少年の恋心は小さな一番星へと姿を変えた
「美帆、昨日のあれはなんだ。全く意味が分からない。」
「そのままの意味よ。日本語も読めないの?」
「なるほど、美帆は僕をバカにしているのか。喧嘩したいという意味ととるけれど問題無いな?」

いつも以上にピリピリとした空気の2人へ近付く勇者、と書いてバカと読む者はこのクラスにはいない。障らぬ神に祟りなし。誰も仲裁に入らないので、朝からずっとこの調子であった。

「もうE組の教師には関わらない方がいいと言っているの。この私が忠告しているのよ?ありがたく受け取りなさい。」
「いつも以上に高飛車だ。何をそんなに焦っているのか分からない。E組ごときに負けるようではないだろう。」
「勝ち負けの問題じゃないわ。」
「世の中すべて勝負事が君のモットーだろう?」

お互い筋の通った主張がぶつかり合い、喧嘩をすることは多々あった。それは日常茶飯事で、A組の生徒はまたやってるよ、なんていう認識のレベル。放っておけば知らぬ間に解決していたし、それほど険悪なムードになったことも無い。言い争う2人の言語レベルが高すぎて誰も入っていけないというのもある。
が。今回は何か違う。どう見ても美帆が浅野に押され気味。喧嘩というよりは、美帆が一方的に浅野に何か隠しているようだ。焦っている、という指摘はもっともに思えた。

「とにかく――!」

感情論である美帆の主張が、浅野に通じるわけがない。それでも反論しようと往生際悪く口を開いた所で、校内に一本のアナウンスが響いた。

それは別段、いつもと違ったわけではない。事務員の植松さんの声で、事務室からの放送で、いつもと同じ音量で、いつもと変わらぬ口調であった。
が、その放送は、A組を静かにさせるには十分すぎる威力を持っていた。

「3−Aの藤田美帆さん。理事長先生がお呼びです。至急理事長室へ来て下さい。」

眉をひそめ、何事かと怪訝な顔をするA組の生徒。
水を打ったように静まっていた教室は、少し間をおいてざわざわとざわめきだした。
美帆が理事長に呼び出し?何かやらかしたか……?まさか。藤田に限ってそれはないだろ。じゃあ褒められるんじゃない?えー、でもそれで呼び出しってある?

生徒たちのひそひそとした声が教室にざわめく中、美帆と浅野はただぼーっと、そこにいた。

教室で面白がって話せるほど、この件は軽くない。2人は同時にそう思った。
浅野は知っている。自分の父親が、理事長室に呼び出すときは決して朗報なんかではないということを。
美帆は知っている。自分が、なぜ今、理事長室に呼び出されているのかを。
2人は知っている。
これが、良いとは言えない状況であることを。

美帆は自分の立場が危ういという恐怖に、浅野は美帆という戦力を失うという恐怖に、ただただ放心していた。

ふらふらとした足取りで教室を出る美帆を、浅野は止めることができなかった。

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