未だ全てを奪うひと




「やあ」

あの悪夢から一夜。私を目覚めさせたのは窓から差し込む朝日ではなく、懐かしい彼の声だった。それなりに上流な貴族の私でも見慣れない、古臭いが豪華な装飾に溢れた部屋の壁に寄りかかって彼は笑っていた。十九世紀のイギリスらしいシンプルだが上品なスタイルではなく、もっと昔の華やかなデザイン。カーテンやベッドはフリルとレースでしつこく飾り付けられている。大事なのは素材の良さであって飾りではない。

「やあ、なんて呑気なこと言える立場だと思ってらっしゃるの?全部ジョースターさんから聞いたわ」
「なんだ、説教でもするつもりかい?残念だな。せっかく君用に家具を買い換えたのに」

ベッドをなぞりながら彼は言った。本当に私のために用意したなら彼のセンスはひどい。死んだはずの彼は私の姿を紅い瞳に映して再び笑みを浮かべる。あの頃のよりも輝きが増したその色は怪物のようだった。実際そうであるとはいえ、この目で見てみるとやはり恐ろしく感じた。七年前の見栄っ張りだが寂しがり屋だった彼とは大違いだ。
養父を殺そうとしたが失敗、やけくそで吸血鬼の力を手に入れ館を燃やした。その際に義兄のジョースターさんにも大火傷を負わせたという。

「ほんと、何がしたいのか理解できないわ」

弁護士なんて高給取りになること間違いなしの職業だ。大人しくしていればジョースター卿の遺産も半分は手に入るはずだし、婚約者であるから病気で昏睡状態の私の母の遺産だって貰えたはずだろう。わざわざジョースター卿を殺さなくても、一生遊べるくらいの額は懐に入ってくるはずだ。

「貴族の家族として迎えられ、王室や海外の一流貴族からも求婚された美女だって手に入れた。自分で言うのもなんだが素晴らしいことだと思うぜ。俺が貧民街の生まれだって知ったらみんな手のひらを返して罵倒するだろうな」
「そうよ。よく知ってるわ。だからこそ……貴方がジョースター卿を殺した理由が分からない」

前から彼らに対する愚痴は聞いていた。世間知らずの甘ちゃんが聖人気取りでいるだの、貧民街育ちであることを配慮して接してくるだの。それを貴族の私に言いつけるのも理解できなかった。気を許してくれているということなのだろうか。彼は憐れに思われることを嫌っている。自分の運命に嘆くのは自分だけ。だからこそジョースター家の二人の優しさが許せなかったのだろう。だがさすがに殺すほどではないはずだ。

「フン、俺はナンバーワンが好きなんだ。一番がいい。なんであんなヤツらに媚びへつらって生きなきゃあならないんだ?自分の運命は自分で決める」

そんなことを言いながら、彼は未だに父親から逃れられない。いつもより何杯か多く酒を飲んだ日に、父親との地獄のような思い出について語られたことがある。あくまで推測だが、その時のトラウマが彼の性格をねじ曲げてしまったのかもしれない。

「……私を恋人にしたのもそのせい?鴇子だからじゃなくて、大金持ちの萩宮家の娘だから?王室に縁談を持ちかけられたような女だから?だから恋人にしたの?」

彼を叱責しようと思っていたはずなのにいつの間にかそんなことを口走ってしまう。王室や海外の貴族に興味が湧かなかったのは、彼等が私の性格などではなく、身分で婚約者に値するかを判断しているのではないかと思ったからだ。十四歳の頃、パーティでディオ・ブランドーという男に初めて会った時、彼は冷たく鋭い目で私を射抜いた。そう、先に惚れたのはきっと私の方だった。私を鴇子・萩宮だと知っていながら愛想を振りまくことさえしなかった。そんなところに惚れたのだ。

「まさか。俺がそんなことをする人間に見えるのか?」
「どうかしらね」

そもそも貴方もう人間じゃあないでしょう。そう付け足すと彼は意地悪な笑みを浮かべてベッドに座る私を抱き寄せた。慣れた香水の香りにほんのりと鉄の匂いが混ざっている。それについて問いただそうとしたところで強引に唇を奪われた。

「っ、んんっ……き、急に何するのよ」
「ふ、寂しがり屋なマドモアゼルにプレゼント、だ」

そんなことを言われてしまえば、何も言い返せず彼の胸に顔を埋めることしか出来なくなる。つくづく馬鹿な女だ。私は一生彼から逃げられないのだろう。そう確信した。







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