前髪を切ってみた

流行には敏感でいたいし可愛くありたい。



休憩時間に大好きな雑誌を見ていたら頭上から声がふってきた。

「これ、似合いそう」

声の主が誰かを確認する前に指差されたところを追う。前髪が短めの女の子、パステルカラーの大きめニットにデニムスカート。

「服装?髪型?」

ここでようやく顔を上げるとそこにいたのは丸井だった。
ずっと好きで可愛いと思われたくて、苦手なおしゃれを頑張るようになったキッカケの人。

「髪型、服はなんでも着こなしそう」

「わ、褒められた。ありがとう」

少しでも自分に自信がついたら仲良くなれるかもしれない。そう思って頑張ってきて良かった。



家に帰って言われた髪型をじっくり眺める。
似合うと言われたのが私のことを見てくれていたようで嬉しくて、本当に似合うような気がしてきた。もしこの髪型にしたら、彼は似合うと可愛いと言ってくれるのだろうか。小さな期待を込めてハサミを手に取り、鏡と雑誌を交互に見ながら手を動かす。

前髪くらい簡単に切れる、なんてことはなく思いの外難しくて、バランスを整えていくうちに雑誌とは似ても似つかなかくなっていた。それどころか普通に短い。せめてもの救いは跳ねずにおさまっていること。だが流せる長さでもヘアピンでとめれる長さでもなく、そのまま下ろすしかない。

明日学校休んで美容院へ行きたい、と母に言えば前髪を見て笑った。

「それはもう手遅れでしょ、行ったところで何も変わらないわよ」

もしかすると朝起きたら馴染んでいるかもしれない。いつもより早く寝て早く起きた。すぐに鏡を見ても何も変化はない。

「ねえ、やっぱり学校行かないとだめ?」

「あんた伸びるまでずっと行かない気?」

母の言葉にそれもそうだと重い足取りで登校する。みんなが見て笑っている気がして、少し変な汗をかきながら早足で教室へ入ると机に突っ伏した。

「どうした」

すぐに周りから声をかけられる。手で前髪を押さえながらのろのろと起きれば「なにその手」と突っ込まれた。

「前髪切りすぎた」

「見せてよ」

「無理」

逆に興味を引いてしまうことになった。

「はよー、なにしてんだ?」

私の周りに集まる女子を不思議に思ったのか輪に入ってくる丸井。私は前髪を抑えたまま下を向いた。

「前髪切りすぎたんだって」

「見せてくれないの」

そう説明されると「ふうん、どんまい」とだけ言って終了。

あれれ、昨日のやり取りを覚えていないのかしらこの子。せっかく丸井が似合うと言ってくれたから切ったというのに、これじゃあ切り損でしかない。

一人ショックを受けていると「あ、そうだこれやるよ」とかばんから何かを出した。
それは机の上に散らばりさらにその衝撃で机から落ちる。慌ててキャッチすると 「「「あ」」」 と、みんなの声が綺麗にハモった。

「丸井、天才だね」

「だろい?」

さっそくもらった飴を口にしながら「なにが?」と聞いたらみんな笑って答えた。

「前髪ばっちり見えてます」

「やられた……」

飴につられて手を離したことに気が付いていなかった。花より団子、オシャレよりお菓子、みたいに思われたんじゃないかと思うと恥ずかしい。それになによりこの前髪を見られてしまったことが恥ずかしい。ガックリうなだれる私に丸井は聞いてきた。

「それ昨日の?」

「そのつもりだったんだけどね」

「雰囲気は違うけどそれはそれで可愛いじゃん」

「本当?」

「おう」

なんだ、やっぱり覚えていたのか。なんの迷いもなく肯定してくれるから恐る恐る周りの顔を窺うと「うん、変なの期待したのに」「かわいいかわいい」と言ってくれた。

「そっか……」

「やっぱりそういうの似合うな」

そうやって笑顔で言ってくれるだけで、そっか似合ってるんだと安心できる。

「丸井に可愛いって言ってもらえたから、切って良かったよ」

ありがとう、と言えば眉間に皺を寄せ「別に」とだけ残しその場を離れた。

何か機嫌を悪くさせてしまっただろうか。
様子を伺っていると丸井は真っ直ぐ自分の席に座った。近くにいた仁王は私を見ながら話しかけている。何を話しているんだろう、見つめ返していたら丸井が振り返り目が合う。それは一瞬のことで、仁王は笑っていたが対照的に丸井は顔を赤らめて怒っていた。