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「なぁ、渚。」それは、ある日の昼休みの出来事だった。
停学から復帰した赤羽業や、外国語の臨時講師。イリーナ・イェラビッチがクラスに溶け込んだ、5月中頃。
「このクラスになってから相沢さんと話したこと、あるか?」
杉野の一言は、それほど大きかった覚えは僕にはない。けれど、クラスのみんながそれを聞いていたようだった。
「………………………ない。」
記憶を遡りどうだったろうかと考えるけれど、彼女と顔を合わせて話したことは一度もない。
彼女のに限って、会話したことを忘れているということはないだろう。なにせ、彼女は――
「せっかく学校のアイドル相沢美藍と同じクラスなのになぁ。」
そう、彼女は学校のアイドルなのだ。幼いころから英才教育を受けていた彼女は、1年2年と校内順位5番以内、運動神経も抜群で運動部からの勧誘の嵐、音楽センスも良くピアノはコンクールで金賞をとるほどの腕と聞いている。
そして何より、可愛い。本当に可愛い。
神埼さんはきれい、清楚、という言葉が似合うため、マドンナが似合うけれど、相沢さんは可愛いのだ。テレビでスポットライトを浴びながら、ひらひらのスカートで歌って踊るアイドルのようで。彼女にはアイドルという言葉がとても似合っていた。
1,2年のときの彼女の印象は、気さく。誰にでも話しかけ、誰にでも優しく接し、誰にでも笑顔だった。そんな彼女が、なぜ今E組にいるのか。
「成績悪かったっけ?」
「いや、悪くて15番だろ。確か。」
「素行が悪かった、のかな?」
いつのまにかクラスの大半が集まり、みんなでひそひそ話している。大丈夫か、こんなに大ごとにして。本人に聞かれたりしないだろうか。
「だいじょーぶ。相沢さんいつも昼休みは外で寝てるから。」
「なんで知ってるのカルマ君!?」
カルマ君がいつどこでどうやってその情報を手に入れたのはか定かではないが、情報自体は間違っていない様だった。彼女はいつも、昼飯を食べ終わったあとすぐに携帯を持って教室を出る。長い休み時間はいつもそうだ。そして、耳にはしっかりとイヤホンが入っている。
「感じ悪いわけじゃないけどさ。」
「話しかけないでー的な?」
「それそれ。近寄んなオーラ出てるじゃん。」
なんらかの理由でE組に来た彼女は、それまでの彼女とは一変。誰とも話さず、誰にも近寄らず、誰にも笑いかけなかった。そのあまりの冷たさに多くのファンが傷付いたようだが、わからなくもない。
「じゃあやっぱ、今年入って相沢さんと話したやつはいないってことだよな。」
「でもカルマ、外で寝てるの見たんだろ?話しかけなかったのかよ。ってか席隣じゃんか。」
「話しかけたけど、片目開けただけで。寝返りされて背中向けられた。授業中はマジメで取り合ってくれないし。」
「おう……ドライだな。」
「そんなんじゃないよ……。」
「え?」
クラスの苦笑コメントに、突然声を上げたのはクラス委員の片岡さんだった。
「美藍は本当に明るい子なの。」
去年同じクラスだった片岡さんによると、相沢さんは夏休み明けから少しずつ様子が変わっていったらしい。話さなくなり、笑わなくなり、暗くなっていき、最後には誰にも近寄らなかったという。一学期の期末テストで過去最低の15位を出したことが関係しているだろう、と2年のクラス内ではなったらしいが、直接本人に聞く事は叶わなかった。
「2学期の最後くらいからは、テストの答案用紙を全て白紙で出したりして……。」
「それでE組に、か。」
わからない。彼女の考えがさっぱりわからない。
「不思議っていうか、掴めないね。」
それはなんでもない日常のこと
昼休み終了を知らせる鐘の音に
僕たちの会話は全て強制終了させられた