「おぉ、来たか」
食堂には阿伏兎が先客として腰を下ろし、香穂を待っていた。それ以外にも所々に団員と思われる生物がいる。
「嬢ちゃんに説明、な」
メニューを開いて、「あれとこれ、それと向こうのあれ。10人前ね。あ、待ってやっぱりこれとあれも………」注文する団長を綺麗にスルーして、阿伏兎は口を開く。香穂はメニューに目も通さずに黙って先を促した。
「団長から聞いてると思うが、まぁ補足ってところだ」
団長から聞いている、と言われても香穂が知っているのは自分が奴隷になるということ、ここが春雨という組織の宇宙船であるということだけだった。阿伏兎の補足とやらはありがたい。
「お偉いさんが引取りに来るのは半年後。それまで船ん中で自由にしてくれて構わねぇ。嬢ちゃんに何ができるとも思わんしな」
冷静でかつ正確な分析。本来ならば尊敬の念を送り、拍手したいところだが対象が自分となることこれまた違ってくる。あまり良い気はしなかった。
「で、大事なご主人の情報なわけだが………」
そう言って、香穂の前に1枚の写真を差し出す。そこには1人の中年男性が、何人もの綺麗な服を着た女性に囲まれて得意げに写っていた。写真の中で、死んだような笑みを浮かべる女性を見た瞬間、全てのピースがはまる。
写真の中の女性は、みんなそれぞれ違った髪色をしていた。赤、橙、桜と暖色系から、水色、青、紫と寒色系まで。中には真っ白な髪の女性もいる。その中で、ない髪色。殺されたあの女と、自分の、共通点。黒髪。
黒髪だし、歳もそこまで変わんないよね
彼の言葉はそういう意味だったのか。お偉いさんとやらは、髪色コレクターなのだった。香穂の部屋と言われたあの部屋にあった服や家具は全て、主人からのもの。
「まぁせいぜい頑張れや」
彼の言葉はかなり冷たいものであったが、それでもここまで説明してくれたことには感謝せねばならない。「ありがとうございました」静かに頭を下げて、彼なりの優しさだと、自分に都合のよい勝手な解釈をさせていただく。
隣を見れば、団長が10人前以上の食事を綺麗に完食していた。相変わらず笑顔を崩さない。
髪色ごとに奴隷を手に入れようとする権力者。女の顔を平気で握りつぶす細身の男。つまりは、なんでもアリなのだと、そう思った。
「団長さん、私は部屋に戻ります」
まだ食事を取るつもりなのか、メニューを開きだした団長。彼の食べっぷりにこちらは胃が持たれそうだ。巻き込まれるのは御免こうむる。
「阿伏兎さん、ありがとうございました」
もう1度、丁寧に阿伏兎にお礼を言って頭を下げる。ひらひらと手を振って応える彼。血も涙もない鬼ではないのだろう、そう信じたい。海賊なのだから、血には染まっているだろうけれど。
「神威」
思考を巡らせていると、団長が口を開いた。神威……?理解が追い付かない香穂に、彼は笑いながら続ける。
「俺の名前、言い忘れてた。神威」
自己紹介をした神威に、阿伏兎は少々驚いた顔をした。が、そんな神威の紹介も阿伏兎の反応も、香穂にとってはどうでもいい。彼の名前も、この先自分が呼ぶかというとそうとは思えなかった。半年経てば奴隷になり、彼らに会うこともなくなる。
「………………はい。失礼します」
頭を下げ、足早に部屋へと向かう。食事はとっていなかったが、どれだけ時間がたってもやはり、空腹に悩まされることはなかった。
後書き
ALICE+