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無謀な勇気

辻くんって私のこと嫌いなのかな。だって目が合ってもすぐに逸らされるし、ランク戦に誘っても絶対に断られるし。米屋たちとは普通に喋ってるくせに私と喋るときはいつもどもってる。こないだなんて辻くんの髪の毛に糸くずが付いてたから「何かついてるよ」って取ってあげようとしたら手を振り払われた。物凄い勢いで謝られたけど、私も気にしてないよって言ったけど。

「いやほら、辻ってあれがデフォルトだから」

出水に相談したらそんなコメントが返ってきた。そんな気休めが通用するなんて思うなよ馬鹿にしてんのかあいつ。
まあとにかく、原因はよく分からないけど辻くんは私のことが嫌いなんだと思う。……私ってそんなに顔怖いかな。





「みょうじちゃんちょうどよかった!どこも空いてなくてさあ、相席してもいい?」

そう言って私の返事を聞く前にカレーがのったトレイをテーブルに置いたのは犬飼先輩だった。相席するほど仲が良いわけじゃないんだけどなあ。むしろ犬飼先輩って私のこと知ってたんだ、と思うくらいには私と犬飼先輩の間には接点がない。だけど犬飼先輩はちっとも気にしていないようで、後ろを向いて大きく手を振った。

「おーい辻ちゃん!席取れたよー」

箸で摘まんでいたえびの天ぷらがうどんの中に落ちた。その拍子に汁が跳ねて制服に飛んでしまったけど、今の私にはそんなことに気を取られるほどの余裕はない。
辻くんはすぐにやって来た。犬飼先輩の陰になっていて私のことは見えなかったのか、「こんなに人が多いところで大声出すのはやめてください」と咎めるとような口調で言った。やっぱり全然どもってない。それからふとこちらに視線を向けた辻くんは「うわあ!?」と悲鳴のような声を上げて飛び退いた。

「なっ……え、みょうじ…さ」
「みょうじちゃんがさ、相席していいって」
「あっ、そういう……え、えっと、…ご、ごめ、ね……?」
「う、ううん」

うわあって。うわあってそんな、お化けみたいな反応されるなんて。ショックすぎて私までどもってしまった。
私なんかと食べたくないだろうし、他のテーブルを探すだろうと思っていた辻くんはガタガタ震えながらもトレイをテーブルに置いた。飛び退いた拍子に辻くんのトレイにのっていたお椀は倒れてしまっていて、辻くんの手がお味噌汁でびしょびしょになっている。

「だいじょうぶ…?やけどとか、あの」
「だっ!だだだ、だい、じょぶ…」

辻くんはかなり動揺していたらしく、テーブルの隅に置いたままになっていた台拭きで手を拭いた。犬飼先輩がさりげなく台拭きとおしぼりを交換していた。

「辻ちゃんほら、手洗っておいで。制服の袖にも付いちゃってるし」
「で、ですが」
「洗っておいで。大丈夫、あとは先輩に任せなさい!」

何を任せろと言っているのかよく分からなかったけど、辻くんは先輩に言われた通り大人しく手を洗いに行った。うん、今のうちに全部食べてしまおう。そして早く片付けよう。そう思って先ほど落としてしまった天ぷらを再度摘まみ直すと、犬飼先輩が突然「あっ!」と声を上げた。

「ゾエたちじゃん!席空いてるしオレあっち行こーっと」
「え?え、犬飼先輩!?」
「オレあっち行くけどぼっちじゃお互い寂しいだろうし、辻ちゃんと二人で仲良くねー」
「ちょっ…」

言うが早いか、犬飼先輩はあっという間に北添先輩たちの方に行ってしまった。嘘だろあの人。辻くんも連れて行ってあげてよ。さっきのあの動揺する姿を見て何も思わなかったのかな…。



「あ、れ……い、いぬか、せんぱい……は」
「北添先輩たちと食べるって…」
「そ、っか」

てっきり嫌がるだろうと思っていた辻くんは思いの外大人しく私の向かい側に腰を下ろした。嫌じゃないのかなあと辻くんを観察してみたけど、辻くんの視線は目の前のからあげにのみ向けられていた。無心で口に運んでいる姿を見ていると、やっぱり私は席を外した方がいいんじゃないかと思えてくる。

「みょうじさ……あの、たべない、の?」
「え、」

私が箸を進める素振りを見せなかったからか、辻くんが遠慮がちに声を掛けてきた。早くどっか行けよって思われているんじゃないかとばかり思っていたけど、辻くんは私のえび天うどんを見て「うどん、伸びちゃうよ」と気遣うように言った。

「……食べていいの?」
「へ、」
「辻くん、私と食べるの嫌じゃない?」

聞いてしまってから少し後悔した。はいそうです、だからとこかに行ってくださいなんて、普通に考えて言うはずがない。
だけど私がその質問を撤回する前に、辻くんが勢いよく立ち上がった。

「い、嫌じゃない…!」

いつも私とは目を合わせない辻くんが私を真っ直ぐ見つめていた。こんなこと初めてだからびっくりしてしまって、思わずぽかんとしてしまう。

「お、おれ…女子が、あの、にがて、で。うま、く、しゃべれな、し……きんちょ、して、今も」

辻くんはいつも通りどもりまくっていた。テーブルに付いた手はガタガタ震えていた。
きちんと空調が効いた、暑くも寒くもない食堂で、辻くんはびっしょりと汗をかいていた。

「だっ、だけ……っだけ、ど!俺は、えっと、みょうじさ、の、こと、ちゃんと、すき、で」
「えっ」
「えっ……?あっちがっ!口がすべっ、」

辻くんは可哀想なくらい真っ赤になってとうとう顔を覆ってしまった。緊張していたとは言え大きな声でそんなことを言ってしまったせいで、周りで食事中だった他の隊員たちが一斉にこちらを振り返った。「穴があったら入りたい……」と辻くんが呟いていたけど、私だって穴があったら埋まりたい。まさかこのまま呑気に食事を続けるわけにもいかず、かと言ってこの大注目されている中を通って食堂を出ていく勇気も湧かず。私はこれ以上注目されるとトリオン体でもないのに辻くんがベイルアウト!とか叫んでしまうんじゃないかと心配になって、「とりあえず座ろう…?」と辻くんの制服の裾を引っ張った。

title/曖昧ドロシー




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