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「美藍、自習室行こうよー!!」「ご、ごめんね!今日はパス………。」
「じゃあ美藍、一緒に帰ろ?」
「ごめんカルマ。ちょっと用事があるの。」
皆からのありがたい誘いを丁寧に断って、私は足早に山を降りる。
向かうのは正門ではなく、本校舎の、A組の、教室。
――コンコン
誰もいない廊下に、私がドアをノックする音だけが響く。
中から聞こえてきたどうぞ、という声は、やはり聞きおぼえがあって。去年のこの位の時期には、きっとこの声の持ち主たちと一緒に、自習室に行っていたんだと思うと、不思議な感覚に襲われる。
ガララとドアを開けて、教室に静かに入る。顔を上げれば、そこには。
「やっほ、浅野君。」
生徒会長、浅野学秀。
「美藍ありがとう。わざわざ来てくれて。」
その横には荒木や瀬尾君、小山、榊原が。五英傑がそろっている。
「ううん、全然構わないよ。」
「久しぶりだな、美藍。」
「E組はどうだい?」
相変わらずの皆に、少し笑みがこぼれる。
「楽しいよ?」
E組をバカにしている彼らだけれど、私のことは決してバカにしない。
E組、という組織で接するのと、1人の人間として接するのでは、対応が大きく違う。これには傷付く部分もあるが、それがこの学校の常だと思えばそれまでだ。
「皆明るいし、勉強も思いっきり楽しめる。」
そう言って笑ってみせると、少し黙ってしまう。でも、そんな沈黙を破ったのは榊原だった。
「変わったな、美藍。」
「え?」
「どう言ったらいいのかな、うーん。」
「雰囲気が変わった。明るくなったんだ。」
「そう?」
「あぁ。笑顔がナチュラルだ。」
気が付かなかった。それはそうか。自分の事だから。
きっと、E組という環境がいいというのがあるんだろうなぁ。
「あ、ところで話ってなんだったの?」
思い出して声を出す私に、そんな急かさなくてもいいじゃないかと笑う浅野君。
私は、彼のこの掴めないところが好きで、嫌いだ。惹かれるんだけれど、手の平で転がされているような気にもなる。
「まぁ、そろそろ本題に入るとするよ。」
座って、と促がされるままに腰掛ける。
初めに口火を切ったのは、やっぱり浅野君だった。
「前回のテスト、良い結果だったね。今回は、もちろん5位以内を狙っているんだろう?」
「まぁ、ね。」
何の話かと思えば、成績の話。でも、私が彼らと話すときはいつも成績の話だった。それは、今も昔も変わらないらしい。
「じゃあ、今回のテストは本気でやるわけだ。」
「当然だよ。」
「ってことは、君はA組レベルの成績を修める。」
「……………?」
いまいち状況がつかめていない私に、くすりと笑う浅野君。
「E組は好きかい?」
「うん。」
「じゃあ、勉強は?」
「もちろん、好き。」
「そう。なら君は、」
――E組と勉強。どちらを選ぶ?
「…………え?」
「その答えは、テストが終わってから、改めて聞こうかな。」
はい、と渡された封筒。テストが終わってから、と言いながらも、もう答えを迫っているように感じる。
「美藍は賢いから。正しい選択をすると思っているよ。」
×××
「何を渡したんだ?浅野。」
「本校舎復帰の許可申請書。」
え、と息を詰まらせる瀬尾。
「当然だろう?成績はA組トップクラス並みなんだから。」
「確かに、そうだな………。」
そこまで呟いて、それぞれが彼女がA組に来た場合の利点を考える。
「彼女が来れば、E組の成績は大きく下がる。そして、A組の成績は大きく上がる。今回のテストも、彼女がいくつ満点をとろうが、E組の成績ではなくA組の成績として僕たちの得点になる。」
「そうなればE組の大きな戦力は赤羽くらい。なるほど、な。E組の勝算はほぼないか。」
「それに加えて、だ。」
――最近、何やら怪しい噂が流れているのを知っているか?
「噂?」
「あぁ。美藍と赤羽の噂だ。」
そう言われて、クラスの女子がひそひそ話していたのを思い出す。
「あの噂は事実ではないらしいが………。赤羽が美藍に何か特別な感情を抱いているのは事実。」
「……………………。」
「そして、それは赤羽だけではなく、E組全員がそうだろう。」
彼女は慕われる。それは、今までの経験から言える事。そして、彼女自身も慕っているだろう。
「彼女という存在を失うことは、E組からしては相当の痛手だろうな。」
クククっと笑う浅野は、まさしく悪魔。
「だ、だが、本当に来るのか?A組に。」
「大丈夫、必ず来るさ。」
――僕には確証がある
罪を秘めた少年の唇
「(赤羽よりも、2年間分彼女といた時間は長い。)」
「(あいつよりは彼女を知っているつもりだ。)」