双子のテレパシー
あれは確か小学校1年の時だっただろうか…

俺と兄の勇一は小さい頃からすごく仲が良くて、いつも二人で遊んだり近所の仲間と遊んだり…とにかくいつもいつも一緒だった。
勇一は俺よりふたまわりぐらい身体が大きい。強くて優しくてしっかりしていて努力家で…俺はそんな勇一が自慢の兄貴だった。
もちろん仲が良くてもやっぱり兄弟…些細な事でケンカする事もたくさんあったが、俺はそんな勇一を兄としてすごく尊敬し慕っていた。


当時、俺達の家の近所には獰猛で有名な大きな犬がいた。
その犬は入口の門の奥の玄関先で鎖で繋がれているものの、いつも門の隙間から鼻先を出してはウ〜…っと低い唸り声を上げている…
俺は別に動物が嫌いな訳じゃなかったが、この獰猛な犬だけはとにかく苦手で…
俺はなるべくその家の前を通らない様に遠回りしたり、どうしても通らなきゃならない時は必ず勇一と一緒に…しかも道の反対側に渡ってなるべく近付かずに走って通りすぎたり…とにかくその苦手な犬を避けていた。

そんな俺は友達から「勇二は弱虫だな〜」なんて言われて笑われていたが…俺だって情けないとは思うけど…でもなんと言われても怖いものは怖い!苦手なもんは苦手なんだ!
友達に笑われてすっごく悔しかったけど、勇一だけは「誰でも苦手なもんぐらいあるさ。気にすんなよ!」なんて言っていつも優しく笑って俺の味方をしてくれていた。
勇一にそう言って貰えると俺はいつもすごく安心して…そんな勇一のお陰で俺も自信を失わずにすんでいた。


ある日、学校から帰ってきた俺と勇一はいつも通りに近所の友達と公園で一緒に遊んでいた。
みんなで楽しく遊んでいると時間が経つのはあっという間で……時刻は夕方。そろそろ家に帰らなくてはならない時間だ。

「あ!…しまったぁ〜…」
「…ん?兄ちゃんどうしたの?…なんかあった?」
「…実はさ…家出る前に母ちゃんから買い物頼まれてたんだけどさ…すっかり忘れてた……」
「…え?…そうなの?!…」
どうやら遊びに夢中になっていた勇一は母親に頼まれてたお使いを忘れていたらしい…
俺達の母親はいつもは優しいけど怒るととっても怖い…
多分今日の夕飯に使う物を勇一に頼んだのだろう…もしそれを忘れたりしたら……!
……俺は母親にガンガンと怒られる勇一を想像してしまう…
それじゃあ兄ちゃんが可哀想だ!

「…い…今から行ってきなよ!買っていかなかったら母ちゃんに怒られるよ!」
「…あ…あぁ…そうだな!…まだ間に合うな!じゃあ俺は買い物してくから勇二は先に家に帰ってろ!」
「え?…いいよ!…俺も兄ちゃんと一緒に行く!」
「いや!買い物も少ないからすぐ終わるし…お前は早く帰って俺が戻るまで母ちゃん誤魔化しててくれよ!」
「……そっか…兄ちゃんがそう言うなら…」
きっと母親は待ちくたびれているだろう…俺だけでも早く帰って勇一が帰ってくるまでなんとかして母親の気を逸らしておかなければ……そう思った俺は素直に勇一の言うと通りにする事にした。

「勇二!頼んだぞ!」
「…うんっ!」
勇一は商店街へと慌てて走り出した。
俺も急いで家へと向かう…少し歩いたところで俺の背後から勇一の大きな声が聞こえる…

「…ゆーじー!…あの犬が怖かったら回り道していけよー!」
「…あ…う…うん!…」
その言葉に俺はハッとした。
…あ!…そうだ…そういえば…

俺は勇一のはその言葉にあの獰猛な犬の事を思い出す…慌てていて忘れてたけど…家に帰るには俺の苦手なあの獰猛な恐ろしい犬のいる家の前を通らなければならないのだ!
しかも今日はいつも側にいてくれる勇一はいない……

……一人じゃ怖い…回り道しようか…でも……
回り道をすれば倍ぐらい時間がかかるけどあの犬に会わずにすむ…でも、遠回りして時間を掛けていたら家に帰るのも遅くなって母親を誤魔化す事も出来ない…そしたら勇一のピンチを救えない!
いつも逃げたり勇一に頼ってばかりでは男が廃る!勇一はいつも俺を助けてくれるんだ…勇一がピンチの時は俺が助ける!俺だって男だ!
俺は勇一を助けたい一心でありったけの勇気を振り絞っていつも通りの道で帰る事に決めた。

俺は意気込んで一人帰り道をスタスタと早足で歩く…
男らしく!…なんてそう思ったものの…あの家が近付くにつれて正直な俺の胸はドキドキドキドキ……
いざあの犬がいる家に近付いてくるとものすごい恐怖心が襲ってくる…
俺が歩く度に少しずつあの家に近付いている…そう思うとすごく緊張してしまって俺の手のひらにはすごい汗が…胸はよりいっそうドキドキと高鳴り足も少し震えたりして……
そして…いよいよその問題の家に差し掛かった。


ードキドキドキドキドキドキドキドキ…
心臓が飛び出るんじゃないかと思うほどの緊張感…俺の歩みが自然と早くなる。
俺はなるべくその犬を見ない様にして通りすぎようとするが…俺の耳には自然と「ウウウ〜ッ…」というあの犬の低い唸り声が…

…すごい唸ってる…や…やっぱり怖い!!…
その恐ろしい唸り声に完全に怯えた俺が足早に通りすぎ様としたその時!!

ーガッシャーーーン!!

…門の扉が開く鈍い大きな音……それと共にあのどう猛な犬が俺の前に飛び出して来たではないか!!

「…グウウウッ…ウウウッ!!」
犬は俺の目の前に立ちはだかり大きな大きな唸り声をあげ…ぐっと睨み付けながら俺を見据える…
その姿は腰を低く屈め大きな牙を剥き…今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。
俺は驚きのあまり言葉も出なければ悲鳴も出ない。

…に…逃げなきゃ……

すぐにそう思ったが、俺を睨み付ける犬の視線に捕らえられた俺は恐怖のあまり身体がすくんでしまい…逃げるどころか動く事もままならない…
地響きの様な大きな唸り声をあげて俺を睨み付ける獰猛な犬…俺は蛇に睨まれたネズミの様にただその場に立ちすくんでいた。
犬は俺を睨んだまま腰をぐっ…と屈めて姿勢を低くすると…今にも俺に飛び掛かりそうに!

……かっ…噛まれる!!…

そう感じて思わず目をギュッと瞑ったその瞬間……
俺は自分の前に誰かの気配を感じた。
そうっと開けた俺の目に写ったのは…大きな背中の見慣れた後ろ姿……

「……兄ちゃん…!!」
俺の目の前に立っていたのは兄の勇一…そこには買い物に行ってるはずの勇一がいたんだ。
勇一の手にはどこで見つけたのか長い木の棒が握られている。

「…おい!!勇二に何かしたら許さねーぞ!!」
勇一は犬を睨み付け、大きく上に棒を振りかざした。

「…兄ちゃん…」
「勇二…大丈夫か?…俺が来たからもう心配すんな…」
勇一は犬を睨み付けたまま俺に優しく声を掛けた。
俺の前に大きく大きく立ちはだかり…獰猛な犬から俺を守ってくれている勇一…
その優しくてあったかい声に俺はすごくすごく落ち着いて…勇一がかっこいいヒーローみたいに思えて……俺は勇一の大きな背中にぎゅっ…としっかりしがみついた…


勇一が振りかざした大きな棒に犬が少し怯んだように見えたその時…門の奥の家の方から大きな声が聞こえた。

「お〜い!君達、大丈夫か〜!」
その声と共に慌てて家から出てきたのはこの犬の飼い主らしいおじさん…

「扉が開く音が聞こえて……」
すると…その獰猛な犬は飼い主の声を聞いたからか急に勢いをなくして嘘のように大人しくなり…ご主人様の足下に近寄るとイイコにお座りなんかして。見ると尻尾まで振っている…

さっきまで俺に鋭い牙を剥いていた犬のそのあまりにも違う態度に呆気に取られる俺達…おじさんはそんな俺達をよそに急に大人しくなった犬を優しく撫でながらニコニコと笑っている。

「門の鍵をかけ忘れたみたいで…すまなかったね!この子も悪い子じゃないんだがちょっと警戒心が強くて…ケガはないかい?」

……こ…こんな狂暴な犬なのに鍵を忘れたなんて!…この犬は警戒心が強いなんて問題じゃないだろっ?!…

緊張感から一気に解放された俺…のんびりしたおじさんににわかに怒りがこみ上げてくる。
そのおじさんに文句の一つも言おうと身を乗り出したが…勇一はそれを静かに制した。
「…大丈夫です。」
勇一が冷静にそう言うと飼い主は俺達にも笑顔を見せ…犬を鎖に繋ぐとまた家に入って行った。
犬はさっきまでの獰猛さはどこへやら…すました顔で俺達にも目もくれずに大人しく伏せている。
俺達はそんな犬の様子に呆れるやら可笑しいやら…



「…はぁ〜…良かったな〜…勇二、大丈夫か?怪我ないか?」
「…兄ちゃん…どうしてここに…?買い物はどうしたんだよ…」
「いや〜…買い物が終って家に帰ろうと思って歩いてたらさ…なんか急にお前がピンチの様な気がしてな…」
「……え?!…」
「それも…直感であの犬だ!!…って思ったんだよ…お前があの犬のところにいる…そしてピンチだ…ってさ!…不思議だけどな!」
「……そ…そうなの?」
「…あぁ…まぁ〜…双子のテレパシーってヤツかな?」
そう言って勇一は俺にニコッと優しく笑った。

「良かった…お前に怪我なくて…安心したぜ…」
勇一はその穏やかな笑顔のまま俺の頭を優しく撫でる。
大きくてあったかい勇一の笑顔と手のひら…
勇一に優しく頭を撫でられて俺はすごくすごく安心して思わず涙が出そうだったけど…また勇一に笑われちゃうから…ぐっ…と我慢した。

「さぁ、勇二!家に帰ろうぜ!」
「…うんっ!」
満面の笑みで俺を見ながら勇一は俺の手を優しく握る…俺もその手を強く握り返して歩きだした。
俺の少し先を歩く勇一…俺は自分の危険も顧みず助けに来てくれた勇一がすごく嬉しくて…やっぱり勇一は俺の兄ちゃんだ…って思って…
繋いだ手から伝わる勇一の温もりをじんわり感じながら歩いた。


…ふと見ると…勇一は手に何も持っていない。
……あれ?買い物は?…
俺は勇一が買い物をした袋を持っていない事に気が付いた。

「あれ?兄ちゃん…買い物したのはどこやったの?…」
「ん?…あれ?…さっきまで持ってんだけど……」
勇一はハッとした顔で自分の手元を見る。
俺がぐるっと周りを見渡すと…道の端に買い物袋らしき物体が…

「に…兄ちゃん…もしかして…あれ?…」
「…あーーーー!!」
…どうやら勇一は俺を助ける時にこの袋を投げ出したらしい…
俺達は慌てて駆け寄って買い物袋を拾い上げると二人でそーっと覗く…

「…あちゃーーー……」
「あ〜あ〜…卵ぐちゃぐちゃ………」
母親に頼まれた卵はひどい有り様……

「…あ〜あ〜…こりゃもう夕飯には使えねーなぁ……」
「……兄ちゃん…どーすんだよ…」
「どーしよ…ゆーじ!マズイな〜」
せっかく買ってきた卵の残念な結果…俺と勇一の頭には激怒する母ちゃんの顔が浮かぶ…

「あ〜…マジでヤバイ!母ちゃんに怒られる〜!」
「…兄ちゃん…俺も一緒に謝るよ…」
「本当か?!…じゃあ〜どうしてこんなになっちまったかお前からちゃんと母ちゃんに話してくれよな!」
「うん!…だって兄ちゃんは俺を助けてくれたんだもん!全然悪くないからな!」
「あ〜良かったぁ…母ちゃん…おっかねーからなぁ…しっかり頼むぞ!勇二!」
「うんっ!もちろん!」
「…よし!今度こそ本当に帰ろうぜ!」
勇一はニコッと笑うと先に歩き出した。
…俺はそんな勇一のすぐ後をついて歩いていく…俺の前を歩く勇一の背中はすごく大きく見えて…
俺は少し先を歩く勇一の服の裾をぎゅっ…と掴んで呟いた。
「なぁ…兄ちゃん………いつもありがとな…」
「…なんだよ改まって…」
「だって…兄ちゃんはいつも俺を助けてくれるからさ…」
「勇二……」
勇一は恥ずかしそうに言った俺を優しく見つめて俺の頭にポンッと手を置いた。

「……なぁ勇二…俺はこれからも絶対お前を絶対守ってやる!…だって……お前は俺の大事な弟だからな!」

…俺を優しく見つめるその笑顔…その強くて凛々しい笑顔の勇一を俺は心の底からかっこいいと思った。



それから暫く経ち…当時活躍していた三笠さんと四天王に憧れていた勇一と俺は二人揃って闘球部に入部した。


…勇一が言ってた双子のテレパシー…そんなの本当にあるのかな?
もうすぐ練習が始まる闘球部のグラウンドの片隅。
俺が靴ひもを結びながらそんな事をぼんやり考えていると…勇一の声が聞こえてくる。

「おーい、勇二!準備出来たかぁ〜?」
「…ああ…」
「早くしろよ!今日こそクロスショットを完璧にするんだからな!」
「…うん…そうだな…」
「…ん?なんだ?ぼんやりして…どうした?」
「……なぁ…兄さん、双子のテレパシーって本当にあると思う?」
「なんだよ、急に…」
思いがけない事を俺が急に言い出したからか、勇一は俺を驚いた顔で不思議そうに見ている。。

「あのさ…なんか昔の事思い出してて……兄さんは覚えてる?昔…俺達の家の近所に大きな犬がいただろ?…友達と遊んだ帰りに俺が襲われそうになって…それで兄さんが助けに来てくれて……」
「…ん〜…あ!覚えてるぜ!…勇二はあの犬がすげー苦手だったもんな〜…」
「あの時、兄さんはなんとなく俺がピンチな様な気がして助けに来てくれたんだよね?…」
「……そうだったか?…」
「…なんでそう思ったの?」
「う〜ん…覚えてねーけど……」
「…えー!まさか…覚えてないの?……」
本当に忘れてしまっている様子の勇一に俺は少しガッカリ…

「ねぇ兄さん!…本当に忘れちゃったの?」
「…そうだなぁ〜……お前がピンチなような気がしたんだったかな?……ん〜…そこはあんま覚えてねーけど…あの犬があれからは俺や勇二見ても吠えなくなった事だけははっきり覚えてるぜ!」
「え?…そ…そうだっけ?…」
「…なんだよ勇二…お前もたいして覚えてねーじゃんか!」
「…ははっ!兄さんごめん!」
「…ん〜…テレパシーか…う〜ん…あるような…ないような…まぁ……あるかも…な!だって…お前は俺の大事な弟だからな!」

……俺の大事な弟だから……それはあの時勇一が俺に言ってくれた言葉と同じ言葉…
そう言ってニコッと笑う勇一の笑顔はあの時と全く変わらない。
あの時感じたテレパシーは忘れてしまったかもしれないけど、俺も勇一も何も変わっていない………やっぱり勇一は俺の自慢の兄貴だ…
そう実感した俺はそんな勇一が俺の兄貴でいてくれる事が俺はなんだかすごく嬉しくて照れくさくて…
「う…うん…」
赤くなった顔を隠すようにうつむいて…小さな声で頷いた…


「それより…ほらっ!急がねーと弾平が来ちまうぞ!アイツがいると俺にもやらせろってうるさいからな!」
「…あ…あぁ…」
いつも通り勇一は俺の一歩先を歩き出す。
俺はいつも勇一の背中を見つめてる…幼い頃も今も…そしてきっとこれからも……

「…ゆーじ!早く来いってーー!」
「うんっ!!」
振り返って俺を呼ぶ勇一の大きな声…俺も精一杯の声で答える。


…双子のテレパシー…多分…あるよな…ううん…絶対ある!だって…勇一は俺の大事な兄貴だもんな!

…そう思うとなんだか俺の胸がじーんと熱くなって…すごく嬉しくなって…
俺は先を歩く勇一の大きな背中を夢中で追いかけた。




「あ…勇一くんと勇二くん!二人とももう練習始めてる…一生懸命ででえらいえらい!」
先に練習を始めている二人を見つけた尾崎キャプテン。
…よく見ると…二人ともシャツが少しだけズボンからはみ出している…しかも、二人とも同じ場所が同じぐらい……

…ふふっ…やっぱり双子だよね!

仲の良い二人に尾崎キャプテンはクスクスと小さく笑った。




*う〜ん、勇一勇二は可愛いですね♪勇一兄ちゃん大好きな勇二…なんて可愛い…勇一の兄ちゃんぶりと勇二のブラコンぶりが最高〜。兄弟なんで完全BLは無理ですが…かっこいい勇一にメロメロloveな勇二…というキワドイ辺りに置きたい二人です♪
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