ーーピンポーン
軽快な音が静まり返った家に響いた。平日の午前。普段ならばこの家からインターフォンに応えてくれる者はいない。
ーーピンポーン
なかなか反応を示さないことに腹を立てたのか、二度目のインターフォンがなる。続けて三回目、四回目、……。ピンポンピンポンと、小学生のいたずらのように連打されるインターフォン。奥の部屋のベッドから唸り声が聞こえた。
「………っるさい」
もぞもぞとパジャマ姿でベッドから這い出してきたのは藤田美帆。ぼさぼさの髪をとかそうともせず、顔を洗おうともせずにキッチンへ向かう。
冷蔵庫を開けるもろくなものがない。仕方なく水でも飲もう、と棚を見やるも、使ったコップはすべて流しに入れられていた。最後に洗い物をしてから三日が経っている。母親が出張中の今、家事をするのは自分しかいない。めんどうだとやらなくなれば汚れるのは早かった。
はぁ、一つため息をついたところで、インターフォンがなっていたことを思い出した。今何時だ、と時計を見れば午前11時。ふつうの人間ならばとっくに活動をはじめている時間だ。
朝早くからうるさいな、そう言おうとした口を閉じて、キッチンの水道で顔を洗った。
するとまたなりだすインターフォン。
パジャマ姿のまま玄関へ向かい、乱暴にドアをあけた。
「あれ」
が、誰もいない。ピンポンダッシュか。静かにドアを閉め、洗い物をしようとキッチンへ戻る。と、すでに洗い物が済んでおり、キッチンどころかリビングまできれいに片づけられていた。
え、これなに。あたりを見回すと、リビングのソファーでお茶をすする黄色い生物−−……
「ってどこから入ってきたぁああああ!!!」
手近にあった対先生ナイフをもって襲い掛かる。無論、簡単に避けられた。
「ヌルフフフフ。お久しぶりです藤田さん」
「教師たるもの玄関から入ってきなさいよ」
「あなたが開けてくれたので入ってきましたよ?マッハで」
楽しそうにいう担任。ナイフを床に投げて、向かいのソファーに座った。
「あなたに殺しにこられたのは初めてです」
「……私が殺せるなんて、思ってないからね」
「『自分には無理だ』……どこかで聞いたことのあるセリフですね」
うっ……、と言葉が詰まった。胸がぐっと押さえつけられて、苦しくなる。
「……学校に行かないつもりなんてないわ。行くわよ。そりゃ、もちろん。……でも、どんな顔して行ったらいいのか、分からないのよ」
そんなときに都合よく重なった母親の出張。疲れているんだ、本当に。そんな甘い言葉で自分をだまして、学校を休んでしまった。
「本当のことを言ってしまったの。E組になんてなじめないわ、もう。わざわざ追いかけてくれた子にも、突き放すようなことしかできない。……まぁ、最初から仲良くなんて……」
「仲良くなんてしたいとは思ってない、ですか?」
黙った私の前で、先生は静かにお茶をすすり、どこから出してきたのかようかんを食べる。
「そうでしょうねぇ。あなたの行動を見る限り、全くそうだと思います。でも、それではいつまでたってもあなたは1人だ」
私は1人でいたいのではなくて、1人になってしまうだけ。
1人でいても平気なのではなくて、1人でいても平気でないといけないだけ。
気が付いてしまえば、もろく簡単に自分だなんて崩れてしまう。
「1人ではつらいといえる弱さも、強さだと先生は思います」
それだけ言うと、私の担任は食べかけのようかんを残して、去ってしまった。