二人の記念日
…もう…高山のバカっ!…

BAの練習が終った帰り道…俺はものすごくイラつきながら一人で帰り道を歩いていた。いつも俺の隣を歩く高山は今日はいない…何故なら高山とケンカしたから!
別に高山とのケンカなんて初めてじゃない…よくある事だ。究極に無口な高山…今までも高山の本心がわからなくて気持ちがすれ違ったり誤解したり…ケンカなんてたくさんしてきた。でもいつも俺にも高山にも悪い所があって…だからお互い謝って仲直りして…高山との愛情を深めてきたんだ。…でも!今回のケンカは高山が悪い!完全にだ!
明日は俺と高山が付き合って一年目の大切な記念日…それなのに高山のヤツ…

「…明日はなんの日…ですか?……え…えっと…」
「えー?!…お前…もしかして忘れたのか?…」
「いっ…いや…あの…忘れた訳じゃ…」
「じゃあなんの日か言ってみろよ!」
「あ…そ…それは…」
「ほらっ!やっぱり忘れてる!」
「……ううっ…」
うつむいて口ごもる高山…やっぱり大事な大事な記念日を忘れてる!
俺の言葉に答えられずにオロオロとしている高山に俺の怒りもピーク…

「もういいっ!高山のバカっ!」
「…みっ…御堂さんっ…ちょっと待って…」
俺は高山の呼び止める声も無視して逃げるように部室を飛び出してきたんだ。

…高山のヤツ!俺との記念日を忘れるなんて…俺は…俺はこの日が楽しみで仕方なかったのに…

高山と俺はBAのチームメイトであり恋人同士。
俺は高山の事が大好きで大好きで仕方ないんだけど…高山の方は…。
高山はほとんど喋らないぐらい無口で大人しくて感情を表に出すなんてほとんどない。自分の気持ちなんて全然言わないくせに妙に頑固で生真面目で強情で負けず嫌いで!
今では高山がなにを考えているのかどうしたいのか…なんとなくわかるようになったけど…それは多分恋人の俺だけ。他のヤツラにはきっとすっごくわかりにくいヤツだと思う。

高山はとにかく無口なヤツだから俺も最初はすごく理解しにくくて…高山の気持ちや考えている事が俺には全くわからなかった。だから自分の気持ちを全く言わない高山にすごくイライラしてしまって一方的に高山に怒ってしまったり…
でも…BAの仲間として長く一緒に過ごす内に俺は気付いたんだ。本当の高山に…
高山の内に秘めたる思い…それは誰より熱い。真面目で熱心で…いつも真剣に闘球に向き合っている。全国制覇が目標の俺達BA…それはもちろん俺の夢でもある。そしてそれを一番理解して助けてくれているのは高山だ。
俺が主将としていられるのも高山がいるからこそ…

高山はいつも素っ気ないけれど…本当はすごく優しくて穏やかで…そして誠実で…すごくすごくイイヤツなんだ。
そんな高山の内面を知った俺はどんどん惹かれていって…そして…いつからか「仲間」という枠を越えた感情を持つようになったんだ。……つまり…高山を好きになっちゃったんだよな…

高山はすごく無口だし、感情を表すのが苦手なヤツだから俺の事をどう思ってるのか全然わからなかった。俺もBAの主将として高山に厳しく接する事も多かったし…だからもしかしたら俺の事なんて嫌いかも…なんて思ってすごく怖くて。…でも俺はとにかく高山と恋人になりたかった…高山を独り占めしたかったんだ。
ありったけの勇気を振り絞った俺の告白……高山は俺より顔を赤くしながらこの俺の気持ちを優しく受け入れてくれた。
それから俺と高山は恋人同士。

俺は高山が大大大大大好きだ。
高山は優しくて穏やかで…いつも俺の事を考えてくれていつも俺のそばにいてくれる。高山はすごい無口だからなにを話す訳じゃないけど…俺は高山と一緒にいるだけで嬉しくて楽しくてすごく幸せで…心から安心して…
高山と過ごす時間に深い幸せを感じてる。

でも…俺は高山から「好き」って言葉を言われた事がない。
告白したのは俺からだし…その返事でさえ言われてない。愛情表現も言葉もキスも…全部俺から……なんだか俺ばっかりが好きみたいで…すっごく悔しい!
もちろん高山が俺の事を好きでいてくれてる事はよくわかっている。
でも…俺は高山からの言葉や愛情表現が欲しくなっちゃうんだ。
高山に「好きだ」って言って欲しい…高山からキスして欲しい…欲張りな俺はそう思っちゃうんだ。

…もしも高山が俺ともっと話してくれて…笑ってくれて…愛情表現してくれて…俺の事を「好き」って言ってくれたなら……
今の高山が嫌な訳じゃない。でも俺は高山が大好きだから…高山からの愛情をもっとしっかり感じたい…確かなものが欲しいんだ。
でも…そんな事を言ったら照れ屋の高山はますます言わないだろう…
高山が大好きな俺の気持ち…高山はどれくらいわかっているのかなぁ…


次の日…俺はBAの練習グランドへと向かう。
結局高山とはケンカしたまま今日の記念日を迎えてしまった。
実は昨日の夜、俺の携帯に高山からの着信があった。きっと謝りの電話だろうと思いつつ…でもまだ怒っていた俺は高山の声を聞いたらまたケンカしてしまいそうで…意地っ張りな俺はどうしてもその電話に出れなかった。
ちょうど一年前の今日…それは俺と高山が付き合い始めた日…俺と高山の心が繋がった大切な日。
今日は俺と高山の大事な大事な記念日なのに…俺はなにをやってるんだ…


そんな事を一人で悶々と考えながら部室の鍵を開けてドアを開く。
まだ誰も来ていない部室はひんやり…
俺は部屋の中央に置かれた椅子に座るとペタンと机に突っ伏した。

壁に掛かっている時計を見ると…そろそろ仲間が集まってくる時間。つまり高山もこの部室にやってくる…

…あ〜…高山に会ったらなんて言おう…
あの時…高山は俺になにかを言いかけていた。それなのに頭にきていた俺は高山の話も聞かずに逃げ出して…
ちゃんと言えば良かったんだ。明日は俺とお前が付き合った記念日だぞ…って…
俺の心を後悔の二文字が駆け巡って息苦しい。

高山が喋るのが苦手な事も上手く感情を表に出せない事も…よくわかっている。愛情表現が苦手な事だってもちろん知っている。
でも…俺は高山に覚えてて欲しかったんだ。俺と高山が付き合い始めた大切な日を…

俺は高山が本当に好きで…好きで好きで好きで好きで堪らないんだ。
だから…だからこそ高山にも同じ気持ちを持っていて貰いたい。そして「好きだ」ってちゃんと言葉で言って欲しい…愛情表現して欲しい…俺を抱き締めて離さないで欲しい…俺は高山に求められたいんだ。
俺が高山を求める様に…高山にも俺を求めてほしいんだ。
考えれば考えるほど高山に会いたくなってきて…胸がいっぱいになってしまう…

「…高山ぁ……」
俺は愛する名前を小さく呟く……
眠くはなかったはずなのになんだか不思議と瞼が重たくなってきて…視野がどんどん狭くなる。俺の意識も次第にぼんやり……高山の事を考えながら…俺は深い眠りに落ちた……



「…らし…嵐っ!」
どれぐらい時間が経ったのだろうか…俺を呼ぶ大きな声に俺はそっと目を開ける。うっすら開けた俺の目の前には高山の姿…

…ん?…高山?…俺は知らない間に寝ちゃったのか…?

「ほらっ!嵐…起きろって!もうそろそろみんな集まってくるぞ!」
「あ…ああ…」
ぼんやりする意識の中で俺の名前を呼ぶ高山の声が頭の中に響き渡る。

……ん?!…
俺はいつもと違う違和感を覚えてガバッと飛び起きた。
そこに続けざまに聞こえた高山の言葉…

「どうしたんだ?嵐が部室で寝るなんて珍しいなぁ〜…」

……あ…あ…嵐?…高山…今俺の事「嵐」って呼んだか?いや…まさか…そんな訳が…

「嵐!早く着替えようぜ!」
…確かに俺の目の前の高山は俺の事を「嵐」と呼んでいる…
…………………ええええええーーーーー!!

恋人同士の俺達だけど…高山は付き合う前と変わらず俺の事は「御堂さん」って呼んでいる。そして俺も変わらず「高山」…普通の恋人みたいに名前で呼びあいたい俺はちょっと寂しいけど…俺と高山の事は他の部員には絶対内緒だから仕方ない。
俺達が付き合ってる事はみんなには秘密…だから高山が俺を「嵐」なんて名前で呼ぶなんて…絶対にない。
そうじゃなくてもあんなに照れ屋で奥手な高山が俺の事を名前で呼べるはずがない!絶対絶対ありえない!!

いつもと違う高山の様子に驚き戸惑い困惑している俺…高山はそんな俺に構わずどんどん話し掛けてくる……

「嵐の学校も今日テストだっただろ?どうだった?俺は相変わらずって感じ!」
「なぁ嵐〜タオル貸してくれねーか?俺忘れちゃって…」
「昨日のテレビ見た?俺宿題多くて見れなくてさ!」


…なっ…なんだ?!なんなんだ?!こ…この饒舌な高山は!!……
高山の口から次々と溢れ出る言葉に俺はただひたすら驚く…

高山は筋金入りの最強無口…必要な事すら喋らないのだ。
俺は付き合い始めてからは高山がなにも話さなくても大体の事は理解出来るようになったけど…それでも時々は高山の気持ちががわからなくなってケンカしているというのに…今回みたいに!
俺の目の前の高山はすごく饒舌で気軽で馴れ馴れしくて…いつもの高山とはまるで正反対だ。

「ん?…どうした?嵐?」
饒舌な高山に圧倒されてひたすら唖然としている俺に気付いた高山…俺のそばにそっと近付いてくる。

「あっ…いや……その…お前がこんなに喋べるのが珍しくて…」
「そうか?」
俺の顔を覗き込みながら甘い瞳で俺をじっと見つめる高山…高山の男っぽい顔が俺のすぐそばに………
高山の体温さえ伝わりそうなその距離…高山の熱い視線を意識した俺の顔は次第に赤くなる…

「…顔赤いぜ…照れてんの?」
高山は両手で俺の頬をやんわり包み込むと親指でそっと擦る様に撫でる…
大好きな高山にしっかり見つめられた俺…高山に優しく撫でられている頬がじんじん熱く火照ってきて…返事も出来ずにただ小さく頷くのが精一杯…

「…嵐……可愛いなぁ…」
高山は耳元で甘く囁くと俺を優しく抱きすくめる…

「んー…嵐の匂いがする…」
俺の首もとに顔を埋めながら強く強く抱き締める高山…
俺の身体全部が高山の大きな身体に一気に包まれて…その温かさに身体の奥がきゅーんと締め付けられる…
こんな風に高山から俺を抱き締めてくれるなんて初めての事…
大好きな高山の温もりに俺の胸が一気にドキドキと高鳴り…身体中が熱く火照ってきてしまう…
俺も高山の背中にそっと手を回してしがみつく…
このままずっと高山とこうしていたい…俺は高山の愛情に包まれてぼんやり…高山も俺と同じ気持ちなのかより一層強く抱き締めてくる…

長く熱い抱擁……
ふと壁に掛けてある時計を見ると…時刻は4時過ぎ……俺はそれを見てハッとした。…それは他の部員が練習の為に集まってくる時間。

…あっ!…もうすぐみんなが来る!…こんな所を見られては…俺と高山の事がバレてしまう…それはマズイ!
冷静さを取り戻した俺は慌てて高山から離れようとする。

「た…高山…もうみんな来ちゃうから…」
「来ちゃうから……なに?」
「…だって…こんなとこ見られたら…………」
「いーじゃん別に…」
「えっ?………だって……」
「…離れるなんて無理!俺…嵐の事大好きだし!ずっとこのままこうしてたい…」

…あ…高山に初めて「大好き」って言われた…
いつもと違って言葉も愛情表現も激しい高山…俺はちょっと嬉しくて思わずにやけちゃう…で…でも!やっぱりバレたらマズイ!

「た…高山ぁ…離して……」
「…ダメっ…」
高山は俺を離すどころかますます強く抱き締めてきて…俺もマズイと思いつつ…高山に激しく求められてすごく嬉しくて幸せで…抵抗もせずに高山にされるがまま…

「…嵐すげー可愛い…なぁ…キスしていーい?」
「えっ?…ここで?…部室だぞ…」
「そんなの関係ねーよ……」
「で…でも……た…たかや……んんっ…」
高山は俺の返事も待たずにあっという間に俺の唇を奪い去る。
最初は唇に軽く吸い付くだけだったキスはどんどん激しくなり…高山は俺の唇を貪るように何度もしつこく吸い上げる。唇の少しの隙間から無理矢理舌を滑り込ませると自分の舌を俺の舌に絡み付かせ執拗に舐め回す…
高山からのこんなに積極的なキスは初めて…
その甘く深いキスに俺の口からはつい甘い声が…

「……んっ…」
「…感じちゃう?…可愛い声出して…堪んねーよ…」
高山はそう囁くと更に激しく俺の唇を貪り続ける…
ダメだと思いつつ…高山に激しく攻められ続ける俺の身体は次第に力が抜け…頭の中もぼんやりして曖昧になってきてしまう…

…だ…ダメだ…もうみんなが来ちゃう…
頭の片隅で冷静に思うものの高山の激しいキスがすごく甘くて気持ち良くて…されるがままの俺は全く抵抗出来ない。

曖昧な意識の中で高山の愛情に全身を委ねていたその時…

ー…バタンッ!!
大きな音と共に部室のドアが開いた!
そこにはBAの仲間達が…

…しまった!…み…見られた!
「…んんっ!んっ!」
ハッとした俺は必死に高山のキスから逃れようと精一杯高山の身体を押し退けようとするけど…身体の大きさも腕力も高山の方が断然上。
どんなに俺が抵抗しても俺の力じゃ到底敵わない。

高山は俺にキスしたまま入口の仲間をチラッと見るが…何事もなかった様に再び俺の唇を貪り続ける。
まるでみんなに見せ付ける様に激しく執拗に俺の唇を味わう高山…
部室の入口には部員達…そしてみんなに見られながら苦しいほどの激しいキスをする俺と高山…
長く深いキス…

「…ぷはぁ…」
十分に俺とのキスを堪能した高山は満足した様に唇を離した。
「…はぁっ…はぁっ…高山ぁ…お…お前っ!」

……マズイ…みんなに見られてしまった…
言葉なく入口に佇む部員達…かなり驚いているだろう。
俺達BAの目標は全国制覇…そのために日々厳しい練習に取り組んでいる。俺と高山が恋人同士だって部員達に知れてしまったら…きっとみんな気を使うだろう…はっきり言ってそんなのは練習の妨げだ。
部内の事を考えて付き合っている事は秘密にしてきた俺達…色んな事を我慢してなんとか秘密にしてきたのに…これで今までの苦労は水の泡だ。
……どうしよう………俺は激しく動揺していた…

ところが…俺の動揺をよそにみんなは平然とした顔で部室に入ってくる…
そして部員の一人…宇佐美が呆れ顔で俺達に声をかけてきた。

「…高山ぁ…見せつけんなよなぁ〜…」
「ははっ…わりぃな!」
「まぁ〜…いつもの事だけどなっ!」
俺と高山のキスを間近で見たというのに…大して驚いていない様子の宇佐美はあっさり言うとまるで何事もなかったようにロッカーを開けて着替え始めた。そして他の部員もなに食わぬ顔でそれに続く…

…え?!……み…みんな驚かないのか?俺と高山がキスしてたのに…

俺の驚きをよそに黙々と着替えを済ませた部員達は次々とグランドに出ていき…当たり前のようにいつも通りの練習を始めている。

「もうちょっとキスしてたかったけど…仕方ねぇな!さぁて〜…俺達も着替えようぜ!」
「…あ…あぁ………」

…なにもかもわからない…俺は茫然としながらモタモタと着替えを始めた。

「ほらっ…嵐っ!主将が遅れたらカッコつかねーぞ〜」
サッと着替えを済ませた高山はニヤッと笑いながらグランドに出ていく。
俺は深い疑問に首を傾げながら慌てて後を追った…


BAのグランドで行われるいつも通りのランニングとストレッチ…どれもこれもいつも通りの練習風景…
でも…俺はなんだか腑に落ちない。
俺と高山がキスしてたというのに…なんでみんなは平然としてるんだ!少しの動揺も焦りもない…まるで俺達がいつもあんな事してるみたいじゃないか!
確かに…部室で高山と何回かキスした事はあるけど……でもそれは誰もいない時だけ。みんなが帰った事をちゃんと確認してからだ。だから絶対見られていない!
そもそも俺と高山が付き合ってる事すら知ってるみたいな感じじゃなかったか?……なんか変だ……

俺はストレッチをしているそっと宇佐美に近寄った。
「…う…宇佐美……」
「なんですか?」
「その…さっきはあんな所見せて……すまない…」
「なに謝ってんですか?いつもの事じゃないですか!」
「……えっ?…」
「御堂さん達いっつも俺達に見せつけてるじゃないですか〜…御堂さんと高山のキスなんて飽きるほど見てますよ!」
「そっ…そうなのか?…俺と高山はみんなの前で平気でキスしてるのか?…」
「変な御堂さんだなぁ…してるのは自分達じゃないですか。もう俺達も見慣れましたよ〜…」
「じゃ…じゃあ…もしかして俺と高山が付き合ってる…って…」
「今さらなに言ってんですか!そんなのみんな知ってますよ!」
「………」
宇佐美の言葉に俺は愕然…
やっばりそうだ…みんな知ってるんだ。
俺と高山が付き合っている事は誰も知らないはずなのに…おかしい…なんでみんなが知っていて…しかもそれが当たり前みたいになっていて…

「た…高山っていつもあんな感じなのか?…」
「あんな感じって?」
「高山って…もっと無口で無愛想だったような……」
「…高山はいつもあんなですよ!…本当に…御堂さん一体どうしちゃったんですか?大会も近いんだからしっかりして下さいよ!」
「…そ…そうか…変な事言ってすまない…」
「……まぁいいですけど…」
宇佐美はあっさりそう言うと何事もなかったように練習に戻っていく…

饒舌で明るくて気さくな高山…積極的で大胆な高山……そして俺と恋人同士だという事もみんな知っている………違う…何かが違う…
俺の中に芽生えた違和感…



ハードな練習も終り…部室で帰り支度をする俺達。
俺はなんとか一日の練習を終えたものの…最初に感じた違和感はそのまま…

…どうして……なんで……
そんな事ばかりが頭の中を駆け巡る。
ぼんやりと考え込んでしまう俺…すると高山が相変わらずな軽い調子で俺の手を掴んだ。
「嵐嵐嵐嵐嵐嵐嵐嵐嵐!!一緒に帰ろっ!」
「う…うん……」

練習後の帰り道…俺の目に映るのもいつも通りの風景だ。
そして俺の隣を歩く高山…確かに顔も姿も間違いなく高山なんだが…
中身は…全くの別人だ。

…これは一体どういう事なのか…
この理解しがたい事態につい考え込んでしまう俺…高山がなにかを話し掛けてきているが…全く耳に入ってこない。
そんな俺に気付いた高山が怒ったように立ち止まる。

「嵐?!聞いてる?」
「あ…ごめん…」
「…どうしたんだよ?俺の話…聞いてんの?」
「…き…聞いてるよ…」
「聞いてない!俺といる時は俺の事だけ考えてろっ!」
拗ねる高山…

いつもならこれが反対だ。話を聞いてるのかわからない高山に拗ねるのはいつも俺…俺が怒ると「聞いてますよ…」って慌てて髪を優しく撫でてくれる。俺は慌てる高山が可愛くて髪を撫でて欲しくてわざと拗ねたりして…
怒って拗ねて自分の感情を露にして…こんな高山も初めてだ……


高山に怒られながらフッと見えた反対側の道路…その隅の方になにか小さなものが僅かに動いているのに気が付いた。

…ん?…なんだ?…もしかして…
ハッとした俺は慌てて道路を渡って駆け寄る。

俺の予想通り…そこには怪我をした小さな子猫が震えながら小さくうずくまっていた。野良猫なのか身体は痩せ細り、車にでも轢かれたのか身体の所々から出血していて…弱々しく震えていて今にも死んでしまいそうだ。

…可哀想に…酷い怪我だ……どうしよう…このままじゃ…
こんな時…いつも高山はなにも言わずにすぐに病院へ連れていく。

「…たかや…」
俺が高山を呼ぼうと振り返った瞬間…俺は背後から聞こえた高山の言葉に耳を疑った。
「嵐…そんなの構うなよ!」
高山はまるで汚いモノを見る様な冷ややかな目でに今にも死にそうな子猫を見下ろしている…

「…高山?」
「だって…もう死にそーじゃねーか…放っとけばいいだろ?」

…放っておけばいい……
高山の言った冷たい言葉……俺はショックだった。

「……高山…お前本気で言ってんの?」
「はあっ?…だってすげー血だらけだし…そんなの構ったら服が汚れそうじゃん?」
冷酷な高山の顔…その瞳は氷の様に冷たく冷めている…

高山はすごく優しいヤツだ。
動物が大好きでデートでもよくペットショップに立ち寄ったり…嬉しそうに優しい顔で犬や猫を構う高山を見ると俺まで嬉しくなったりして…
こんな風に道端で怪我をした動物を見つければ動物病院に連れて行く事も今までも何回もあった。
服が汚れるなんて…そんな事を言うヤツじゃない。


……違う…高山じゃない。
俺の目の前にいる人間は顔も姿も確かに高山だけど…これは高山じゃない………俺は確信した。

「嵐っ!そんなのいーから早く帰ろうぜ!」
何事もなかったように俺の手を掴んで歩き始めた高山…俺は思わずその手を振り払って立ち止まる。

「……お前は…お前は高山じゃない…」
「はっ?なに言ってんの?俺は高山だぜ?」
「…ち…違うっ!高山はそんなじゃないっ!」
「…?どうしたんだよ…」
「高山は怪我した動物をほっておけるような冷たいヤツじゃない…」
「……まだ言ってんの?…あんな死にそうなの…構う方がおかしいだろ!」
「………」
高山の冷たい視線…俺は言葉を失ってしまった。

高山の顔をした別人はニヤッと気味悪く笑うと俺の両腕をしっかり掴んで迫ってくる。
「それよりさ〜…俺…嵐とすげーヤりたくて堪んねーんだけど…嵐もヤりたいだろ?早く帰ってさ…気持ち良くなろうぜ…」
不敵な笑みを浮かべて執拗に迫る高山じゃない別人…

……嫌だっ!!…
俺は思わず顔を背けた。

「お前は…お前は高山じゃないっ!」
「はぁっ?なに言ってんだよ…俺は高山だぞ…」
「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!お前は俺の好きな高山にじゃないっっ!!」
「俺は高山だ……お前は俺のもんだからな…嵐…嵐…俺の可愛い嵐…」
「やめろっ!離せっっ……」

俺に迫る高山の顔が段々とぼやけて見えてくる……
目が…鼻が…口が…顔全体がグニャリと歪んで誰だかわからない…それでも俺の腕を痛いほど強く掴み俺を思いのままにしようとする…
俺は思わず叫んだ。
「高山ぁっ!!………」

こいつは高山じゃない…俺の好きな高山はどこだっ?!
…無口で不器用で鈍感で強情で頑固で……でも…でも…すごく優しくて可愛くて誰より俺の事を大切にしてくれて…俺はそんな高山を愛してるんだっ!

高山!高山!高山!高山!………どこだ?!どこにいるんだよっ!
たかやまっっっっ!!!!!…………




「…どうさん…御堂さんっ…」
俺は自分の名前を呼ぶ声にハッと目を覚ました。
俺の目の前には心配そうに俺を覗き込む高山の顔…俺は慌ててガバッと身を起こした。
「た…高山っ!!」
「大丈夫ですか?…すごくうなされてましたよ…」


辺りを見渡すと俺がいるのはいつものBAの部室…
壁に掛かった時計を見ると時刻は4時過ぎ…俺が眠る前に見た時からほとんど時間が経っていない…

…ゆ…夢?!………あれは夢だったのか?…

「こんなとこで寝ると風邪引きますよ…」
ボソボソと喋る高山のいつもの話し方…さっきまで俺の傍にいた饒舌な高山とは全然違う。でも…あの冷たい高山があまりにもショックだった俺は半信半疑。
俺の目の前にいる高山……本当にいつもの高山なのか?朦朧とする頭の中に色々な疑問や不安が駆け巡る…

ぼんやり考えていた俺はふと気付く…
時間的にはもう練習が始まっているはずだ。でも部室には俺と高山だけ…窓からグランドを見ても…誰もいない。他のみんなはどうしたんだ?

「…あ…あれ?練習は…?」
「グランドの整備が入るとかで…今日は練習は中止だって連盟からみんなに連絡があったんですよ……」
「そ…そうか……」
ポケットの中から携帯を取り出して見ると…確かに連盟から着信があったみたいだ。眠っていた俺は気が付かなかったらしい…

…ん?…じゃあなんで高山はいるんだ?……
寝ている俺を起こした高山…練習がないならなんでここに…

「…なんでお前はいるんだよ…」
「あ…それは……連盟から御堂さんと連絡が取れないって聞いて…御堂さんは誰より早く練習に来るし……もしかしたらもうここに来てるんじゃないかと思って…」
「それでわざわざ来たのか?…俺がいるかどうかもわからないのに?…」
「…は…はい……一人で待ってたら…可哀想だから…」
少し恥ずかしそうに言う高山。無口で素っ気ないけどさりげなく優しくて……やっぱりいつもの高山みたいだ…
それでもちょっと心配な俺は高山にそっと尋ねる。

「なぁ…高山…聞いてもいいか?」
「…なんですか?…」
「もし…道端に怪我してる猫がいたらどうする?」
「…え?…も…もちろんすぐに病院へ連れていきますよ…」
「血だらけで自分の服が汚れても?」
「…そんなの…関係ありません…」

「…じゃあさ……BAのみんなの前で俺とキス出来るか?」
俺の一言に高山の顔がみるみる赤くなって…

「…え………む…無理に決まってます…」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうにうつむく高山…

…だよな…
やっぱり俺の目の前にいる高山はいつもの高山だ。やっぱりあれは夢だったんだ…
俺の大好きな優しくて穏やかな高山…俺はいつもの高山が戻ってきてくれてとにかくホッとして安心して……思わず高山にぎゅっと抱き付いた。

「…たかやまっ!」
「…み…御堂さん?…」
「…俺の事ぎゅーーってしろ!」
「…え?…」
「早くっ!!」
「…は…はい………」
戸惑いながらも俺を優しく抱き締めてくれる高山…俺を包みこむような温もりと愛情…変わらない…前と変わらない本当の高山だ…

高山は俺の身体を少し離すと赤い顔を更に赤くしながら小さな声で囁く…

「…御堂さん…昨日は…すいませんでした…」
「…えっ?……」
「あの……記念日……」
高山はそう言うとポケットをゴソゴソと探り…赤いリボンが掛けられ綺麗にラッピングされた小さな箱をそっと取り出した。

「忘れてた訳じゃないんです……ただ…昨日は恥ずかしくて…気に入るかわかりませんけど……その…記念日だから…」
恥ずかしそうに俺に差し出す…

「あ…あの……一応プレゼント…です……」
「え?…これ…俺に?……」
「…そ…そうです…気に入るかわかんないですよ…」
「…高山が選んだのか?…俺の為に?」
「…は…はい………」
真っ赤な顔の高山…

「俺…お前が忘れてるんだって思って……」
「……忘れる訳ないです……俺にとっても大事な日ですから……」
照れながら…それでもちゃんと俺の目を真剣に見つめてくれている。
俺の心に驚きと同時に嬉しさが込み上げてくる…
高山は俺の両肩を優しく掴んで俺に向き合う…今まで見た事のないぐらいの真剣な顔…

「…み…御堂さん……恥ずかしいんで一度しか言いませんよ…」
「え?……」

「お……俺は御堂さんが…すごく好きです…俺こんなですけど…ちゃんと…ちゃんと好きですから……」
真剣な高山の顔が俺にそっと近付いて…俺の唇に高山の唇が優しく重なる……
高山からしてくれた初めてのキス…
俺の唇に伝わる高山の温もり…それは俺の全身へ一気に伝わっていく。
俺は高山の深い深い愛情を感じながらその温もりに身を委ねた。

長い長いキス…高山はそっと唇を離すと優しい顔で俺を見つめたまま頬を優しく撫でる。

「…御堂さん……大好きです…」
高山は俺をぎゅっと抱き締める…
嬉しくて幸せで…高山への愛情がどうしようもないほど俺の胸に溢れてくる……俺は高山に精一杯しがみついて半分泣きながら頷いた。



高山に初めて「大好き」って言って貰えた俺は上機嫌。
温かい膝の上に抱っこされて高山と向かい合う俺の手の中には高山がくれた小さな箱…

「ねぇ高山!これなに?なにくれたの?」
「……秘密です…」
「えー!じゃあ今開けてもいい?」
「あ…ダ…ダメですっ!その…恥ずかしいんで…帰ってからにして下さい…」
「あ〜…もう待ちきれないっ!今開けるー!」
「…御堂さんっ!…」
真っ赤な顔の高山は今にも逃げ出しそうに…

「ちえっ…仕方ないなぁ〜わかったよ!」
「…お…お願いします……」

「あ〜…夢の中の高山はすごかったのになぁ〜…」
「…御堂さん…俺…どんなだったんですか?」
「BAのみんなの前で平気で俺にキスしたり無理矢理抱き締めたり…すっごく強引で威張ってて…とにかく今のお前とは全然違ったな!」
「…そ…そんな事を?……夢でも恥ずかしいです……」
「そうか?俺としてはあんな強引な高山も良かったけどな〜…俺の事可愛い可愛いってうるさいぐらいだったし!」
「…あ〜もうやめて下さいよ…」
俺は顔を真っ赤にして恥ずかしがる高山が可愛くてつい苛めたくなっちゃって…顔にグッと近付けて高山に迫る。
「なぁ高山ぁ〜…強引にキスしてもいいよ!」
「…か…勘弁して下さいっっ…」
迫る俺に動揺する高山。ちょっと物足りないけど…やっぱりこれが高山だ。高山のすごく恥ずかしそうな顔…
そんな高山が可愛くて嬉しくて幸せで仕方なくて…すっごく高山に甘えたくなってきて!

「たかやまっ!やっぱりもう一回キスして!」
「ええっ?!…も…もう一回ですか?…」
「うんっ!だって…俺も高山が大好きだもん!早く!」
「……え…あ……」
「俺の事嫌いなの?!」
「…い…いえ…そんな……」
「じゃあしてっ!!」
「…あ…や…それは……」
「…んーーー…たかやまっ!」

俺は高山にしがみついて精一杯背伸びして目を瞑る…高山は少し躊躇しながらそっと俺にキスをした。


次の日…
学校の授業が終り…BAの練習グランドに走って向かう俺のカバンには一つのドッジボールの形のキーホルダーが揺れている。
高山からの初めてのプレゼント…
太陽の光を受けてキラキラ輝く度に俺の心がドキドキと高鳴る。

BAのグランドはすぐそこ…もうすぐ高山に会える。
どうせいつも通りの無口で無愛想な高山だろうけど…俺はそんな高山も大好きだから。
高山が言わないなら俺が何度だって言ってやる!照れるぐらい言ってやる!


…好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ!!……俺は高山が大好きだっ!

力一杯走る俺の視界に入るBAのグランド…そこに立っているのは……高山だ!

「…たかやまぁっ!」
俺は大きな身体に迷わず飛び付いた。




*高嵐は抜群の安定感と可愛さ…この違和感なくしっくり馴染む安心感は高嵐ならでわ…高山は嵐が大好き…そして嵐も高山が大好き…そんなラブラブさがひしひしと伝わるCPです♪無口な高山を受け止められるのは嵐だけ…俺様だけど繊細な嵐を受け止められるのも高山だけ…お互いがonlyoneなんて…素晴らしい…
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