ーー大嫌いよ
彼女が勢いよく飛び出した後の教室は、思いのほか静かだった。
誰かの「んなこと知ってるよ、」の声がいやに暗くて、寂しくて、みんなばつが悪そうな顔をしている。
僕は正直言って、藤田さんのことをとんでもない性悪だと思っていた。
E組のことが大嫌いで、意地悪で、気が強い。僕なんて、すぐ負けてしまうほどに。
でも、彼女がそこまで強気なのは、自分がA組だからだと思っていた。自分が勉強ができる人だから。天才だから。
彼女の言う通りだ。僕らE組は、どこかで「やってもどうせできない」と思っていた。A組は生まれながらに天才だから、僕たちとは違う。僕らはやってもできない落ちこぼれだから。
そう思って、試合放棄していた部分がきっとどこかにある。それはクラスみんながそうだから、今こんなにまで後ろめたいんだ。
彼女が努力しているだなんて、考えたことなかった。できる人で、努力しているところを人に見せない人だから、努力しなくてもできる人だとどこかで勘違いしていた。でも彼女も僕らと同じ人間で、中学生。
E組に初めて来た日、校舎の裏で膝を抱えて、必死に涙をこらえていたあのか弱い姿が、本当の彼女で、彼女の心のはずなんだ。
あの姿を見てしまったから、僕は、嫌いだと言われても、いい子ぶっていると言われても、彼女をほっておけなかったんだと思う。
1人で飛び出して行ってしまったあの小さい背中を追いかけてくれる人は、ここにはいない。みんな動けずにいる。
「出席を取りますよ」
ぬっと出てきた黄色の生物を見た瞬間、みんなはほっとしたように、それでもどこか申し訳なさそうに椅子に座る。
僕だけが、そこから動けないまま。彼女の椅子を見つめたまま。
ここで、動かなければ。きっと何も変わらない。僕は一生彼女に嫌われた草食系のままで、彼女は一生嫌われ者の性悪女。
だめだ。そんなの。
出席をとろうと名簿をひらいた殺せんせーが、口を開いた。
「忘れ物がある人は、2時間目までに帰ってきなさい」
にやにやといつものように笑っている、我がクラスの頼もしい教師を見つめ返して、僕も教室を飛び出した。