ある日の放課後、部活が終わっていつも以上にお腹がすいていたので、水でごまかそうと水道へ向かった。
すると近くの窓から甘い香りが匂ってきて、たまらなく覗くとオーブンから何かを取り出すところだった。知らない人ばかりの中、手前にいた人物が運良く同じクラスのみょうじだったので窓をコンコンと叩いて開けてもらう。
食べたいと言ったら試作だから良いよって気前良くわけてくれた。そのかわりに感想がほしいと言うから、普通に美味いって答えたと思う。それからクッキーも良いけどケーキの方が好きだとも言った気がする。
それを聞いたみょうじは嫌な顔一つせず「じゃあ丸井の誕生日に作ってくる!」と小指を出してきた。手作りならホールで食べられるんじゃないか、と思った俺は嬉しくて小指を絡めた。
「丸井―おはよー!」
「おはよ」
元気良く挨拶してきたからさっそくケーキかと期待したのに、みょうじの机には鞄しかかかっていない。
「俺、今日、誕生日」
「おめでとう!」
「ケーキ……」
そういえば誕生日がいつかを教えていなかったことに気が付く。家に帰っても用意されているが、学校でも食べられることを楽しみにしていたのに。
みょうじが耳かしてと近づいてきたから前かがみになると、調理室の冷蔵庫に入れてるから放課後に渡すね、って小声で話してきた。普段は生徒の私物は入れることを禁止されているので特別に許可を取ったのだろう。だから俺は無言で頷いた。
放課後、部活前だとみょうじの方も人がたくさんいるだろうから帰りに寄ろうと思っていたのに、いつもより少し遅くに終わった。急いで着替えているとみんなから「何を急いでいるんだ」と聞かれた。
「プレゼントもらう約束してんだよ」
「待っとこうか?」
「あ、荷物シクヨロ!」
ジャッカルの言葉に遠慮なく部室を飛び出すと、反対側からみょうじが小走りでやってくるのが見える。
あ、なんだ向こうから来てくれるのかと少しペースを落とした瞬間転んだ。俺じゃない、みょうじが転んだ、それも派手に。
「った〜……!」
慌てて駆け寄ると膝から血が出ていた。
「うわ、痛そう立てるか?」
「う、ん……無理っぽい」
「結構深そうだから保健室行った方が良いな」
「後で行く、とりあえず、コレ」
コレと渡してきたのはずっと待ちかねていたケーキ、なんだかクシャクシャになった紙袋に不安を感じて、そっと中を覗くと見事に潰れた箱が見える。
「あ、ケーキ、無事かな?」
心配そうにするみょうじだが、思い切り上に乗ったんだろう形跡を残しているのに、なんで無事かもしれないと思えるのかが不思議だ。
「おー、無事だ」
「良かったあ」
「でもみょうじが無事じゃねーじゃん」
「いや〜文化部のくせに走るからだね」
「しょうがねーな」
みょうじが「え?」と言うのと同時に抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこってやつ。
「ちょっと!待って!丸井君!」
「なんだよ」
「これは恥ずかしい!」
「でも歩けないんだろい?」
「そうだけど、せめておんぶとかさ!」
「え、俺の服に血つきそうじゃん」
そう言うとごめんなさいって大人しくなった。そうそう、初めからそうしてたら良いんだよ。
座り込んでた俺らを心配して様子を見に来た幸村君が「ずいぶん可愛いプレゼントを貰ったね」なんて言うからみょうじが「違うんです」って両手で顔を隠した。前で抱き上げてるから隠しきれていないみょうじの顔が真っ赤になっているのがわかる。このくらいで照れるなんてやっぱり女子なんだなと思うと可愛く感じた。
あまりにも恥ずかしいと照れるので段々とこっちが恥ずかしくなってくる。お前こっち見んなよって言ったらそれは私の台詞だよだって、もう遅いけどな。
隣で幸村君がニヤニヤしながら「丸井、誕生日おめでとう」って言ってたけど無視した。
帰ってから食べたみょうじのケーキはやっぱりグチャグチャになっていたけど、美味しかったし、『好きです』って書かれたプレートは無事だった。