雨の日の話






その日の空は薄暗く、一雨来そうだなぁと考えていたまでは良かった。
ちゃんと傘を持っていこうと思っていたはずなのに、いざ降り始めてから鞄の中を覗いてみてもそれらしい影はない。

(やらかしたなー)

まぁ急いで帰れば何とかなるかなと踏んで、雨の中をバチャバチャと水溜まりを荒らしながら駆け出した。


…のだけれど。



「うげぇ、びっちょびちょ……」

無慈悲にもその雨は視界が霞むほどまでの土砂降りにまで発展し、さすがにその中を走り続ける勇気など私には無かったわけで。
ゴーストタウンの入り口までなんとか走ってきたが、そこからもう少しって所でさすがに断念して適当な場所で雨宿りだ。
入り口とはいえゴーストタウンまで走ってきて良かった。本音はそりゃ家に帰るまでこの雨には大人しくしていてほしかったが、こんなびちょびちょに濡れた姿を誰にも見られなくて良かったというのがせめてもの救いだ。
誰も居ないことを良いことに、服の裾を絞って水気を減らす。さすがに誰も居ないとはいえ外で脱ぐ勇気は無い。
鞄に入れてたタオルも濡れてしまっていたが、これも絞れば使えなくもないので十分に絞ってから頭に乗せた。

「こりゃ傘を忘れていなくても帰る頃にはびっちょびちょだっただろうなぁ…」

未だバケツをひっくり返したような勢いが止まらない空を見ながら呟く。
うーん、やっぱり今日は無理して外に出るべきではなかったか。
何となく今日は良いことがありそうだから外に出たい気分だったのだ。
そういう日は本当に良いことがあっても無くてもとりあえず外に出ないと気が済まないから、時間がある時には気が向くままに身を任せていたのだけど…今回に限ってはハズレもいいところかな。

「あーーーせめて買い物帰りだったりするジェノスくんとばったり会っちゃったりしないかなー!!」

なんて言ってみた言葉も、雨の勢いの中に消えていく。
何でや!漫画だったらここでひょっこりジェノスくんが出てくるでしょ!
なんて脳内の自分に異議を申し立てるも、さすがにちょっと寂しくなったからやめた。


しかしその異議を申し立てたことが良かったのだろうか。


「…………あ、あーーーー!!!ジェノスくん!!?」

「…? ヒイロさん?」


雨の中を悠然と歩く(走りなさいよ)ジェノスくんを見付けた。
声を掛けたことにより此方に気付いたジェノスくんを手招きで呼ぶ。
素直に此方に来るジェノスくんを持っていたタオルを絞りながら迎えて、タオルに再び水気が減ったことを確認するとそのまま彼の頭にタオルを乗せた。

「雨がすっごいのは分かってるのに何で歩いてるのジェノスくん!!もーほらびっちょびちょじゃん!!」

せめて走りなさい!とごしごしと彼の髪を拭きながら怒ると、不思議そうな目で此方を見てくる。
そのお顔はとっても可愛いけどこれ何言ってんだこいつ…みたいな顔だ。

「俺はサイボーグなので雨に濡れたところで何の支障もありません」

「無いこともないでしょ、えーっと……………ほら錆びるよ!」

「そんな安い素材ではないんで…」

「ごもっともだー!そりゃそうだそんなので錆びてたら全国のサイボーグさん大変すぎる!!えっでもホントに何の支障も無い?漏電とか……こんなに濡れちゃうと心配に………あれ???あ………あ!?ジェノスくん貴方………びちょびちょに……濡れて………水も滴る………いい男……………」

も、盲点だった!!!!!!馬鹿!!!私の馬鹿!!!
稀少だぞ!!!ジェノスくんがいい男なのは周知の事実だけど水を滴らせるジェノスくんは稀少だぞ!!!
くっそー勿体ないことした!!!!今度お風呂場で濡れてもらおう!!!!

「俺のことはいいのでご自身を拭いてください、見たところ傘を忘れてしまうも降り始めの頃に大丈夫と思い込み途中で土砂降りに遭ってそのような状態になってから漸く諦めて雨宿りをした、といった感じでしょう」

「なにジェノスくん見てたの?」

「いえ、本日は今初めてヒイロさんに会いました」

だよね!!!
今のこの私の惨状を見てそんな的確に経緯を把握するジェノスくん凄すぎて笑いそうなのに笑えないレベル。すごいぞ。
思わず滲み出た苦笑いをそのままにジェノスくんの髪を拭く手を止めずにいたのだが、その手はジェノスくん本人に掴まれて止められた。


……おや? これは?
雨のせいで薄暗い中? 二人しか居ないスペースで? 近い距離の中で男が女の手を取るとなると…??



「言うべきか悩みましたがヒイロさん、服が透けているのでやはりご自身を優先してください」

「アッー!!それは申し訳ない!!!」

いっけね!!!うっかりしてた!!!
濡れたのは!!!髪だけじゃない!!!
相手が枯れてそうなサイタマならまだしも19歳青春真っ只中(?)のジェノスくんとなれば話は変わってくる。申し訳ない!!
お詫びになんかえっちなビデオ買ってあげた方がいい!?
なんて考えていると、目の前でジェノスくんが掌を出してきた。
疑問に思ったのも一瞬で、次の瞬間にはその掌から大きな火がボッと。

「出力を抑えたアームなら温風を直接送ることが可能なんですが…」

曰く、今は戦闘用のパーツなのでこれが出力を最低まで抑えた火力なのだとか。
曰く、これで少しは乾けばいいだとか。
つまりこれは未だ濡れている私の為にわざわざやってくれたことで…。

「ジェノスくん…ほんとに…良い子だね……ありがとう…」


今度えっちなビデオ買ってあげよう。




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