明日の仕込みを終わらせ店の戸締りをし、あとは家に帰るだけ。
莇が家出したと聞いて数週間が過ぎた。
父さんは迫田くんが付いてるからほっとけって言うけれど、まだ中学生だよ?
大人びてるし喧嘩も弱くはないにしても、可愛い可愛い弟の姿が見れないのは些か心配である。
明日迫田くんに聞いてみようかな、と思いながら駅までの道歩いているとなんてタイミングだろうか、迫田くんにばったり会った。

「迫田くんお疲れ様。こんな所でどうしたの?…あ、左京くんの劇団寮ってこの辺りなんだっけ?」

「お、お嬢?!えええっと、そうなんすよ!アニキにちょっと急ぎの用があって!!!!」

少しおかしい挙動で視線を泳がせる迫田くん。
私に会った途端、背中に隠した物を私は見逃さなかった。

「今背中に隠したそれ、莇の鞄だよね?もしかして莇に会いに行く所だった?」

「え?!えっと…さ、さすがお嬢!動体視力ハンパねぇっす!!!」

「莇の所行くんでしょ?私もついてく」

「…へい」


軽く話をしながらしばらく歩いて、迫田くんは立派な建物の前で止まった。
噂の劇団寮のようだ。
てっきり志太くんの所にでもいるのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。

「もしかして、左京くんと一緒にいるの?あの莇が?」

「アニキから何も聞いてなかったんすか?!お嬢にはアニキから話が通ってるとばかり…」

左京くんと話をする機会は今まで何度もあったが、莇については何も一切これっぽちも聞いていない。
ただ莇が心配だっただけで、連れ戻そうだとかは考えていなかったのに…私はそんなに信用が無いのだろうか。
思わず眉間に皺が寄る。

「あ、莇呼んできやす!!!」

逃げるように寮のドアをくぐって行く迫田くん。
え、寮ってそんな普通に入っていいの?

外で待っていると数分もしないうちに左京くんと、その後ろから髪の長い女性が寮から出て来た。
迫田くんと莇の姿は無い。

「はぁ…すまん」

「溜息つきながら謝罪って何?ナメてんの?って言いたい所だけど…謝るってことは何か悪い事をした自覚があるの?」

「俺は坊を家に返すべき立場なのは事実だしな…何も言わなかった事は悪かった。せめて柊には言っておくべきとは思ってたんだが、少しゴタついちまってな」

気まずそうに眼鏡を押し上げる左京くん。
いつも通り態度はでかいが、彼も莇を可愛がってくれているし組との板挟みで大変だっただろう。
左京くんと共に出て来た女性が、あの、とおずおず声をかけてきた。
公演を見に行った時に劇場で見覚えのある人だった。

「劇団の総監督をしています、立花です。莇くんのお姉様、でしょうか?」

「初めまして、泉田柊です。少し前から莇がお世話になっているみたいで…」

監督さんだったのか…!
左京くんも迫田くんもお世話になってる方だった、と自然と頭が下がる。
挨拶をすると、監督さんは両手と首を大きく振って慌て出し、逆に頭を下げられてしまった。

「いえいえそんな!本当なら、入団の際にこちらから保護者の方に確認を取らなければいけない立場ですのに、こんな形になってしまって申し訳御座いません…!」

「うちの組の者を含め本当にご迷惑ばかりおかけしてしまって…え?入団?」

左京くんのいる寮にお邪魔してるだけかと思っていたら、入団?
え、いつのまにか劇団員になってたってこと?

「…え?さ、左京さん、もしかして本当に何も言ってないんですか?!」

「んなこと言ったって、入団テストとかいろいろあって言うタイミング無かっただろうが」

「それただの言い訳ですよ!」

「あぁ?」

左京くんに怖じ気づかずに物を言える人って少ないけど、監督さんは大丈夫な人みたい。
良い人そう。

「莇くんもいるので、よかったら上がって行ってください!お話もしたいので」

「急に押し掛けてしまってすみません。お邪魔します…」

莇の居場所がわかって心配はなくなったけど、これは父に連れ戻されたらマズいのでは…という別の心配が増えてしまった。

立派な玄関に並べられた大勢の靴の中に紛れた、見慣れた弟の靴を見つけて思わずため息をついた。