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早く僕に恋して

玄関のドアが開く音がしたあと、「おじゃましまーす」という明るい声が聞こえた。
髪型が決まらなかったためにかれこれ30分以上洗面所に籠っていたオレは出しっぱなしになっていた櫛やらワックスやらを慌てて片付け、待ちに待っていた客人を出迎えるために大急ぎで玄関へ向かう。オレが寄ってきたことに気付いた姉ちゃんがこっち来んなと言わんばかりの視線を向けてきたけど無視無視。オレが待ってたのは姉ちゃんじゃなくて、姉ちゃんが連れてきたオトモダチの方なのだ。

「なまえさんいらっしゃーい!」
「こんにちはー。久しぶりだね、澄晴くん。また身長伸びたんじゃない?」
「自分じゃ分かんないなあ。でもなまえさんが言うならそうかも」

高校生にもなれば背が伸びるのは当たり前のことで、親戚のおばさんなんかも会うたびに「澄晴くん背が伸びたわねえ」なんて感慨深く言ってきたりするけど。憧れのなまえさんに言われると柄にもなく照れてしまって、それ以上上手く返すことがきなかった。
本当はもっと話したかったけど、これ以上しつこく話しかけると姉ちゃんに「わたしの友達なんですけど」と睨まれるだろう。少しくらいいいじゃんね?姉ちゃんは毎日会ってるかもしれないけど、オレはなまえさんと会うの半年ぶりなんだから!

「ねえなまえさん、あとで勉強聞きに行ってもいい?数学でちょっと分からないところがあって」
「ええー、進学校の子に教えられるかなあ」
「謙遜しないでよ。なまえさん頭いいんでしょ?」
「どうかなあ。もう数列とか忘れちゃった」

勉強を教えてほしいなんていうのはただの口実で、本当は少しでもなまえさんと一緒にいたいだけなんだけど。姉ちゃんもそれを分かっているから「数学なら姉ちゃんが教えてあげるからアンタはジュースでも持って来なさい」とオレの肩を思い切りどついた。普段なら自分で持って行けよと文句を言うところだが、それでなまえさんに会いに行けるのなら万々歳である。はーい!と素直に返事をして台所に向かうオレを見て、なまえさんが「澄晴くんはいい子だね」と姉ちゃんに言っているのが聞こえた。

そうだよなまえさん、オレいい子にしてるよ。
だから早くオレのこと好きになってくれないかなあ。



姉ちゃんの部屋にいるなまえさんに会いに行くための口実は勉強以外にもいろいろある。
ジュースのおかわりいる?ケーキあるよ?あ、姉ちゃん辞書貸してー。そんなノリで頻繁に顔を出したせいか、怒った姉ちゃんに立入禁止だと言い渡された。オレがなまえさんのことが好きだって知ってるんだからちょっとくらい応援してくれたっていいじゃん。

特にやることもなかったから自分の部屋に戻ってベッドに仰向けに寝転がった。隣の部屋からは楽しげな会話や笑い声が聞こえてくる。
あーあ、オレと姉ちゃんの歳が逆だったらよかったのに。そしたらこんな子どもみたいな気の引き方じゃなくて、もっと他にいいアプローチの仕方があったんじゃないかな。考え出すとキリがなくて、寝返りを打って枕に顔を埋めた。
気付いたら部屋の中は夕日で真っ赤に染まっていた。

やっべ、不貞寝とかマジで子どもじゃん。のそのそと起き上がったオレはふと、隣から話し声どころか物音一つ聞こえないことに気付いた。嘘だろ、もしかしてなまえさん帰っちゃった!?
慌てて窓から顔を出して家の前の通りを確認する。いた、なまえさん。今追いかけたら絶対間に合う。その辺に脱ぎ捨ててあったパーカーに腕を通しながら息咳切って家を飛び出した。

「なまえさん!!」

呼び止められたなまえさんは驚いたようにこちらを振り向いた。それからふふ、と小さく笑って、自分の米神あたりを指差す。

「澄晴くん、ねぐせついてる」
「っ!!?」

反射的になまえさんが指差したあたりの髪を押さえ付ける。しまった、慌てすぎて自分の髪の毛がどうなってるのか確認し損ねた。あんなに時間かけてセットしたのに…恥ずかしすぎて死にそう。死にたい。辻ちゃん弧月で真っ二つにしてくれないかな。

「そんなに慌ててどうしたの?忘れ物でもあったかな」
「あ、いや……。なまえさんが帰るの見えたからつい」
「ああ…ごめんね。帰り際にちょっと部屋を覗いたんだけど、気持ち良さそうに寝てたから声かけるのやめたの」
「えっ、なまえさんオレの部屋見たの!?」

なまえさんに見られるって分かってたらちゃんと掃除したのに…!ああもう、髪型も全然決まってないし散らかり放題の部屋も見られるし最悪だ。今すぐ家に帰りたい。でももう少しだけ、なまえさんと話したいし。

「あ、お、送る!送らせて!!」

ダメ?図々しい?迷惑?恥ずかしさのあまり咄嗟に出た言葉が正しかったのか正常な判断が出来ない。なまえさんはきょとんとしたあと、オレの反応をうかがうように下から覗き込んだ。

「……いいの?」
「うん、どうせコンビニ行きたかったし。気にしないで」

遠慮がちにそう尋ねたなまえさんに気を遣ってコンビニを口実にしたつもりだった。
だけどなまえさんはオレの返事を聞くと少しだけ残念そうに笑って、「じゃあコンビニまでお願いしようかな」と言った。
…………あれ?

「なーんだ、澄晴くんが送ってくれるって言うからちょっとドキッとしちゃったじゃん。さては学校でもそうやって女の子にモテてるな?」
「そんなことしないよ。だって今初めて言ったもん」
「……澄晴くん、そういうのは本当に好きな子相手じゃないと言っちゃいけないんだよ」

あれ?なまえさん、どうして顔が赤いんだろう。どうしてそんな、何かを我慢するような顔をするんだろう。そこまで考えてようやくなまえさんが何を考えているのかピンと来て、オレの顔も一気に真っ赤になってしまった。

「……どうして?」
「どうしてって……だってほら、どうでもいい女子に本気にされたら困るでしょ?」
「どうでもよくないよ」
「っ、」
「いつになったら本気になってくれるの?」

なまえさんはオレにとってどうでもいい女の子じゃないし、なまえさんが本気になってくれるなら全然困らないよ。なまえさんがオレの言動で一喜一憂したり、ドキドキしてくれたら嬉しいよ。

だから早くオレのこと好きって言ってくれないかなあ。

title/箱庭




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