01


「あ、アンタ俺と同じクラスのみょうじさんやろ」
「はい……?」
高校2年の春、彼女は同じクラスの宮治にそう声を掛けられた。
正直なところ彼女は、学校に近いこの場所のコンビニに彼が度々足を運んでいることは知っていた。アイドルのような存在で、女子のファンも多い宮兄弟の片割れの宮治。知らない方が不思議なくらいである。去年から何度も彼に接客をしたことがあり、大体何を買っていくかも覚えてしまった。彼に好意があるからとかそういう下心ではなく、職業病とでもいうのだろうか。ちなみに彼女が声をかけられた日に買って行ったものは、おにぎり3つと焼き鳥2本。今日はももタレが切れていたので、もも塩を買っていた。
こんなこと把握していたところで何の役にも立たないが、学校で目立つ存在である彼のことはどうしても印象深く残ってしまうものである。
「みょうじさん、去年からここで働いとる?」
「そうやけど」
「俺のよう買うもんとか覚えてたりするんか?」
「宮くんだけちゃうけど、よう来る人のは覚えとる」
「……うわあ、なんか恥ずいわ」
彼は大袈裟にあかーん、と声に出し額に手を乗せた。全国どこのコンビニ店員に聞いても、常連さんの買うものは大体分かると答えるに違いないだろう。別に普通の事なのだから気にする必要なんてないと思うのに。
彼女は手早く袋詰めを終え、彼に品物を渡した。彼は受け取ってすぐ温めたばかりのもも塩に手を付ける。彼女は、待ての出来ない大型犬のようだなといつも思っていた。
「ほな、また明日」
「あ、うん」
午後21時、彼は今日も美味しそうに焼き鳥を頬張りながら帰った。





友人に「おはよう」と声をかけ、自分の席につく。昨日は、彼が帰ったあとのコンビニは大混雑であった。おかげで彼女は寝不足である。口元を手で隠しながら欠伸をひとつこぼす。今日寝られる授業はあっただろうか、なんて抜かしたことを考えながら時間割を確認した。
多分寝るなら世界史。そう思って彼女はHRまでの時間も睡眠に当てようと机に突っ伏した。
「みょうじさん、おはよ」
「……おはよう、宮くん」
「うわ、なんでそんな死んだ顔しとん?」
「寝不足なんや」
「そか、それは悪いことしたわ」
彼とは席が前後である。席替えをした時に、宜しくだなんて一言会話をした程度。あとは、ちょっとした業務連絡的なことをしただけであって特別仲がいいわけでもない。かと言って話さないわけでもない。ただのクラスメイト、本当にそれくらいの距離感である。こうやって毎朝ではないものの、挨拶をすることは普通ではあるが、会話を続けたのは少し珍しい。きっと、昨日バイト先で会ったから。多分。
彼女が寝不足だから、と告げるとそれ以降彼は話しかけてくることなく彼は前を向いて荷物整理を始めた。HRまであと10分、既に限界の来ていた彼女はあっという間に落ちていった。

それから、彼にトントンと肩を叩かれ起こされたのは15分後のことであった。

ギリギリ授業の始まる5分前。いつの間に予鈴がなっていたのか、HRは終わり担任の姿もない。気づかない程、ぐっすりと眠っていたようだった。
「随分とお疲れのようやったなぁ」
「……ああ、あ、うん」
「授業始まるで」
「ありがとう……」
わざわざ後ろの席の自分に声をかけて起こす必要なんてなかったのに。彼なりの優しさなのだろうと考えながら、彼女は一限の用意を始めた。


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