ふぅ、と煙草の煙を口から出す。持っていた煙草を灰皿の上に置き、夜空を見上げると雲の隙間から徐々に満月が現れる。カチカチと鳴る時計の針の音。振り向いて時計に目をやると丁度時刻が変わっていた。頭をかき、吸いかけの煙草も消して、ごろんと寝る体制になる信楽。閉じたくない目を閉じ、ゆっくりと眠りについた。明日など来なければいいと願いながら…。
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「おい、起きろ。もう昼過ぎだぞ、信楽」
「ん〜?ふ、ふわぁああぁっ…。あー…もう来ちまったのか…」
よいっしょと言いながら起きる信楽。眠い目をこすって、また一つ欠伸をした。両手を上にあげて伸ばすと、身体がコキコキと鳴る。そんな信楽の姿を見て、コックリさんは今日の事を心配に思い、つい口に出してしまおうとする
「…。信楽、お前…」
「あれ?煙草がねぇ…。おじさん、ちょいと煙草買ってこよーっと」
「信楽!」
「狐。おじさんが決めた事だ。だから、全部、おじさんに任せなさい」
困った顔をするコックリさんの表情を見て、余裕の笑顔で返す信楽。行ってくると手をあげて家を出て行った。信楽の姿が見えなくなり、コックリさんは開いている玄関を閉めて、俯きながら小さな声で、わかったと返事をした。
いつもの散歩道を歩いていると、ひらひらと桜の花弁が風にのって流れてくる。もう春だなと立ち止まって真剣な表情になる信楽。もう、これは前々から決めていた事だ。やっぱり止めたといい加減な気持ちでいたら、きっと彼女の人生は先に進めない。好きな人なら、もっと幸せになってほしいから。
「早く行ってあげて下さい。我が君はもう待っていますよ」
「狗神…」
「私は嫌いな物が沢山ありましたが、今、解りました。狸殿が一番嫌いだとね」
「モテるおじさんも大変だなぁ〜」
「何かいいましたか?」
「いいえ…。えっと…狗神、その銃をおじさんの頭から離してくれない?」
ひょいと信楽の隣に狗神の姿が現れた。信楽は今日、なまえと最初に出会った桜の木の下で逢う約束をしている。狗神は誰も来ないようになまえが待っている場所で待機をしていた。信楽が近くにいる事を察知し、教えてあげたのだ。持っていた銃を片付けて、信楽を睨みつける狗神。その瞳から逃げるように、信楽はなまえが待っている場所へと再び歩いて行った。本当は何か一言、言ってやろうと思っていた狗神。やれやれと、ため息をついて、頑張って下さいと桜の花弁に向かって、この言葉が届けばいいと頼むのだった。
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「よう!嬢ちゃん、待ったか?」
「信楽…。遅いって言いたい所だけど、私もさっき来たばっかりだしね。で、今日は私に何の用事?話があるって言ってたよね?」
「まぁな。そう言えば、今日は嬢ちゃんの誕生日だよな?」
「覚えてくれてたの…?」
「おじさんは女の子との約束は守るからな。なまえ、手、出しな」
「え?手…?これでいいの?」
「違う違う。右手じゃなくて、左手」
「左って…え?あ、嘘!?へ?えっ!えぇぇぇええ!?」
すっと銀色の指輪が左の薬指にはめられた。驚いてパニックになってるなまえに信楽は直ぐに抱きしめた。そして、耳元で、おめでとうと言い、頬にキスをした。顔が真っ赤になるも、視線は指輪にいき、これは夢なのではと自分で自分の頬を抓るなまえ。色々と聞きたいが、上手く言葉に表せない。えっと、と焦りながらもなまえはありがとうと信楽にお礼を言った。
「なぁ、なまえ。おじさん、なまえに言わなきゃいけねぇ事があるんだ」
「え…?何?」
信楽は真っ直ぐなまえを見て、覚悟を決めた。これから話す事は嘘ではない事を。人間は妖といつまでも一緒にいてはいけない。なまえがいつまでも信楽という存在と一緒にいては未来が壊れてしまうと。だから信楽は決めていた。なまえが20歳になったら、お別れの時だと。人間は人間と暮らしていくのが一番だ。その幸せを妖という類が邪魔をしてはいけない。
「なまえ…解ってくれ…」
「そんな…嫌だ!私、信楽と別れたくない!だったらどうして指輪なんてくれたの!?」
「嬢ちゃん…悪りぃな…」
信楽はなまえの頭を撫でて、再び抱きしめた。信楽の一方的な考えを聞くだけ聞いて、肝心な答えは一切言わない信楽に、ずるいよと何度も怒った。お別れという意味は記憶が消されるという事。そして、妖自体も見えなくなる。今までの思い出も全部、さよならだと。
「ごめんな。なまえ…。」
「っ!やだっ!離して!やだやだっ!信楽!」
「ありがとな…嬢ちゃん。嬢ちゃんがおじさんの事を覚えてなくても、おじさんは、ちゃんとになまえの事を見守ってるぜ。じゃあな…大好きななまえ」
「信楽!っ!んぅ!?」
なまえを抱き締めながら、最後のキスをなまえの唇に落とす信楽。溢れ出てくるなまえの涙が一瞬だけ止まった瞬間に信楽は妖の力を使い、唇にキスをしたまま、記憶を消していく。そして、なまえの力が抜け、眠りについた時、信楽は唇を離して、なまえの顔を何度も撫でた。
「ほんとにゴメンな…。なまえっ…」
なまえの薬指から指輪は無くなっていた。化かしたと言った方が正しいだろう。大きな桜の下のベンチになまえを座らせて、これで良かったのだと自分に言い聞かせる。信楽の目からも涙が落ちた。その涙はなまえの頬に零れ落ちる。その涙を隠すように、桜の花弁が信楽が零した涙の上にちょこんと乗っかった。
「嬢ちゃん、こんなおじさんを好きになってくれて感謝してるぜ…」
fin
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信楽でシリアス
内容
「愛してるからこそ、自分含めた全ての妖怪を見えなくしようとする信楽とそれを望まない夢主」