日記

MURMUR


魔法使いから学んだ暗殺教室長編のオチ

暗殺教室長編ネタバレはいるかも

私が小学三年生の時の話。当時図書室の児童文庫に飽きた私はハリーポッターシリーズに手を出した。ファンタジー小説好きには堪らず、ドハマリして寝る間も惜しんで読む始末。三巻まで読み、ここまで面白いなら次巻も面白いはず。巻を増すごとに話はさらに楽しくなっていくのだろうと四巻に手を伸ばした。

ところがどっこい。炎のゴブレットはまだしも不死鳥の騎士団なんてもうわけわかんない。人間関係複雑だし人多いしそもそもハリーの気持ちがわからない。
まぁそれもそのはず、私はそのとき9歳。ハリーは16歳。小学三年生に高校一年生の男の子の気持ちをわかれなんて無理な話で。
結局読み終えずに返却。断念しました。

三年が経って小学校六年生。もう一度読んでみたいと手を出したら面白いこと面白いこと。五巻なんて通り越して最終巻まで読んでた。読破してた。めちゃんこ面白かった。

ここで私は思ったわけです。
ものごとには適正年齢たるものがあるのだな、と。

レンタルビデオ店の黒いのれんにバツのついた18が書かれているように、制服を着たままではお酒を買えないように、成熟しなければ紅が似合わないように、その年に満たなければ合わないものがある。
それはそれで味を出すのかもしれない。年が満たないからこそ試してみたくなるのかもしれない。でも、それはいずれ待てば本当に楽しめる時が来るわけで。本来の良さを理解出来る日が来るわけで。背伸びして先を先をと言うのも悪くはないけれど、じっと待つのもまた一興だったりする。

そう思うと、今の長編のふたりはどうなんだろうって思うわけです。暗殺教室のお話ですよ。
中学生の2人に、この人しかいないって思える恋愛なんてできるんだろうかって。そんな重い恋愛なんてできないから、抱えきれないって途中で投げ捨ててしまうだろう。彼らはこの想いを大切にしたいと思うからこそ、途中で捨てて壊してしまうだろうと。そう思うのですよ。
そして、月日がたってようやく振り返る余裕がもてた時に、捨てたはずなのにまだ残ってたのかって拾い上げるんでしょう。あの時捨ててよかったって。手放してよかったって。

つまり、何が言いたいかと言うと。
こういうスタンスでこういう流れでこういう雰囲気で、暗殺教室長編幸福追求理論、10年後のお話に続きます。
(決めた。今決めた。)

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