臓が絞めつけられたみたいに痛かった。
私は本当に辻くんの彼女なのかな。だって辻くんが風邪で寝込んでるなんて知らなかった。連絡先も知らないし、お見舞いに行こうにもお家すら知らない。

思い返せば私は、辻くんについて何も知らない。知っているのは名前とボーダーに所属しているということと、それからA組に美人な知り合いがいるってことくらい。いや、あの子こそが辻くんの彼女で、私が辻くんと付き合っているだなんて私の都合のいい妄想だったのだ。

「……わたし、彼女じゃないです」
「え!まさか一ヵ月もしないうちに別れちゃったの!?」
「だ、だって」

ぐすぐすと鼻を鳴らしながら今の現状を説明すると、犬飼先輩は深いため息をついたあと、俯く私の腕をガッシリ掴んだ。え、と声を漏らす私にお構いなしに、犬飼先輩は私の腕を掴んだまま引きずるように廊下を突き進んでいく。

「なに…?え、犬飼先輩?」
「みょうじちゃん」
「は、はい」
「今から辻ちゃんの家に行くから」
「は…?」
「行くからね」

有無を言わせない様子の犬飼先輩に何も言い返すことが出来ない。立ち止まってほしくて「手土産がないです!」と叫んだけれどそれは犬飼先輩の行動範囲をさらに広げただけだった。手近なコンビニに入った犬飼先輩は、なぜかシュークリームとバターどら焼きを大量に購入していた。辻くんへの手土産ならとお金を出そうとしても「オレ稼いでるからー」と受け取ってもらえず、あれよあれよという間に辻くんの家まで連れていかれてしまう。

「はい、じゃあ行ってらっしゃーい」
「えっ!?犬飼先輩も一緒なんじゃ」
「オレ今から防衛任務だってさっき言ったでしょー。もう行かなくちゃ」

私にシュークリームとバターどら焼きが入った袋を押し付けた犬飼先輩は颯爽と居なくなってしまった。残された私に与えられた選択肢は"一人で辻くんのお見舞いに行く"という無謀なものである。

どうしようどうしよう。だっていきなり家まで来るなんて迷惑な話だよね。辻くんの本当の彼女は氷見さんで私はただのクラスメイトなのに、「お見舞いに来たよ」なんて言われても迷惑っていうかむしろ気持ち悪いんじゃ、

「じゃあ辻くん、任務は二宮さんたちに任せてしっかり休んでね」

ドアの開く音と共に聞こえた女の子の声にハッとして顔を上げる。
辻くんの家から出てきたのは辻くんの彼女だと噂の氷見さんだった。ドアを閉めてこちらを振り返った彼女は、驚いたように私を見つめている。

「………あ、」

頭が真っ白になる。ただ一番最初に思ったのは、「こんなに美人な子に勘違いされたらどうしよう」ということだけだった。
だってクラスで一番地味で目立たない私なんかより、この子の方がずっと、辻くんの隣に居たって見劣りしないから。

「あ、あのっ、辻くんの彼女さんですよね!?」
「えっ?」
「えっと、えっとあの、これ、犬飼先輩が買ってくださって、だから彼女さんと一緒に食べたらって」

自分でも何を言っているのかさっぱり分からなかった。
今すぐこの場から離れたかった。辻くんに、私がここにいると知られたくなかった。

早口にそう捲くし立ててコンビニの袋を氷見さんに押し付けると、呼び止める氷見さんを振り返ることなく走り出した。陸上部もびっくりなスピードだと思う。今度の持久走大会はいい順位を取れるんじゃないだろうか。そんなどうでもいいことを考えていないと、今にも声を上げて泣いてしまいそうだった。



どのくらい走ったのだろう。土地勘のない場所までやって来てしまった私は誰かに道を聞こうとして、ある違和感に気付いた。
まだ日も暮れていないのに全く人気がない。こんなに家がいっぱいあるのに可笑しいな。そう思いながら辺りを見回していると、道の向こうで何かが跳び跳ねているのが見えた。

犬や猫なんかじゃない。あれ、なに。吸い込んだ息が喉元を通ったとき、ひゅ、と弱々しい音を出した。

空に真っ黒な穴が現れたのはそのときだった。





***





戦闘以外でのトリオン体の使用は禁止する。

そんな規則があったような気もするが、今はそんな些細なことなどどうでもよかった。

ただ一秒でも早く会いたい。会って無事を確かめたい。
それなのに風邪のせいで気だるい体が煩わしくて、気付けば何も考えずにトリガーを起動していた。

家を飛び出した頃には、日が暮れて薄暗くなっていた。





「……っ、みょうじさん!」

駆け込んだ医務室からは鼻に付くような強い消毒液の臭いがした。いてもたってもいられずみょうじさんが休んでいるだろうベッドを囲むカーテンに手を掛ける。

「こら辻ちゃん、女の子が寝てるんだからそんなデリカシーないことしない」

そう言って阻むように俺の手を掴んだのは犬飼先輩だった。みょうじさんを保護したのは二宮さんだと聞いたが医務室には二宮さんもひゃみさんも居なくて、犬飼先輩だけがみょうじさんの付き添いでこの場に残っているらしかった。

「風邪引いてるんでしょ?寝てなきゃダメじゃん」
「みょうじさんが怪我したって聞いたらいてもたってもいられなくて……大丈夫なんですか?」
「……バカだなあ」

呆れたような言い方だったのに犬飼先輩は何故か楽しそうだった。

「随分怖かったみたいで寝付くまでずっと震えてたけど、怪我自体は大したことないよ」
「そう、ですか…」
「みょうじちゃんもさあ、もう少し自分に自信があればこんなことにはならなかったのにね」

犬飼先輩の口振り的に、先輩はみょうじさんが警戒区域に入り込んだ理由を知っているらしい。だけどそれとみょうじさんが自分に自信がないことにどんな関係があるのか、俺には分からなかった。

「辻ちゃんとひゃみちゃんが付き合ってるって噂があるんだけど、辻ちゃん知ってる?」
「えっ」

俺とひゃみさんが付き合ってるって?そんな噂初めて聞いた。誰が発信源なんだと腹を立てる前に犬飼先輩がその質問を口にした理由に勘づいてしまって、体中から一気に血の気が引いていく。

まさかみょうじさん、その噂を本気にしてるんじゃ……

「まあみょうじちゃん、辻ちゃんに告白する前から絶対振られるって自信無さげだったからねえ。仕方ないっちゃあ仕方ないんだけど」
「……、」
「その勘違いを払拭してあげようと思ってみょうじちゃんを辻ちゃんの家まで連れていったんだけど、ちょうど辻ちゃんの家から出てきたひゃみちゃんと鉢合わせしたらしいんだわ」

それで気が動転してその場から逃げたら、いつの間にか警戒区域に入り込んじゃってたらしいよ。

犬飼先輩の説明を聞いて、そういえばお見舞いに来てくれたひゃみさんが、帰り際「知らない女の子が置いていったんだけど……」とシュークリームやバターどら焼きの入った袋を持ってきたことを思い出した。みょうじさんだと分かっていればすぐにでも家を飛び出して追いかけたのに。そうすればみょうじさんが近界民に襲われることも怪我することもなかったのに。

「辻ちゃんのことだから女の子と何話したらいいか分からなかっただけなんだろうけど、もう少し頑張ってみょうじちゃんとの関係を進展させてればよかったね」

犬飼先輩は元気付けるように俺の肩をポンと叩いたあと、静かにするように念を押してベッドを覆うカーテンを開けた。





***





いつの間に眠っていたんだろう。ゆっくりと目を開けるといつもより若干高い視点から地面を見下ろしていて、体はゆらゆらと揺れていた。

「………お、おき、た?」

真横から聞こえてきた声は紛れもない辻くんのものだった。一気に眠気がふっ飛んで、今の状況を把握しようと頭がフル回転する。

どうして私は辻くんにおんぶされてるんだろう……!

「あ、ああああのごめん!重かったよね、今すぐ降ります!!」
「ぜっ、ぜんぜん!全然重くない、です」

辻くんは小さな声でごにょごにょと、「みょうじさん怪我してるから」と言った。言われてみれば辻くんの体の横でブラブラと揺れている足首がかなり痛い。

「いやでも、自分で歩くよ……?」
「いっ、いいから……このくらい、させて」
「でも」
「か……っかれ、かれしらしいこと、ぜんぜん、してない……から」

辻くんはいつだったかみたいに耳や首まで真っ赤にしながらそう言った。辻くんの口から"彼氏"なんて言葉が出てきたことが信じられなくて、それと同時に嬉しくて、口元が緩んでしまう。
辻くんが前を向いていてくれてよかった。わたし今、絶対変な顔してる。

だけどそんな幸せな感情も、続いた辻くんの言葉にすぐに掻き消されてしまった。

「あっ……あの、ひゃみさんのこと、なんだけど」

怪我した足首よりも心臓の方が痛んだ。辻くん、氷見さんのこと、ひゃみさんって呼んでるんだ。
やっぱり仲いいんだ。そうだよね、やっぱり私なんかより氷見さんみたいな美人の方が、

「ひゃ、ひゃみさん、は……ボーダーで同じチームなだけで、べべ、べつに、好きなわけじゃない」
「へ……?」
「な…仲良く見えるのは、仕方な、けど……。でもみょうじさんのこと、ちゃんとすっ……すき…………だから」

私の体を支える辻くんの腕に力が込められたこが分かった。
この状態でさすがに、辻くんの言っていることが嘘だとは思わない。たどたどしい言葉で必死に訴えてくれた辻くんに何か返したくて、私は一生懸命言葉を探した。

「…………ありがと」

絞り出せたのはその一言だけだったけれど、辻くんは「うん」と言って、小さく笑った。

title/サンタナインの街角で




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