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終業式のため、生徒がぞろぞろと体育館へ向かう。その体育館へと続く廊下に、私たちは、いた。
「浅野。」
クラス委員の磯貝が浅野君に声をかける。浅野君は、少し悔しそうな顔を見せた。
鋭いその目で、E組を見渡して、そして、私を見た。
「………………。」
少し、考えたように、もう一度磯貝を見る彼。
「美藍。」
「…………どうしたの。」
「今、ここで答えを聞こうと思ってさ。」
彼は、意地悪だ。にこりと笑うその綺麗な顔からは、想像もつかないくらい。
「わかってるよ。」
握りしめた封筒はしわがよっている。どくんと心臓が嫌な音を立てる。
E組のみんなを退けて、浅野君の前へ行こうとした、時。
「美藍………?」
今まで、テストが帰って来てから今まで、ずっと口を閉ざしていたカルマが、私の腕を掴んだ。その手は、どこか弱弱しい。
けれど、なに、そう言った私の声のほうが、震えて弱く聞こえた。
何も言わない彼に、ごめんね、と心の中で謝り、そっと手を解く。離れた手に、彼が、今まで見たこともないほど………、傷付いた顔をした。
ごめん、ほんとう、ごめんね。心の中でいくら謝っても、彼には届いていない。そんなこと、分かってる。分かってるよ。
目の前にいるのは浅野君。私は、自分よりもずっと高い彼の目を見る。
私の手に握られた封筒を見て、微笑む浅野君。彼はもう、この勝負に勝った気でいる。
「美藍、前に渡した本校舎復帰の許可申請書………、記入できた?」
本校舎、復帰、その言葉に、私の後ろにいるE組のみんなが動揺する。
黙って封筒を浅野君の前に持っていく。
「記入したよ。」
うそでしょ、ほんとに?そう言った莉桜の声が聞こえた。
途端にチクリと痛みだす胸。けれど、後ろは振り向けない。
「ありがとう。じゃあこれ、許可証。」
勝ち誇ったように笑い、彼は私にまた、書類を渡す。こんなこと、廊下ですることではないのに。E組の前でする彼は、本当に悪魔だ。
酷い人、そう思いながら、封筒を受け取って
――ビリッ
二つに破いた。
私の手の平から落ちたそれは、ひらひらと宙を舞う。
「…………ッ、何を!?」
何が起きたのか、分かっていなかった浅野君が、数秒遅れて声を上げる。
何て事を、彼の口は、確かにそう言った。いや、正確には言い掛けて、やめた。
「まさか……」
私が差し出した封筒の中から、書類を出す。そして、彼は驚愕した。
――相沢美藍は本校舎復帰を希望しません。
本来、希望しますと書かれるはずだったそこには、達筆でそう書かれている。
これは、間違いなく彼女の母の字だ。
「どういうことだ………。」
「ごめんね、浅野君。」
――私、E組に残りたいんだ。
「浅野君たちと勉強するの、ほんとうに楽しかったよ。」
――でもね、私はE組のあの席で勉強したいの
先日、私が母に伝えた言葉だった。
私はあの場所にいたい。あの場所に残りたい。
E組で頑張って、A組のみんなに負けないくらいの成績は取るから。自分で選んだ責任はきちんととるから。E組だからって不良になんかならないから。ねぇ、だからお願い。
そう言った私に、母は静かに、でもハッキリと言った。
――ねぇ、義務教育ってね、今年で最後なのよ。
あなたが生まれてね、もう15年も経つの。ほんとうに良い子だった。言われたことに従って、文句ひとつ言わずに、ほんとうに良い子だった。
……………でもね、もうそんな良い子じゃなくていいよ。やりたいことやればいいよ。自分で決めて、いいよ。
――私の「良い子ね」って言葉が、あなたを縛ってしまってごめんね
私って幸せなんだなって。母に愛されてるんだなって。気がついた。気が付けたのは、E組のみんなのおかげだった。
「バカやって、騒げる仲間っていうのも、大切なんだよ。」
ごめんね、浅野君。ありがとう、浅野君。また一緒に自習室行こうよ。
へらっと笑った私を見て、
「はぁ。」
一気に力を抜いてため息をついた浅野君。わかったよ、顔にはそう書いてある。彼は、意地悪だけれど、人の決断をバカにはしない。
そのままくるりと背を向けて、去ってしまう。何も言わないのが彼らしい。
だから私も、背を向けて、E組のみんなの方を向いた。
「私がE組を出るわけないじゃん!!」
あなたの傍にいさせてください
「美藍―――――!!!」
「何でそう言うこと前もって言えないの!?」
「本気でいっちゃうと思ったじゃん!!」
「ご、ごめん。」