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休み時間、そろりそろりと近寄ってきたクラス委員の女子が控えめに声をかける。

「藤田さん……、困ったことがあったら………私、クラス委員だから、さ」
「ないから」

――相談して
彼女の言葉にかぶせて、きっぱりと断る。右頬を引きつらせ、少し形の崩れた笑顔を張り着けながら、彼女は「そ、そう」と言った。
まだ何か言いたそうな、私を咎めるような目に背中を向けて、教室を出る。校舎の裏側に回って、先程から音を立てるケータイを手に取った。

「なに」
『……べつに』

そちらから掛けてきたというのに、短く「べつに」。心なしか、いつもより声が低い気がした。少し、周りの声が入る様子から、おそらく彼は本校舎の廊下辺りで電話をしているのだろう。

『外?』
「そうだけど」

「A組サマは授業の予習をしなくていいの」、嫌味を言おうとして、やめた。なんだか僻みのように聞こえてしまう。代わりにそっと、旧校舎に背中を預けてうずくまる。

『今回の件、E組の監視という名目だが………?』
「へぇ、知らなかった」
『心当たりは』
「有りすぎて困っているわ」

吐き捨てるように言えば、向こうの彼は黙ってしまう。1つ、小さくため息をついてまた口を開いた。

『君の忠告は素直に受け入れるとするよ』
「それが賢いと思うわね」
『いつ帰ってくる予定なんだ?』
「さぁ、いつになるかしら」

E組監視のため、その言い訳はいつまで通じるだろうか。それが言い訳であると、きっと3年生は薄々気がついているだろうし、A組辺りの生徒は確信に近いかもしれない。下級生にまで気がつかれると厄介だ。それに、校内進学できなくなってしまう。あぁもう、めんどくさい。

「………ねぇ」

生徒の私に対する憧れなどは総崩れだろうし、もともといなかった友達という存在はもう作ることなど不可能だろうし、言いよってくる男子ももう、きっといない。
本校舎に通う生徒で私がまともに会話できるのは、本当に、この電話相手の浅野学秀ただ1人と言っても過言ではないくらいだ。

「私………、戻れるのかしら」

じわり、涙が滲んできた。いや、泣かない。泣けない。ここは旧校舎。泣いたらきっと、E組にばれる。それだけは嫌。
そんな私のプライドを理解する浅野は、平然と、慰めることも責めることもなく、ただただ一言、「さぁな」と言って電話を切った。

その場には、ケータイを握りしめうずくまり、涙をこらえる滑稽な私ただ1人が残された。

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